それもこれも春のせい
饒筆さま
2015/03/23(Mon) 23:20 No.30
わずかに霞んだ空から降り注ぐ陽光が、肩先をほかほか温める。使い込んだ敷布に座りこんで天を仰げば、たおやかに揺れる桜花の天蓋が美しくて、陽子はうっとりと翠瞳を細めた。
だから。
「ねえ。今年も本当に綺麗だよ」
半身を返して、隣に並ぶ心から愛しいひとに微笑みかけたのに――
ぐごおおぉ……!
返事はおおきな高鼾。(がっくり)
隣国の名君はこんなに見事な桜の下で、大の字になって、ぽかんと大口を開けて、大地を這うような鼾を垂れ流して眠りこけている。
「もう!」(イラッ)
陽子の柳眉が跳ね上がる。
――年に一度のお花見だと言うのに、それはないんじゃないの?!
二人は王様、忙しいのはお互い様。公人の部分があまりにも多すぎて、私的な二人きりの時間なんて滅多にとれやしない。それでも胎果の二人が心待ちにしているお花見だけは、それぞれの側近たちがなんとか予定を工面して確保してくれる、二重三重に有難い幸せな時間……のはずなのに。
――昼酒飲んで寝るだけなら、関弓でやれば?!
ぷりぷり怒りながら尚隆の顔を覗き込めば、下りた睫毛の下に陰影ではない影があるように見えた。
――あ。クマがある。
よほど疲れているのかなあ……。
そこまで無理をしてでも来てくれたのだと思えば、苛立ちは収まるけれど。それでも。
「ねえってば!」
陽子は我慢ならず、尚隆の重い肩をゆさゆさ揺すった。
積もる話があるんだ。貴方の深く温かい瞳を見つめたいんだ。ねえねえ、話そうよ。笑ってよ。早くこの重箱を広げようよ。寝るのはいつでもできるだろう?こんなに気持ちいい春風を、きれいな桜を、大好きすぎてちっとも収まらない幸せな鼓動を、目の前で一緒に分かち合えるのは今しかないんだぞ?!
陽子はさらに力を籠めて大きく揺さぶる。すると、
ご。
尚隆の高鼾が一瞬止まって――やった、目が覚めた?!――否。ぐふう……尚隆はゆったり息を吐き、ぐごぉぉ……頑固な鼾は再び堅調に上下し始めた。
「もおおおおおお!!!」(ムキーッ!)
陽子は完全に臍を曲げた。
――こうなったら鼻をつまんでやる。ええい!
……ふごっ!
ふーんだ。ジタバタしても離してあげない。
いい加減に起きてよ。矢立て(携帯用筆)も、祥瓊が持たせてくれた口紅だってあるぞ。紅を塗ってやる。殿上眉を書いてやる。ほっぺにグルグル丸をつけたら、馬鹿殿のできあがりなんだからなッ!(志村●ん風)
空いた左手で矢立てを探っていたら、ついに尚隆の瞼が開いた。表情はまだ寝ぼけているのに、彼の手だけは素早く陽子の手首を掴んで引き剥がす。
「なにをする」(大あくび)
呑気な尚隆は「気持ちよく寝ていたのに」と言わんばかりの迷惑顔だ。陽子はツーンとそっぽを向く。
「せっかくのデートなのに、寝ているひとが悪いんだよ」(べーだ)
「そうか」
やけにあっさり引き下がったなと思ったら、
「じゃ、これは陽子が悪い」
「は?……って、わッ!!!」
掴まれた手首を引かれ、無防備に尚隆の上へ倒れかかった陽子はそのままゴロリと寝返りに巻き込まれて組み敷かれる。(プロの仕業である)
「ちょ、ちょっと待って!ここ、外!お外だから!誰か来たらど……やめてよ!や……!」(げしっ!じたばた)
こうして。慎み深い班渠は早々に地中深くへ潜る羽目になるのでした。(やれやれ)
<どうぞお幸せに・笑>