君恋しければ花まで恋し
饒筆さま
2014/03/19(Wed) 22:37 No.22
柔らかな風が金色の髪を撫で、するりと翻って、青空に映える桜花を揺らす。
優雅になびく花びらを見上げながら、景麒はしみじみと想いを巡らせた。
――さて……あれは幾年前だったか。
肝入りで造らせた桜園に念願の花が咲いたと、朝から小躍りしている主上に、
「あんな花は好きになれません」
と申し上げて酷い不興を買ったのは……さて、いつのことだったろう?(空気を読みましょうよ台輔)
考えていただきたい。だいたい、咲いてすぐ散る花など――ましてや、風雨にその身を裂かれバラバラに千切れて地に落ちる花など、凶兆としか思えない。手毬のように愛らしく咲く種類もあるが、主上が好むのは華やかに重なる花弁も鮮やかな色もなく、ただ、素っ気無い五弁の花が枝という枝に群がって咲くものだ。まあ並木として多数立ち並んでいれば、雲霞のごとく壮観かもしれない。だが、それだけなのに。
景麒は小さな嘆息を洩らす。
こうして凝視しても、やはり桜を好きにはなれない――しかし。
あれから毎年この桜たちは鈴生りの花を咲かせて主上を喜ばせ、観桜の園遊会は誰もが待ち望む恒例行事になっている。桜が咲くことによって晴れやかな笑顔の輪が広がるのは、純粋に喜ばしいことだ――しかも。
五歩先を行く主がその御足を止めた。
景麒もまた立ち止まり、その視線を主の背に注いで淡紫の目を細める。
あのいかにも幸薄そうな地上の雲霞に、紅の一点が交じる。すると、たちまち印象が一変してしまうのは……まったく、何故だろう?
ひとつに結った紅髪が揺れ、凛とした横顔がたおやかな一枝を見上げれば、暇もなく迫る散り際の予感など跡形もなく消える。
そして喜びに満ちた尊顔が明るい微笑みを投げかければ、花という花が一斉に春の歓喜を歌い出す。
さあ春が来た。希望の春が。この喜びを全霊で歌おう。たとえ散って、地を這って、強い陽射しに焼け爛れ、どんな厳しい冬に閉ざされようとも――春は必ずまた巡る。幾年も、その先も、時が満ちれば咲き誇り、また喜びの歌を歌い出そう……!!
煌めく陽光、そして大地より萌え出る生気が桜花と我が主上を輝かせ、自然と伸びた腕が眩い未来をお掴みになる。
ああ!なんて力強く、美しいのだろう!
固い唇が綻び、景麒は陶然と微笑んで己が主と桜花を誇らしく見つめる――
不意に、うら若い景王が半身を振り返った。
ナノ一秒で景麒の顔から笑みが失せる。(ええーッ!!)
「んん?なんだ、景麒。なんでそんなにジロジロ見るんだよ?」(ムッ)
おや。右の柳眉が上がっておられる。が、景麒には不興の理由がわからないので黙りこくってみる。
主上はさらにムスッと唇を尖らせ、尊顔をしかめて両袖を広げる。
「ほら、おまえがうるさいからちゃんと正装しているぞ?」
「当たり前です」
――やけに頻繁に訪れる馴染みとはいえ、隣国の主従もいらしているのです。いくら何でも皺だらけの官服や小汚い袍で迎える訳にはいきません。
補足は口にせず、景麒は淡々とした能面で佇む。(いえいえ台輔、そこは面倒臭がらずに説明しましょうよ)
訝しげな景王は首を捻る。
「さっき仕事も済ませたじゃないか」
「常識です」
――責務を果たさぬ王など風上にも置けません。
「じゃあ何だ?」
ついに主上は苛立ち、爪先を踏み鳴らし始めた。が、何にイラついておられるのか、景麒にはさっぱり解せない。(台輔、あえて進言するなら日頃の行いが原因かと……)
こちらが口をつぐめば、主上はますます苛立ちを露わになさる。
「そうか、わかった!今日は酒を控える!乾杯以外は飲まない!まったく、面と向かって『酔うと面倒だ』なんて言われちゃ、酒が美味しくないからなっ!」
「ええ。実際、面倒ですから」
――平常時でさえ脇が甘いのです。酔えばさらにどうなるか……諸所に潜む危険の種に気づいてください。
「お・ま・え・なあ……」
主上は両拳を握り、肩を震わせる。
――一体、何故そんなにお怒りなのか?
景麒はやや戸惑い、一切感情を表さぬ瞳で主を見下ろした。
「だーかーら!もう、何が言いたいんだよ景麒!これ以上、私のどこに文句があるんだ?言ってみろ、ああ?!」
叱責を受けてしまった。でも、受けねばならぬ理由など見当もつかない。(で、ですから日頃の会話不足が祟っているんですよ……)
致し方なく、景麒は鼻からフンと息を吐き、青白い仏頂面で応えた。
「……別に。何もありません」
「ああそうか!だったら意味もなく睨んでくるな!!」
そう言い捨て、ぷんすか腹を立てた主上は踵を返しておしまいになる。
――意味もなく睨んではおりませんが……?
景麒はぽかんとそれを見送り、二度瞬いて、春風に歌う桜花の下をズンズン進む主の後を粛々と追う。主はその紅髪を左右に大きく振るだけで、もう二度と振り返らない――それでも。
そのしなやかな麗しさにまた、景麒は甘い微笑を浮かべるのだった。
――さ、さっき心の中で思ったこと、そのまま口に出せばいいのにいいいいいいッ!!!(景台輔の使令一同、魂の叫び)
<ちゃんちゃん♪>