桜家苞@管理人作品第4弾
2014/04/29(Tue) 07:01 No.497
皆さま、おはようございます。いつも祭に拍手をありがとうございます。
本日の北の国、最低気温は2.5℃、隣街は−2℃でございました。
ここでまた氷点下! 因みにトップバッターで桜が咲いた帯広も−1℃。
寒が戻り過ぎて桜が哀れでございます。
さて、管理人は桜開花情報に焦りまくっております。
取り敢えず仕上げたものから出していこうと思います。
それでは虎嘯のお話をどうぞ。
※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。
- 登場人物 虎嘯・陽子・夕暉・鈴
- 作品傾向 ほのぼの(虎鈴風味)
- 文字数 1910文字
桜家苞
2014/04/25(Fri) 06:25 No.485
「たまには休みを取って弟孝行しろ」
ある日、国主景王が突然そう命じた。大僕虎嘯は大きく目を見開く。そして即座にかぶりを振った。
「なんだっていきなり……。そんなわけにはいかねえだろう」
「見ろ」
景王陽子は眉間に皺を寄せて書卓の上に堆く積まれた案件を叩いてみせる。先程から下官がせっせと運び入れているものだ。
「これを片付けるまで、私は身動き取れない」
そう言って陽子は深々と溜息をついた。聞いて虎嘯は軽く笑う。そう言いながらも、この主はいきなり姿を晦ましたりするのだから。そう指摘すると、陽子はにやりと笑んだ。
「季節はそろそろ春だぞ、虎嘯」
陽子は言い様に視線を庭院に向ける。促されるままに見やると、そこには薄紅の蕾をつけるほっそりとした若木があった。納得した虎嘯は、大きな肩を竦めつつも有難く休暇を頂戴したのだった。
「兄さん!」
夕暉が笑顔で駆けてくる。虎嘯は己も笑みを浮かべ、久々の再会を喜んだ。互いの近況を報告し合い、他愛のない会話を交わす。二人が歩く小道には、薄紅の花をほころばす木々があった。顔を上げて注視すると、夕暉が笑う。
「そう、早咲きの桜だよ。よく気づいたね」
「そりゃあ、陽子が毎年あれだけ騒ぐからな」
虎嘯は苦笑する。夕暉の指摘どおり、虎嘯は花には疎いが、仕える主は大の桜好き、お蔭で桜の花だけは解るようになってしまったのだ。聞いて夕暉も首肯した。
「主上が好まれる花だから、と桜を植える人が増えているみたいだよ」
それも、噂の出所は瑛州侯だとまことしやかに伝えられているらしい。瑛州は首都州、その州侯といえば。虎嘯は思わず立ち止まる。
「――まさか、台輔が?」
「和州侯だという説もあるけどね」
そう続けて夕暉はまた笑う。和州では豺虎と恐れられていた州侯と郷長を断罪した王への敬愛が深い。そして、新たに和州侯に任じられたのは、明郭の乱でも活躍した人物だ。
噂が真実かどうかは別にして、下にも桜が増えつつあるということは事実である、と夕暉は話を結んだ。虎嘯は笑みを深める。耳に入れれば陽子はきっと喜ぶだろう。ならば。
虎嘯は帰城する前に桜探しの散策に出かけた。そうして首尾よく見事な早咲きの桜の枝を手にし、颯爽と王宮に戻ったのだった。
「鈴、いるか」
腕に桜の枝を抱え持ち、虎嘯は朗らかに声をかけた。手を止めて振り返った鈴は目を丸くする。そして呆れたように声を上げた。
「まあ、どうしたの、それ」
下で咲いていたから分けてもらってきた、と虎嘯は笑って答えた。
「桜好きな陽子が喜ぶと思ってな」
虎嘯は鈴に桜の枝を差し出す。鈴は少し困ったような貌をして桜を受け取った。虎嘯は言い訳めいた言葉を続ける。
「綺麗だった、と口で言うより実際に見た方がいいだろう?」
「――桜は折ると傷むのよ、可哀そうに」
枝を手早く花瓶に挿しながらの鈴の答えは意外なものだった。海客の鈴は、陽子に負けず劣らず桜を気に入っている。だから、桜を持ち帰ればてっきり喜んでくれるとばかり思っていたのに。虎嘯は少し肩を落として呟いた。
「そいつは桜に悪いことをしたかな……」
見つけた桜は陽子への土産だけではなかった。虎嘯は懐に手を差し入れてしまってあったものを取り出し、もう一度鈴に差し出した。しかし。
「あっ……!」
虎嘯は思わず声を上げてしまった。大事に持ってきたつもりの白い桜の枝が、途中で折れていたのだ。
「鈴にはこっちの方が似合うと思ったんだが……折れちまったな。すまん」
そう、見事にほころんでいたのは、早咲きの薄紅の桜だけではなかった。小さめの白い桜が可憐に花開いていたのだ。見つけた途端、胸に浮かんだのは鈴の笑顔。虎嘯は己も笑みを零し、咲き初めた花をつける枝を少し折り取った。それなのに。
虎嘯は肩を竦めて項垂れた。掌の上の花もみすぼらしく見える。しかし、鈴はそっと折れた小枝を取り上げた。ぱちんと小さな音がする。不思議に思って目をやると、鈴は鋏で丁寧に小枝を切り、そのままに髪に挿した。
「素敵なお土産をありがとう」
柔らかな声がする。顔を上げた虎嘯の眼に映ったのは、優しい笑みを浮かべた鈴の顔。それはこの桜を見つけたとき胸に浮かんだ笑みそのものだった。白く小さな可憐な桜の簪釵は、鈴によく似合っている。虎嘯は笑みを返し、大きく頷いた。
それから虎嘯は鈴と二人で景王の執務室へと向かった。虎嘯の予想どおり、陽子は土産の桜と話を大層喜んでくれた。
「虎嘯にしては気の利いた土産だな」
「ここにいれば桜だけは覚えるさ」
虎嘯は苦笑しつつ応えを返す。陽子は鈴と顔を見合わせて可笑しそうに笑った。虎嘯は小卓に置かれた早咲きの桜を満足げに眺める。陽子と鈴の楽しげな笑い声は途切れることなく続いていた。
2014.04.29.