春気鬱@管理人作品第6弾
2015/05/14(Thu) 00:09 No.560
皆さま、こんばんは〜。
いつも祭にご投稿、レス及び拍手をありがとうございます。
本日の北の国、雷がゴロゴロ鳴った挙句の大雨でございました。
所によっては雹が降ったり停電したりしたそうでございます。
雨上がりには若葉がより鮮やかになりました〜。
利広ばかり書いていたので原点に戻りたくなりました。
そんなわけで尚陽をひとつ仕上げました。よろしければご覧くださいませ〜。
※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。
- 登場人物 陽子・尚隆
- 作品傾向 しんみり
- 文字数 1839文字
春気鬱
2015/05/14(Thu) 00:13 No.561
ふと顔を上げると庭院の桜が目に入った。春に彩りを齎す薄紅の蕾が膨らんでいる。ああ、今年もまたこの季節が巡り来た。書卓に積み上げられた案件の山に目をやり、景王陽子は軽く息をつく。いつ咲いてもよいように、仕事を片付けなければならない。それなのに。
陽子は筆を置き、再び溜息をついた。今年も首尾よく桜が見られるだろうか。いつかのように、急な案件が入ってしまうかもしれない。溜まった仕事を終える前に花が散ってしまうかもしれない。
絶えて桜のなかりせば。
古の人はよくぞそう詠んでくれたものだ。桜がなければ、いつ咲くか、いつ散るか、そんなことで心患うことなどないだろうに。そこまで考えて、陽子は首を横に振る。ほんとうに心配なのは別のこと。
あの風は、今年も吹くのだろうか。風の漢を名乗る我が伴侶は、訪れてくれるのだろうか。今年は、まだ、一度も顔を見ていない。陽子は眼を伏せ嘆息した。
隣国の王を愛した。稀代の名君と称される男は陽子を伴侶にと望んだ。嬉しい、と思いつつ、未だ小娘のような己に時折引け目を感じる。気儘な風は、不意に現れなくなるのかもしれない。会えない日々が続くと、そんなことばかり思ってしまう。こんなとき、書卓に堆く積まれた書簡は陽子を嘲弄するのだ。
未熟者。物知らず。遊んでいる暇があるのか。
物言わぬはずの書簡からそんな声がする。陽子は唇を引き結んだ。おもむろに筆を取る。そして、己を追い立てる仕事に向きあった。
柔らかな風が春の匂いを運び、庭院の桜がほころんだ。いつものように仕事の合間を縫ってささやかな花見の宴を開く。それでも陽子の心は晴れなかった。やがて。
雲上の花が散りかけた頃、下界の花便りが届く。気儘な隣国の王は今年も飄々と現れた。案件をなんとか捌いた陽子は、慌ただしく用意した荷物を持って伴侶を出迎える。そしてふたりは恒例の花見へと旅立った。
「疲れた顔をしているな」
「そんなことはないよ」
心配そうに見つめる伴侶にそう返し、陽子はぎこちない笑みを向ける。無事に出かけられたというのに、心は未だ沈んだまま。これでは久々に会えた伴侶に失礼だろう。自責の念に陽子は俯く。伴侶はそれ以上何も言わなかった。
いつもの桜花は満開にほころびていた。陽子は眼を細めて見事な花を見上げる。今年もこの桜を見ることができた。このひととともにここに来られた。
「やっと笑ったな」
穏やかな声がする。陽子は伴侶を見やり、微笑んで頷いた。それから、いつものように花見の準備を始める。そのとき、伴侶が片眉を上げて問うた。
「まだそれを使うつもりか?」
「え――」
陽子は佳氈を広げようとした手を止めた。見ると、伴侶は人の悪い笑みを浮かべている。
「俺が用意すると言ったろう」
ほら、と言う声とともに差し出されたものは真新しい佳氈だった。陽子は大きく眼を瞠る。ゆっくりと唇がほころんでいった。
初めての花見は陽子が登極して間もない頃だった。肩を怒らせて仕事を続ける陽子を、伴侶は宮城から強引に連れ出したのだ。満開の桜は陽子の心を捉え、頑なな心を癒した。肩の力が抜けた陽子を、伴侶は柔らかな眼で見つめていた。翌年、陽子は自ら花見の準備をし、伴侶を待ち構えた。そのとき用意した佳氈を、擦り切れるまで使っていたのだ。
伴侶が佳氈の傷みに気づいたのは昨年のこと。来年は自分が用意する、と言ってはいたが、気紛れな風がそんなことを憶えてはいるまい。そう思って今年も佳氈を持参した。
「――憶えていてくれたんだ」
「俺は年寄りだが、そこまで惚けてはいないぞ」
約束しただろう、と伴侶は陽子の頭を小突く。そう、このひとは約束を違えたことがない。できない約束はしない。胸に甦る懐かしい言葉。
(またこの花を見に来よう。時が許す限り、ずっと)
何を恐れていたのだろう。かつてそう誓ったというのに。陽子は愛しい伴侶に笑みを向ける。風は気儘に吹くものだ。その自由さに惹かれたのだ。会えなくなる未来を憂うより、会っている現在を楽しめばいい。その記憶は胸にいつまでも残るのだから。
「ありがとう。でも、この佳氈は捨てないよ」
にっこりと笑う陽子を伴侶は怪訝そうに見る。
「思い出がいっぱい詰まっているから」
伴侶は僅かに眼を瞠る。それから、にやりと笑って頷いた。いきなり陽子を引き寄せた伴侶は楽しげに囁く。
「それではこちらの佳氈にも早速思い出を詰めるとしよう」
「そんなこと……」
憶えていなくていい、と続ける前に唇を塞がれた。奔放な風は、陽子の気鬱を見事に吹き飛ばしたのだった。
2015.05.13.
ご感想御礼 未生(管理人)
2015/05/17(Sun) 01:09 No.632
皆さま、拙作にご感想をありがとうございました〜。
ミツガラスさん>
最近の遠恋は、lineで会話までできてしまって、ほんと会えないだけなのですよね〜。
電話も週一だった頃とは大違い!
で、それよりも前時代の古き良き遠恋を書きたくなったのです。
陽子主上も、仕事に追われていた時は悩む暇もなかったのでしょうが、
落ち着いてくると、色々ございますね(笑)。
その切なさをお楽しみいただけたようで嬉しゅうございます〜。
ネムさん>
ご心配おかけしましたが、ご安心いただけてようございました(笑)。
そしてまたも美しいお言葉をありがとうございます〜。
思わず検索してしまいました、大伴坂上郎女の歌。
確かに激しくも切ない……。
遠恋は切ないものですが、離れているからこそ、
会える喜びが大きいものでございましょう。
寿命のない者だからこそ、スパイスにもなるのかなと思ったりもして。
饒筆さん>
ほんとにね、現在の遠恋は会えないだけなのですよ〜。
羨ましくもあり、違和感もあり、でございます(苦笑)。
会えない辛さ切なさよりも、このひとでなければだめなのだ、
という事実が大きいのでしょう。
そんな古き良き時代の遠恋の醍醐味をお解りくださりありがとうございました〜。