「投稿作品集」 「13桜祭」

クマ将軍イメージアップキャンペーン(笑) 饒筆さま

2013/04/30(Tue) 00:39 No.387
 みなさま黄金週間をいかがお過ごしでしょうか?  ……私は前半、ひたすらバテておりました(撃沈)  しかも利広さん&二胡の錬成にも失敗しましたので、 クマ将軍イメージアップキャンペーンな流れに乗ってみました(笑)

 連鎖妄想と呼べるほど繋がっていませんが、 記事No.1未生さまの「桜の頬」の舞台である花見の宴、 これに実は月渓も招待されていたよ、という下敷きを使わせていただきます。
 そしてminaさま、そうです、わたくし「手」が好きなんです〜!!  手フェチの妄想です(笑)

泣くなら此処で

饒筆さま
2013/04/30(Tue) 00:43 No.388
 朧に霞む望月。愛らしい花毬を枝いっぱいに付けた八重桜。甘い香りに満ちた微風が頬を撫でてゆく――懐かしい。あの夜と同じ。
 古筝に落ちる花影を消すように、姫君は弦を掻き鳴らす。
「技巧は大変お上手です。よく練習なさったのでしょうね……ですが、音が単調で個性がありません。もっと情感を――表現すべき情操をお考えにならなければ」
 ずいぶん背伸びをして披露した夜香曲を、生真面目に評した声まで蘇る――もう二度とその声を耳にすることはないだろうに。
 柳眉を逆立て、眦を吊り上げ、真っ赤に腫れた目で、祥瓊は震える弦を睨みつける。爪の先まで悲憤に満ちた五指では、情感など表せない。ただ、荒ぶる調べが泣き喚くだけ。
 柔らかな春宵を全て台無しにする、古筝の悲痛な叫びは止まらない。
 ついに繊手を振り上げ、叩きつけようとして――
 背後から、その白い手首を掴まれた。
「駄目だ、祥瓊」
 どこか飄々とした、だが抑制の効いた低い声が彼女を諭す。
「自分を傷つけちゃいけない」
 両腕を上げたまま、細い首が垂れる。
「……はなして」
「何があったのか、話してくれるならな」
 祥瓊は答えない。代わりに、紅唇から微かな嘆息が洩れる。華奢な肩の力が抜けたのを見、桓堆はそっと手を放した。傍らに座り込めば、元公主はわざと美貌を背ける。
 桓堆が穏やかに切り出した。
「……主上が心配していたぞ。もしかすると祥瓊は月渓殿の書簡を見たのかもしれない、と」
「見たわ」
 祥瓊は言い捨てる。
「陽子の机上ったら、ひどいんだもの……陽子の留守中に片付けをしていて、見つけたの。私信や極秘扱いなら読みはしないけれど、一般の公文書の形をとっているのにどうして隠しているのかと訝って」
「そうか。主上も隠すつもりは無かったそうだ。が、祥瓊に見せたものかどうか悩む間に書類山のどこかに埋もれてしまったと気に病んでおられた。で……どんな内容だったんだ?」
「どんな、って別に? せっかくのお招きですが、仮王しかも大逆の罪を負う身で各国主が集う宴には参加できませんとお断りしてあったの。それだけ」
 青ざめた頬の向こうで、長い睫毛が上下する。
「本当にそれだけよ――私のことなんか、一言も触れていなかった」
 桓堆は口を閉ざす。淡い月光を弾く一滴が、白磁の頬を滑り落ちた。
「あのひとを恨んだりしないわ――当然よ。芳は今、大変な苦境にあるんだもの。出奔した元公主のことなんか忘れても仕方ないでしょ? でも……『あのひとはきっと、いつまでも私を気にかけてくれている』なんて驕っていた自分が許せないの。あのひとを大逆の罪まで追い詰めたのは、この私でもあるのに――なのに、手蹟を見ただけで、こんなに……こんなに……」
 千々に乱れる思いが言葉を拒む。祥瓊は声を詰まらせ、再び項垂れる。
「私、馬鹿だわ……」
 その肩が震える。ぽた、と微かな落涙の音がして、美姫は手で顔を覆おうとした。
 再び大きな手が伸び、その繊指を掴み留める。
「ああ駄目だ、祥瓊。爪が付いている」
 だが、溢れ出た涙はもう止まらない。
 駄々をこねる幼子のように首を振れば、ゴツゴツして硬い手はギュッと白い手を握り締め、大きな指が意外と器用に付け爪を外し始めた。

 もう二度と会えないのに。あのひとの憐情に期待して、愛を捧げる資格なんか無いのに。こんな未練にしがみつくことさえ、不孝の罪を犯しているのに。
 それでも私の心は変われない。いつも側にいて護ってくれる、桓堆の優しさに応えることもできない。

「私、本当に馬鹿だわ……」
「そんなに自分を責めるなよ。祥瓊は馬鹿じゃないさ。俺は好きだよ?」
 付け爪を外し終わった桓堆が朗らかに告げる。
「そこまで大切な人なんだ、無理に忘れることはないさ。忘れられないからって悩むこともないさ――そうだな、いつか、芳まで名が轟くぐらいに頑張ればいいんじゃないか? だから一人で泣くなよ。自棄になって怪我をするなんて以ての外だ」
 そして、唇を噛みしめ、拳を握りしめて泣く祥瓊の頭をゆっくり抱き寄せる。
「こんな胸ならいつでも貸してやるから。な?」
 その頼もしい口調が、額に伝わる温もりが無性に涙を誘う。
――あなたも馬鹿じゃないの……?!
 歩み寄ることも知らない、こんな高慢な女に心を砕いたって無駄でしょ?!
 つい、心に浮かんだ憎まれ口を呑みこんで。
 祥瓊は精悍な胸に額を摺り寄せ、嗚咽を殺して涙を流し続ける。


 ようやく素直になれたのは、夜半の月が隠れた後だった。
「ありがとう、桓堆……」
 か細い声で心からの礼を告げる。ぽろん、と筝が鳴る。
 僅かな明かりに浮かびあがる鈴生りの八重桜が、ふくよかにほころんだ。

<了>
感想ログ

背景画像「四季の素材 十五夜」さま
「投稿作品集」 「13桜祭」