「投稿作品集」 「15桜祭」

故郷の桜 つくしさま

2015/04/12(Sun) 22:15 No.222
 初めまして つくし と申します。
 十二国記では小松の殿がお気に入りですので、 未生様のサイトには良くお邪魔させて頂いております。
 今回、未生様の 「そこでロムしているお方、そうあなた、勇気を振り絞ってご投稿してみませんか?」 に背を押されて、清水の舞台から飛び降りてしまいました。

 西王母には、 華林(かりん)媚闌(めいらん)青娥(せいが)瑶姫(ようか)玉邑(ぎょくゆう) と言う五人の娘がいると言われます。 (一説には七人とも)

 オリキャラとして、今回は長女の華林さまにご登場頂きました。 更夜が「犬狼真君」として神籍に入る前にも、 黄海を統べる神がいらしたのではと思って・・・

故郷の桜

つくしさま
2015/04/12(Sun) 22:15 No.222
雁国の王となった小松三郎尚隆が延麒・六太と共にこの世界に来て100年を越えた。
「折山の荒」と言われた雁国の国土も豊かに実りを齎し、苦しい時代の記憶を持つ民も殆どいない。

「雁国を救った賢帝よ」「興国の名君よ」と民は延王を讃えたが、当の尚隆は・・・

「ここまでくれば、後は御璽を押すこの手さえあれば事足りるのだろう」と
日々、山と積まれる書類に辟易としていた。
勿論、頻繁に出奔し気晴らしはしていたのだが、自国は元より他国でまでも「名君」と呼ばれるのに心底嫌気がさしていた。

「久しぶりに黄海へ行き、妖魔と手合せでもするか・・・ 首尾よく俺を喰ってくれる大物の妖魔に出会えるかもしれんしな」と、旅装を調えると玄英宮を飛び出した尚隆。
青海に近い町で野営のための食料を買いに入った店で、店主と朱氏らしき男の会話に思わず聞き入った。
「妖魔に追われ、仲間と逸れて黄海を彷徨っていたら、美しい桜の大木があったんだ! 美しいと言うより神々しいと言ったほうがいいのかな・・・思わず怖さも忘れて見入っていたら、桜の根元に真っ白な可愛い猫が居たんだ。」
「猫? 黄海にか? 妖魔じゃないのか?」
「俺も一瞬ビビったけど、濃い紫色の瞳が物凄く優しそうでさぁ。俺を心配してるように見えたんだ。で、その猫が立ち上がり、まるでついて来いって言うように振り返りながら歩き出したんでついて行ったら仲間と合流できた。あの猫が居なかったら俺は今頃妖魔の腹の中だろうな。」
「今度黄海に入る時は、猫に土産の干し肉でも持って行くんだな!」と二人は笑いあった。

店を出た朱氏に声をかけ、酒を奢り、桜の大木の場所を聞き出した尚隆は、昏い気持ちで黄海を目指していたのはすっかり忘れ、目指す桜に出会うことが出来た。

薄紅色の滝のような豊かな枝を見上げて尚隆は感嘆の声を上げた。
かなりの樹齢であろう見上げるほどの大木で、蕾は淡い桃色だが、開花した花芯は濃い紅色。開くほどにその紅色が花弁の先までぼかしの様に広がっている。
遠くから見るとまるで三色の花が咲いているように見え、実に美しい。
「これは見事だ! そう言えば館の裏庭にこんな色の枝垂桜があったような・・・」


尚隆が桜に見入っていると
「延王も桜が好きなんだね。」と声がかかった。
振り返ると懐かしい顔があった。
「更夜、久しいな! 息災か?」
「はい、華林さまのお蔭で元気にやってます。」
「華林さま? 蓬山の女仙か?」
「いえ、西王母様の公主様です。この桜、華林さまのお気に入りなんです。
ほら、お見えですよ」と指さす方を見れば、枝垂桜のカーテンの向こうからすらりとした女神が現れた。
金に朱を溶かし込んだ様な虹色に光り輝く髪に、麒麟を思わせる深い紫色の瞳の美しい女神だった。

「小松三郎尚隆殿。私は王母の長女、華林と申す。ようやくお話しできましたね。」
「俺をご存知なのか? 俺は西王母様に公主がおられるのも存じ上げなかったが・・・」

華林はふんわりと微笑み、更夜に向き直ると
「更夜、すまないが蓬山公芳麟の様子を見てきておくれ。夕餉も近いというのにまだ戻らぬと女仙達が心配して居った。あと、延王君には今宵は離宮にお泊り頂く故、少春に手が空いたら顔を出すように声をかけておくれ。あの子も延王君とお話ししたいだろうから」
「はい、華林さま。では延王、離宮でお待ちしております。」と二人に会釈して更夜は立ち去った。

「更夜には聞かせたくない話がお有りか? 華林殿」
「まずは尚隆(なおたか)殿にお詫びしなければなりませぬ。」
華林は改めて尚隆に向き直り、ゆっくりと話し出した。
「私は母からこの黄海・五山を任されており、麒麟達が蓬山公である間は陰ながら見守っております。六太が鳴喰を起こし姿を消した際も、なかなか戻らぬ六太を案じて、あちらに様子を見に参りました。
そして、貴方をお見かけ致しました。
丁度、血臭に弱った六太を浜で貴方が介抱しているところでした。
あちらは何処も戦の最中、血に弱い麒麟には辛い場所。
そろそろ無理にでも連れ帰ろうと思っておりましたが、貴方を見て、私も「これが六太の主人だ」とすぐに分かりました。」
華林は当時を思い出すかのように桜を振り返った。

六太が民の家に預けられたのを見届けて、華林は尚隆の為人を知りたいと思い館へ行った。
尚隆は裏庭の枝垂桜に寄りかかって酒を飲んでいた。花の時期ではないというのに枝を見上げ、何やら呟きながら飲んでいる。
「親父殿の公家趣味は好かんが、お前だけは別だ。京都から招いた庭師秘伝の桜だと自慢していたが、お前ほど美しい桜を見たことがない。恐らく次の花は見れぬだろうなぁ・・・」
戦火が迫り、死を覚悟しての言葉だろうか・・・華林はそばに行ってみたくなった。

何かの気配に尚隆が振り向くと、真っ白な猫が座っていた。
「見かけぬ猫だな。こんなところに居ると戦の巻き添えになるぞ」と優しく声をかけると
小首を傾げて濃い紫色の瞳で尚隆の目を見つめ返し、そばに寄ってきた。
「お前にもこの桜が咲いたところを見せてやりたかったが、館が襲われればこの庭も焼けてしまうだろう。早く逃げろよ」と大きな手で優しく猫の頭を撫でて、杯を飲み干すと立ち去って行った。

思いを振り切るように、華林は尚隆の方に向き直り、静かに話しを続けた。
「あちらとこちらは本来交わってはならぬ世界。神と言えどもあちらの出来事に干渉は許されません。ただ出来るのは胎果の二人をお助けすることのみ。でもあの時は、六太は弱った体を叱咤して貴方を守り抜きました。でも六太にもそれ以上は出来なかったのです。
貴方の民をお助け出来なかったこと、お詫びを申し上げます。」
尚隆は黙して頷き、痛みに耐えるように俯いた。

「お二人が使令に乗り、呉剛門を抜けると海は荒れ狂いました。王が渡ると避けられないのです。貴方の屍骸が見当たらぬと探していた村上水軍の多くも巻き込まれました。
でも、その隙を縫って小松の民が、ほんの僅かな民でしたが逃げ延びたのを私は見ました。」
尚隆が顔を上げ、驚きの表情を見せた。
「折山と言われた雁国でも民は生き延びていました、僅かですが・・・
きっと小松の民も何処かで生き延びてくれたことでしょう。
尚隆(なおたか)殿、民とは存外、強いものだと私は思っております。我ら神は、ほんの少しだけ手を貸すだけの存在なのではないのでしょうか。」
尚隆はふうっと息を吐いて背後の桜を振り返った。

「王も神も、民が踏ん張ってくれてこその存在なのだろうな! 俺はそんな民の小間使いと言う訳だ!」
「ほほほ・・・ ずいぶんと勝手気ままな小間使いのようですが?」
華林は楽しそうに声をあげて笑った。
「もう一つ、今度はお礼を申さねば・・・ 尚隆(なおたか)殿のお蔭で、可愛い弟が出来ました。」
「弟?」
「はい、更夜です。天帝に神籍に召し上げて頂き、今は犬狼真君と呼ばれております。
私は妹ばかりでしたので、本当に可愛い弟のようで・・・」
「そうか、神籍に入ったのか。雁にはもう戻れぬから六太が寂しがるだろうが・・・
更夜にはこの方が良かったかもしれぬな。」

風が吹き、枝垂桜の枝がさやさやと鳴った。
華林が手を上げると朱色の小鳥が指に停まった。
「そろそろ酒宴の支度も整ったでしょう。この者に道案内をさせます故、向かわれませ。」
「また、お目にかかれるか?」騎獣に跨りながら尚隆が尋ねた。
華林は花綻ぶような笑顔で
「この桜、こちらに植えて100年余になりますが、黄海の土が余程合った様で、年に2度花を咲かせます。また見においでなされませ。」
「100年・・・ では?」
それには答えず華林が鳥を放った。

飛び去る尚隆を見送って、華林は再度桜を振り返った。
あの時は二人を見送ってから、館の桜が気になり見に戻った。
幹と枝は黒く焼け焦げ、恐らくこのまま枯れてしまうであろうと思われた。
立ち去ろうとした時、根元から新芽が伸びているのが目に入った。
「お前も尚隆殿と共に行くか?」と声をかけて華林は微笑んだ。

咲き誇る美しい桜の花をそっと撫で、華林は呟いた。
「今度、尚隆殿をお招きした際はもう一度猫の姿になってみようかのぅ。
また頭を撫でて下さるだろうか」
また、さやさやと枝垂桜の枝が鳴った。
ふんわりと華林は微笑み、花のカーテンに包まれて姿を消した。
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