木の花隠れの恋
饒筆さま
2015/04/26(Sun) 15:06 No.304
こうなることはわかっていたんだ。
おいらはただ、「彼」を待つ君の横顔を見ている。
どうか俯かないでくれよ。ほら、君の大好きな、薄紅の花はいま満開だよ。
その目を上げて。腕を伸ばしてみたら?――幸せは目の前に在る。
伏せた瞳がひとつ瞬く。
蒲公英に留まる白い蝶からその視線を外して、陽子はおいらを見つめた。
「ねえ楽俊」
深く沈んだ声。揺れる翠。
ん? おいらはふっくり微笑んで、優しげに鼻を鳴らす。
「……来てくれると、思う?」
おいらは淀みなく答える。
「もちろん、約束通りおいでになるさ。陽子に嘘を吐く御仁じゃないだろ?」
そうさ。陽子は、胸を張って笑っていればいい。
輝かしい春の陽と、舞い散る花を浴びて、美しく微笑んでいればいい。そうすれば、幸せは向こうからやってくる。
無二の君よ、どうぞ幸せに。
本心だ。
それは本心からの願いだから――頼むから、今はこの惨めなおいらの顔を見ないでくれ。
きっと永久に色褪せないあの日、君の申し出をはぐらかして逃げたのはおいらだ。
自信が無かったんだ。今も無い。おいらじゃ……無理だ。君を幸せにすることはできない。
だから、こんな浅ましい未練は見せちゃいけない。
最後まで潔く「親友」でありたい。
はらはらと絶え間なく、涙のごとく散る桜よ。もし心があるのなら、その花びらでおいらを隠してくれないか。大丈夫、声は笑ってみせるから――
不意に、陽子が身を起こす。
「あ」
遠くに影が現れた。しなやかな背がすいと伸びて、陽子は一歩踏み出す。
良かったな、陽子。
その言葉を放とうとしたとき――横殴りの風が吹いた。
◆◇◆◇◆
心のままに駆け出すその前に、突如、花嵐が吹き荒れた。
陽子は一抹の躊躇と共に傍らを振り返る。
彼女の無二の親友は、薄紅の吹雪の中で泰然と立っていた。猛烈な速さで過ぎる花片のせいでその表情は見えないが――いつものように誠実に、温かく微笑んでいるようだった。
わざと乱暴な祝福が陽子の背を押す。
「何をぐずぐずしているんだ? 早く行けよ」
うん。陽子は大きく頷く。友の励ましは何より心強い。
「ありがとう、楽俊!」
そして彼女はその屈託のない笑顔を輝かせ――ひと息に「彼」の元へ駆け去った。
<了>