桜下のふたり<氾バージョン>
饒筆さま
2014/04/27(Sun) 00:20 No.489
C眼福…なのか目の毒か:氾主従(美しさは罪)
早くも満開を迎えた桜に急かされて、急遽、二人きりで慎ましやかな花見の席を設けたものの――空はあいにく真白い花曇り、挙句に冷たい風まで吹いてきた。
華やかに垂れた花枝が揃ってなびく。その様に目を細め、藍滌が扇子で押さえた口を開く。
「これはなんとももの言いたげよの。桜翁のご機嫌は麗しくないようじゃ」
その肩にしなだれかかり、大きな銀杯に盛られた干果を摘む氾麟が、愛らしい鼻をツンと伸ばして応じる。
「致し方ないわ。だって、今年は『野暮用』が多すぎるんですもの――お花見も碌にできないなんて、桜翁でなくても拗ねたくなるわ」
「おや」
藍滌はふふと鼻を鳴らして笑い、麗しい顔を傾けて氾麟を覗き込んだ。
「嬌娘(ひめ)も臍を曲げていたのかえ?」
愛おしげに見つめられて、氾麟は少し顎をひき上目遣いで氾を見つめ返す。瞬く睫毛の先を淡い花びらがかすめて落ちる。思わず目を閉じた氾麟の白桃の頬に藍滌が手を添え、鼻先が付くほどに顔を寄せれば――なんとも言えぬこそばゆさに、二人はくつくつ笑いだす。
「愛い嬌娘(ひめ)じゃ」
かかる吐息の甘い香に、桜桃の唇がうっとりと綻ぶ。
「ねえ主上」
氾麟は両手をあげ、その頬を包む主の手をしっかりと包んだ。そして、ひときわ愉しげに円らな瞳を輝かす。
「わたしね、時々、主上をたべてしまいたくなるの」
「それは困ったねえ」
藍滌もおどけて身を反らす。
「どこから食べる気だえ? 嬌娘の愛らしい歯型がついてしまう」
んもう。氾麟は一度唇を尖らせ、主の手を己の胸で抱きしめた。
「だって――どんなに長く、どんなにお側に侍っても、主上を全部わたしのものにすることができないんだもの」
そのとき気まぐれに陽が射して、氾麟は菫色の瞳を瞠った。
まるで落ちない雪のように天から垂れる花の帳が、柔らかく薫るように輝く。そしてそれを背に艶然と座す麗人は、今日もその全てで己の美学を体現している。
感嘆と歓声が同時に洩れた。
「ああ主上!もう、なんて素敵なの――桜も主上も、とても綺麗すぎて困っちゃう。この気持ち、なんて言えばいいのかしら?」
藍滌が笑みを深めた。おとなしく取られていた手で逆に氾麟の手を引き、抱き寄せる。
「それはねえ……」
くつり。藍滌の潜めた声が氾麟の耳朶を撫でる。
「『あなたが欲しい』と言うのだえ」
氾麟はぱちりと瞬き、今度は挑みかかるように目を細める。
「じゃあ、主上は?主上はわたしが欲しい?」
白魚の一指が桜桃の唇を塞いだ。
「そういう台詞は――」
いちいち心臓を跳ね上がらせる魅惑のウインク。
「此処では無粋じゃ。二人きりの秘密にしておくものであろ」
「あ。……そうね」
藍滌と氾麟は同時に生垣を振り返る。
バ……バタバタバタッ!!!
当主従の必殺流し目を不意に向けられ、生垣の裏の臣下一同が将棋倒しになった。
<終わっとけ>