「投稿作品」 「11桜祭」

続けざまに申し訳ありません。 Baelさま

2011/05/21(Sat) 17:21 No.1045

 そういえば珠晶を書いてないーっと、発作的に思い出してしまい、 そのまま書き散らしてしまいました。
 祥瓊や鈴は脇で書いていたので発作が起きなかったのですが、 珠晶は全く書いていなかったもので……。 ただ、自分の中で珠晶は花よりも珠のイメージが強く、それが転んでこうなりました。 ……何でこんなに情緒不安定にしているんでしょう、珠晶。
 出来れば、フィナーレ前にもう一度くらいはお邪魔させて頂ければと思うのですが…… 間に合うかな。明日お出かけ……うーん。 その節は、どうぞ宜しくお願いいたします。

登場人物   利広・珠晶  
作品傾向   ほのぼの?(恋愛未満?)  
文字数   4810文字  

残桜散桜

Baelさま

2011/05/21(Sat) 17:22 No.1046

「やあ、久しぶり」
「…………」
いきなりかけられた明るい声に、珠晶は一拍おいてから、はあ、と大きな溜息を吐き出した。
「嫌だなあ、珠晶。何でいきなり溜息なんだい? ……そうそう、それで思い出した。最近、慶の女王はね。自分の半身の溜息があまりにヒドいんで、金波宮限定で溜息税を掛けようとしたらしいよ」
「あたしも掛けてやろうかしら」
「溜息税?」
「不法侵入税よ」
言うと、珠晶はぽいと手にしていた筆を放り出し、頬杖を付いた。そのまま、近づいてきた男を上目遣いに睨む。
そんな格好をすると、常は隙なく纏った女王の威厳と華美なる衣装から、勝ち気な少女の素の貌が覗く。
にこにこと人畜無害そうに見える笑みを浮かべて歩み寄ってきた若い男は、その様こそ楽しげに眺め、満足そうに頷いた。そして、勝手に椅子を引き寄せると、恭の国を統べる女王の前で畏れげもなく腰かける。
だが、男のそんな態度に慣れきった女王は、呆れた目線を一瞬投げかけるだけで、特段問題にはしなかった。
「供台輔が不法侵入? それは良くないね」
「あのぼんやりした麒麟にそんなマネが出来るわけないでしょ。あたしが言ってるのは、利広に、よ。勿論!」
「私?」
「そう!」
「でも、私は別に不法侵入をした覚えはないしねえ」
「……この恭の霜楓宮に、王であるあたしに断りなく入り込んでおいて、それを言う?」
「供台輔には断ったよ。一応」
「は?」
大きな目を丸くした珠晶に、利広は「先刻、会ったからね」と続ける。
「……それ、殆ど事後承諾じゃない」
「そうとも言う、かな?」
「そうとしか言えないと思うけど」
まったくもう、と。唇を尖らせてひとしきりぶつぶつ言っていた少女だが、ややあって大きく一つ頭を振ると、「まあ、いいわ」とそれで終わりにした。割り切りが早いのも、この勝ち気な少女の美点の一つだ。
それ以上怒りを見せることなく、「それで?」と利広を見上げながら問うた。
「今日はどうしたの。この間、やっぱりいきなり来た時から、まだそんなに経ってないわよ」
「そうだっけ?」
「そうよ。ええと、待って。……そう、確か、この間いきなり来たのは、北部の雪害の対応に関連して供麒を叱りつけている時だったから、まだ三月くらいかしら。って! 本当にどうしちゃったの、利広?」
一、二、と指を折りながら数えていた珠晶は、そこで大きく目を見開いて首を傾げた。
半分くらいは揶揄する意図があっての言葉だろうが、後半分くらいは本気で聞かれているのを感じ、利広は、軽く笑う。
「無沙汰にしたことを問われるならともかく、間をおかずに訪ねてどうしたのと言われるのも、結構切ないものだね」
「何を言っているのよ。そういう台詞はね、利広。せめて自分の国にくらいは半年に一度くらい顔を出すようにしてから言いなさいね。利広がこの間訪ねてきた直後に、奏から捜索願が来ていたわよ」
「ああ、そういえば暫く帰っていなかった、かな?」
と、珠晶を真似て、一、二、と指を折りながら考えてみる。一つずつ折った指が全部開かれ、また二本折られ。その時点で、「さすがに不味いかな」と口から零れる。
「不味いどころじゃないわね。この後は真っ直ぐ帰った方がいいわ。でないと、それこそ強制送還してやるから」
「うーん……。まあ、珠晶の顔を見たからね。目的達成ということで、それでもいいんだけど」
これを渡したらね。と、言いながら利広は懐から包みを一つ取り出した。
「なあに、それ」
「お土産。いや、贈り物……貢ぎ物?」
「あらあら、大変。それで強制送還を免れようってわけ? どんな賄賂よ」
「こんな賄賂」
はい、どうぞと、包みを開いてみせる。それを見て、珠晶は何とも微妙な顔をした。
「…………利広」
「気に入らなかった?」
そんな筈はないだろうと、笑顔に籠めて言ってみる。と、珠晶の細い眉がきゅと顰められた。
「……ええ。綺麗ね。綺麗な……桜の花鈿」
「貝細工では良くあるけどね、君の立場だと軽々しいかと思って。でも、これならいいだろう? 珠を削ってここまで精緻な細工はなかなか見ないと思うんだよ。……珠造りの仄白い小さな花が黒檀に金の蒔絵を施した枝に幾つも連なって咲いていて。珠晶、君の髪によく似合うんじゃないかな」
利広が、飾らせてくれる? と、にこやかに微笑んで指し示せば、珠晶はゆっくりと瞬きをして、一度目を逸らす。そして、ほぉと深く息を吐いた。
「……供麒ね。また何か、余計なことでも言ったんでしょ」
「何を? ……君が、あまり桜を好んでいないようだ、ということ?」
「聞いていて贈ろうってあたりがよく分からないわ、利広」
普通は避けるだろう、と。もっともな問いを投げかけられる。だが利広は、どうかなと肩を竦めてみせた。
「私が聞いたのは、雪が枝に凍りついてまるで花のように見えるのを、溶ける桜だと君が口にしたということ。それを女御が聞いて献じようとしたら、花待つ枝が哀れと君が拒んだということ。……供麒が、では花が咲いたら献じましょうと言ったら、君が」
「要らないと言ったのよ。散るを急く花なんて」
それ以上利広には解説させず、それこそ急くような口調で珠晶は言い切った。
「何が雅よ。咲くというより散るを待たれる花になんて、何の意味があるの」
そんな儚く当てにならぬものよりも、地味であっても確実に実を成す木の方が余程有り難いと、珠晶は硬い口調で言った。
「そうね、たとえば栗とか?」
「まあ、確かに栗の花はあまり愛でるには向かないかな」
あれはあれで趣があるかもしれないが、と。利広は苦笑しながら頷く。そして、「でも」と首を傾げながら続けた。
「それは本音じゃないだろう、珠晶」
「……何で」
「君の半身を、余り侮らぬがいいよ? 君が花一つ嫌ったくらいで、彼があんなに沈み込むわけはない」
「馬鹿馬鹿しい。供麒は心配性が過ぎているだけのことでしょ」
「私の見る限り、供台輔は民を憐れみはするけどね。憂えるのはいつも君のことだけだよ」
「…………」
ふ、と。浅く息を吐いて、珠晶は目線を利広から外した。
利広はそれ以上の追求はせず、静かに待つ。少なくとも、彼の知る少女は逃げっ放しの自分を良しと出来る程に器用ではない。
もっと賢く生きることも出来そうなものなのにねと時々思うが、張り詰めた弦の糸に似た彼女の響き様を愛でに時折ここに立ち寄る自分を知っているので、敢えての忠告はまだしたことがない。もっとも、しても珠晶は、余計なお世話だで片付けることだろうが。
今もまた、僅かに伏せた長い睫の下。瞳の光の強さは失せていない。
「馬鹿馬鹿しい話なのよ」
「うん?」
「ただ、ちょっとだけ、気に触ったの。ほんのちょっとだけよ。……でも」
ふん、と。拗ねた子供の他愛のない調子で、珠晶はそっぽを向いた。
「六分咲きだ八分咲きだ満開だ……って浮かれ騒ぐ様が、ね」
「誰かが君に……何を言った?」
「いいえ? あたしに直接言う程の馬鹿なんて誰もいないわ。勝手に聞いて勝手に腹を立てるなんて、子供っぽいでしょ、笑っちゃう。……まあ、人を桜に喩えるのも馬鹿みたいだけど」
「花の咲き具合を?」
「あたしは、言うなれば六分咲きなんですって。利広はどう思う?」
と、永遠の少女はくすくすと笑いながら、今度は利広を真っ直ぐに見た。
十二の歳で玉座に座り、それ以降百年近く恭の国を治める少女は、時に磨き抜かれた美しい珠に喩えられる。それは利広も知っていた。花に喩える者は殆どいない。それも、その理由もまた。
王となった者は、永遠に歳を取れない。性別を持つ者としての美しさが花開くその僅か手前で時を止め、永劫に輝く気高い女王。
利広はゆっくりと瞬いて、そんな彼女を見た。
「君がそんなことを気にするとは思わなかったな」
かつて少女は、自らの半身に対し、何故もっと早く自分を選びに来なかったのかと言い放った。それを暗に示すように言えば、珠晶は「そうね」と僅かに小首を傾げた。
「あたしも気にするつもりはなかったけど。……あれね。桜が散るのがいけないのよ、やっぱり」
「え?」
「あたしが六分咲きで枝に留まる間に、散って落ちていく花があるでしょ。次から次へと満ちて開いて、でも散っちゃう。……そうね。感傷かもしれないけど、切なくなるから」
だから、散るを急く花なら要らない、と。言う少女は、やはり王の貌をしていた。
それを微笑んで見て、利広は「でも私は、以前、散らぬで散る桜を見たよ」と言った。
「なあに、それ」
「蓬莱ではね、桜の散る様の潔さを人の覚悟に喩えるとか」
「ふうん。それで?」
「そしてまた、蓬莱では南からの突風が春を伝えるそうだよ」
「…………」
「鵬が南から大風を纏って来たれば、その羽ばたきが散らす光はまるでその時には未だ咲かぬ桜の、その花びらにも見えるだろうね」
かつて少女は、小さな身体の覚悟一つで南を図った。
それは未だ幼い、けれど確かに鵬だった。雲気を絶ち、青天を背負い、後に南を図るもの。
彼女は小さな覚悟を散らさず咲かせて、南方から恭の王宮へ、その玉座へと辿り着いた。それを利広は知っている。
そしてまた、珠晶も本当は知っている筈だった。
はあ、と。本人の言うとおり些か感傷的になっていたのだろう恭の女王様は、深々とした溜息を吐いた。
「一応、褒めてくれて有り難う。と、言うべきかしら? 何だか後が怖い気がするんだけど」
「まあ、賄賂だし?」
「恭としては、それで奏の太子の強制送還をやめるわけにはいかないわよねえ、この程度じゃ」
「それは仕方ないと諦めることにするから。……ねえ、珠晶」
「なあに?」
「ちょっとこれ、飾らせてくれないかな」
「は?」
きょと、と。稚い子供の愛らしさで、決してそれだけではない少女は利広を見上げて首を傾げる。その艶やかな髪の一房にだけ触れて、利広は、「せっかく贈らせてもらうんだから」と笑んだ。
「身につけた姿は、一番に見たいものだろう?」
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
「ふうん? ……いいけど」
どうぞ、と。容易く触れるを許される。
利広はいつもよりほんの僅かにだけ慎重な手つきで、贈ったその珠の桜を少女の艶やかな髪へと飾った。仄白い色の潔い清廉さがやはり似ていると、そう思う。
永劫に散ることなく、色を増すこともない桜。
──それでも。
「永遠は、ないよ」
「利広?」
僅かに伏せられていた瞳が真っ直ぐに利広を見る。その一途さはまだ子供の姿のままの彼女に似合う。けれど深い色合いは、最初に会った時にはないものだ。変わらないものはこの世にない。
それを寿ぐべきか残念がるべきか。利広には判ずる権利がない。
「──散る桜残る桜も散る桜」
「……え」
「この間、満開の桜を愛でる海客に、聞いた言葉だよ。……意味を知りたいかい?」
微笑う利広に、珠晶の瞳は僅かに眇められる。その笑みの向こう側を透かすように。
けれど、ややあって首は横に振られた。
「要らないわ」
「そう」
「まだ、必要ないと思うもの。あたしも……利広にもね」
「そうかい?」
「ええ。……ああ、でも、この花鈿は気に入ったわ。有り難う」
と、利広が髪に飾った花鈿に細く華奢な指で触れると、機嫌良さげに珠晶は微笑んだ。
利広は「そう?」と首を傾げる。
「鏡を見なくても?」
「あら、必要ないもの」
にっこり、と。艶やかな程の笑みで、珠の花鈿を飾られた艶やかな髪を利広に見えるように傾け、珠晶は答える。
「利広、それをあたしに飾って満足そうな顔をしたじゃない」
「うん?」
「だったら、あたしに似合っていないわけないでしょう」
「…………成程」
降参、と。諸手をあげて見せて、利広は軽く笑った。
この強かさは確かに、最初に出逢った時にはない。かつて咲くことを知らぬ花であった少女が、それでも少しずつ、ほんの少しずつ花開いている証ではないだろうかと、心の片隅で思う。
決して、口にはしないけれど。それでも。
「よく、似合っているよ」
散ることのない桜の花。
それを身に纏う少女に、その先を重ねてただ小さく。利広は呟いた。

感想ログ

背景画像 瑠璃さま
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