春の精霊
ミミズのミーさま
2015/04/05(Sun) 22:02 No.156
春の日差しが差し込む園林を蘭桂は黙々と歩いていた。
金波宮では賓客を招いての宴の真っ最中で官吏も女官達も大わらわなのだが、仙籍にも入っていない下男という立場では寧ろ客からは姿を隠さなければならない。
そのことに不満はない。ただ、無性に歯がゆくて抱えた包みにも力が入ってしまう。
そんな時、彼女に出会った。
満開を少し過ぎた薄紅の花の下。高く結い上げた艶やかな黒髪。
煌めく銀糸の刺繍を施した桃色の儒に若草色の裙。陶器のような肌の美しい娘。
しかし、その表情はなぜか不機嫌そのものであった。
「なにじろじろ見てんのよ」
蘭桂は我に返って包みを置くと礼を取る。
「あの・・・蘭桂と申します。」
「・・・珠晶よ。珍しいわね。こんなところに子供がいるなんて」
いぶかしげに顔を顰める姿も愛らしい。
「珠晶も子供じゃないんですか?」
「あんたよりは大人よ!ちょっと、コッチ来なさい!」
ぽこんっと何かが転がる音がした。それは精緻な金糸のお座敷靴だった。
裸足になった珠晶は蘭桂の腕を引っ張って引き寄せると自分の背中を蘭桂の背中をぴったりと合わせた。
「私の方が高いはずよ。」
背中から自慢げな声がする。しかし納得は出来なかった。
「・・・誰が測るの?」
「・・・う、うるさいわね!わかっているわ、そんなこと!測ってくれる誰かのところに今から行けばいいのよ」
その言葉で得心した。要するに彼女は。
「迷っていたんだね。」
「ち、違うわ!ちょっと慶では有名だとかいう木をよく見ようと思っただけで、奥に入り込んだら分からなくかった、とかそういうワケじゃないのよ!!」
真っ赤になって捲し立てる珠晶に蘭桂は微笑んだ。こんな可愛い娘は見たことがない。
足元に置いた包みを拾い上げ珠晶に片手を差し出す。
「僕は今から太師邸に草餅を届けに行くところだよ。沢山あるから珠晶も一緒に行こうよ。桜なら太師邸にも咲いている。」
おやつを持たせてくれた鈴にこんなに感謝したことはない。
不機嫌そうに頷く珠晶を見ながら蘭桂はそう思った。