桜小夜曲@管理人作品第8弾
2013/05/29(Wed) 11:01 No.605
皆さま、おはようございます。いつも祭にレス及び拍手をありがとうございます。
本日の北の国、最低気温は14.5℃、雨予報のため、
予想最高気温は19℃と低めでございます。
それでは桜開花情報まいります!
5/28に稚内にてえぞやまざくらが満開になりました。
気象庁の「さくらの開花情報」頁が全て埋まりました。
2013年の桜前線、完全終着でございます。
早い開花に驚いたあの日が遠い昔に思えますねぇ(苦笑)。
本日の管理人作品はずっとじたばたしておりました「さくら連奏」でございます。
#38ネムさんの写真「桜は〜もう かいな〜♪」から始まったこの連鎖に
漸く参加できます〜。間に合ってよかった!
というわけで、利広の二胡をどうぞ。
あ、陽子登遐後末声注意! オリキャラが苦手な方もスルーしてくださいね〜。
- 登場人物 少女(オリキャラ)・若者(利広)
- 作品傾向 シリアス(陽子登遐後末声注意!)
- 文字数 2005文字
桜小夜曲
2013/05/29(Wed) 11:02 No.606
「お前の楽は技巧に走り過ぎている」
師が厳しく断じた。何故、と食い下がろうとした少女を見据え、これ以上何も言うことはない、と言い放つ。少女は唇を噛み、踵を返した師の背を見送った。
誰もいなくなった房室で、少女は独り拳を握りしめる。技巧を磨くことのどこがいけないのか。難解な曲を弾きこなすためには、技術が不可欠だというのに。そのための技を追い求めることの何が悪いのか。周囲の誰もが少女の二胡を褒める。その歳でこの曲を弾けるのか、と。ただ師だけが顔を蹙めた。そして、遂に浴びせられた今日の叱責。いくら考えても、少女には師の苦言の意味が分からないままだった。
気づけば陽が暮れかけていた。少女は二胡を持ち上げ、重い足取りで帰途に就く。師に否定され、この先どうすればよいのだろう。のろのろと歩く少女は溜息ばかりついていた。そんなとき。
微かに二胡の音が聴こえた。少女は足を止め、耳を澄ます。風が切れ切れに運ぶその楽は、誰かを呼んでいるかのようだった。少女は音を探して彷徨う。やがて。
少女は桜の古木に凭れて二胡を奏でる若者を見つけた。高く低く鳴り響く音は、少女をその場に止める。聞き覚えはないけれど、懐かしく胸を揺するその曲。少女は固唾を呑み、若者の楽に聴き入った。
「どうして泣いているの?」
不意に柔らかな声がそう問う。気づけば二胡の音は止んでいた。少女は驚き鋭く息を吸う。訊かれて初めて気づいた。自分の頬が濡れていることに。けれど、少女は真っ直ぐに若者を見つめ、問い返した。
「――泣いているのは、あなたでしょう……?」
穏やかに微笑していた若者は、僅かに目を見張る。そうして不思議そうに少女を見つめ返した。
「私が?」
少女は小さく頷く。懐かしげに奏でられていた温かな旋律は、微かな愁いを含んでいた。それは、もういなくなってしまったひとを恋うる音。この桜のように散ってしまったひとを悼む涙。それなのに。
「――君を泣かせるほど素敵な演奏だったかい?」
若者は楽しげに笑う。少女は激しく首を横に振った。口を開こうとしても、言葉が巧く纏まらない。涙が幾筋も頬を伝い、少女から更に言葉を奪った。
若者は柔らかな眼で少女を見つめている。涙を隠すその笑みに、切なさが募っていく。大人は泣きたくても泣かないものなのだろう。でも、音には秘めた想いが表れる。少女は言葉での説明を諦めた。代わりに己の二胡を掻き鳴らす。
あなたは呼んでいるでしょう。ここにはいないそのひとを恋うているでしょう。桜を見ると思い出すそのひとを。抑えた想いは音に乗る。語りかける声となる。その呼びかけに応えたい。その音に託されたものを、この音で返したい。
少女は言葉にできない想いを全て二胡の音に預けた。技巧を凝らすことも忘れ、ただただ胸を揺り動かすものに己を委ねる。指が勝手に音を紡ぎ、曲を織り上げた。これほど思うままに二胡を奏でられたのは初めてかもしれない。少女は無我夢中だった。
最後の音が夜の幄に呑まれた。放心した少女を現に戻したのは手を叩く音。若者は笑みを湛え、少女を見つめていた。
「――素晴らしい。君のような見事な弾き手の前で二胡を奏でるなど、私も無謀だったな」
拍手とともに贈られた屈託ない称賛に、少女は首を振る。逡巡した挙句、おずおずと言葉を紡いだ。
「――いいえ、あなたの楽に、心が揺さぶられただけ。聴かせてくれて、ありがとう」
「こちらこそ」
若者はそう言って、咲き匂う紅枝垂れを見上げる。月の光に照らされたその横顔は、深い笑みを刷いていた。
「この桜のようなひとが……君の音に寄り添っていた」
見せてくれてありがとう、そう続けて若者は立ち上がった。咲き乱れる枝垂れ桜の枝が、若者を引き留めるように揺れている。愛おしげに手を伸ばし、若者は花に触れた。愛しいものと別れを惜しむかの如く。
少女は片手を挙げて去っていく若者の背を見送り、そのままその場に立ち尽くした。残された紅枝垂れがさわさわと嘆きの声を上げる。少女はそっと手を伸ばし、風に揺れる桜花に触れた。
「――綺麗」
月明かりに映える桜花も、花を照らす月も、共に美しい。少女を包む春の気は柔らかく、吹く風は花の匂いを孕む。そして、風に揺れる葉擦れの音は耳に心地よい。
「綺麗……」
少女は再び呟いた。想いが涙と共に身の内から溢れる。少女はもう一度、心を籠めて二胡を奏で、その音を月と風と桜に捧げた。
翌日、少女は早朝から二胡の庵を訪れ、房室を清めた。世界が違って見える。二胡のみを見つめ、その音だけを聴いていた昨日までとは。少女は笑みを浮かべ、二胡を抱える。そうして今の想いを音に託した。
無心に二胡を奏した。曲が終わることを惜しいと思う。最後の一音が消えてなくなったそのとき、大きな拍手が響いた。少女は驚き顔を上げる。師が頷いていた。
「――老師」
師は何度も頷いた。そのまま何も言わずに手を叩き続ける。少女は笑みを浮かべ、深く頭を下げた。
2013.05.29.
ご感想御礼 未生(管理人)
2013/05/31(Fri) 16:28 No.676
ネムさん>
「蓬山遠景」をエンドレスで聴きながら仕上げたお話でございます。
未熟な少女を揺り動かす利広の二胡の音をお聴きくださりありがとうございました。
そして、またも妄想を誘うお言葉を!
緋桜の曲を弾く長じた少女を見守る利広の姿が目に浮かびました……。
いやぁ、ほんとは2ヶ月もかけずに書き上げたかったです〜(苦笑)。
様々な「さくら連奏」の礎となるご投稿をありがとうございました!
空さん>
過分なお言葉をありがとうございます。
子供たちの演奏を聴いていると、技術的には申し分なくても、
やはり表現力が不足していることが多々ございます。
ただ、空さんがおっしゃるように、頭も心も柔らかい子たちは、
ちょっとした切っ掛けで驚くほど変貌してしまうのですよね。
一人の少女のそんな瞬間をご覧いただけたことに感謝申し上げます。
桜蓮さん>
「本人も心が泣いていることに気づいていない」――書いていて私もそう思いました。
そう感じてくださってありがとうございます。
私は音楽に心揺さぶられることが多いのですが、
先日美術館で拝見した東山画伯の絵に泣かされて図録を買う、
という体験をいたしました。
言葉を尽くすよりも伝わる想いというものは確かに存在するのだと思います。
稀代の弾き手となる少女の姿、私も目に浮かびました。ありがとうございます!
饒筆さん>
ほんとうに二胡の音は温かいくせに切なく響きますよね〜。
「蓬山遠景」を聞き流しながらしみじみ思いました。
利広の奏でる二胡の音もそんなふうであれ、と願います。
そうですね、人の奏でる音は、年と共に深みを増していくのかもしれないですね。
充分な技巧を既に身に着けている少女が表現力をも得て、
人の心を揺さぶる弾き手になればいいなと思います。
翠玉さん>
実は私もオリキャラは苦手でございます(苦笑)。
なら書くな、とも思いますが、
敢えて名前を付けないことが書き手の意地かもしれません(笑)。
利広は恐らく少女の音に陽子を見たのだと思います。
そういう意味では少女は寄坐の役目を果たしたのかもしれませんね。
二胡の調べを聴いてくださってありがとうございます。
情景の再現を目指す私にとっては最高の褒め言葉でございます!