「投稿作品集」 「15桜祭」

いよいよ ネムさま

2015/05/17(Sun) 20:45 No.653
 お祭りもあと一日ですね。
 一度ラストスパートして果てたはずですが、桜蓮さんの#397「桜盆栽」と、 瑠璃さんが連鎖で描かれた#405の景麒を見ていたら、 ちょっとだけ起き上がって2,3歩歩いてしまいました(笑)
 それにしても…シリアス書くよりも、恋愛もの書くよりも、 景麒を笑わす方が余程気合が必要って、何故なんでしょう?

Smiled to Me

花咲ふ(ハナワラフ)

ネムさま
2015/05/17(Sun) 20:46 No.654
 その時の景麒の様子を使令に尋ねられたなら
― 全くの静止状態でした ―
 という答えが返ってきただろう。
 所用で数日間堯天に降りていた後、仁重殿に戻ると、書房の窓辺に置いた“あれ”が消えていた。窓脇の影で震えていた雀胡に聞くと、突然主上が書房に飛び込んできて景麒を探していたが、衝立で隠してあった“あれ”に気付くと
「借りるぞ」
 と言うなり、雀胡の制止を振り切り“あれ”を持って行ってしまったと言う。
 人語を操れない、しかも王命に逆らえない定めの使令である雀胡が、見張りの役目を果たせなくても、その状況では仕方が無いのでは〜、と芥瑚、驃騎がぼそぼそと擁護するのが聞こえたのかどうか、長い、今までの中で最長と思われる溜息を吐くと、景麒はぼそりと言った。
「仕方が無い。元々“あれ”は、主上に献上するものだったから」
 “あれ”―桜の盆栽を、景麒が密かに手に入れたのは、園林の木々も芽吹かない頃だった。
 蓬莱生まれの主上は、蓬莱で愛されていると言う“桜の花”を、故郷を想う縁として、特に好んでいた。日々政務に励む主を慰めたい想いから、景麒は室内でも花を楽しめるという理由で、小さな(でも一抱えはある)鉢に植えた桜の木を購入し、自分の書房でこっそり育てていたのである。
―それが、当のご本人に持ち去られるとは ―
 しかも花は丁度満開だったと言う。毎日花の咲き具合を真剣に見つめる神獣の気に当てられたのか、花が委縮したように中々開かなかったので、油断して国府に降りてしまった間のことだった。
 花も気が弛んだのだろうと思うと、景麒の影から心配しながら様子を見守っていた芥瑚達使令は、主の無表情さに同情の念を禁じ得なかった。

 急に馴染みの気配がした。
― 主上が“至急、掌客殿へ来るように”とのことですが ―
 班渠の声だった。瞬間、室内に雷のようなものが走った…ような感じがした。使令一同総毛立ち、雀胡のような小さな妖魔など消滅しそうな勢いだったが、一拍後、再び長い溜息がそれに代わった。
「客人に失礼するわけにはいかぬ。すぐ参るとお伝えしてくれ」
 速攻で戻った班渠を羨やみつつ、憮然さを増した主の影に隠伏しながら他の使令達は
― 何でこの“たいみんぐ”にお客様…―
 と長い、主に負けない、長い溜息を吐いた。

 院子へと案内される途中、突然景麒の気が変わった。そして雀胡もそわそわし始める。先触れを追い越す早さで、景麒は先を急いだ。
 春の日ざしに煌めく玻璃の扉から外に出ると、それにも勝る明るい声がした。
「景麒!」
「景台輔?」
 緋色と鋼色の長い髪が、同時に跳ねた。珍しく驚きを隠さない景麒に向かって、泰麒が拱手する。
「お久しぶりです、景台輔」
 そして相も変らぬ、はにかんだ笑みを浮かべて言う。
「荒民のことで玄英宮に伺っていたんですけど、雁の隣は慶だなと思ったら、どうしても台輔と景王にお会いしたくなって…本当に突然で申し訳ありません」
 恐縮して謝る泰麒に、陽子は屈託なく笑う。
「こっちこそ、来てくれてうれしいよ。
 でも仁重殿に行ったら、景麒がまだ戻ってなかっただろう。どうしようと思ったら、丁度これが…」
 そして陽子の指さす先、茶菓子等が支度された円卓の中央には、見事に花開いた桜の鉢が据えてあった。
「戴ではまだ桜は咲いていないって聞いたから、どうしても高里君に見せて上げたくって。勝手に持ち出して悪かった。雀胡にも謝っといて」
「うわぁ、懐かしいなぁ。雀胡は元気ですか?」
 泰麒の明るい声に、景麒は口の中で何やら呟きつつ、足元の影が動くのを懸命に抑えていた。
景麒の密かな奮闘に気付かず、陽子はまた桜に視線を戻して、しみじみ言う。
「でも景麒に園芸の趣味があるとは思わなかったなぁ」
「本当に見事な桜ですね。でもこれは、中嶋さんの影響でしょう」
 “え?”という陽子の表情に、泰麒はにこりと微笑む。
「いつか景台輔からお手紙を頂いた中に、中嶋さんは桜の花が好きなようだと書かれていました。いつも、とても真面目な文章を書かれる景台輔が、わざわざそんな事を書かれるのが珍しくて…この花も、中嶋さんと一緒に見るつもりだったんでしょ」
 何の屈託もない泰麒の言葉に、どこからかどよめきのようなものが聞こえた…気がした。一瞬、陽子は呆気に取られ、それから自分の半身をちらりと見た。翡翠の瞳が捉える前に、景麒は慌てて視線を逸らす。
 僅かの間名状し難い空気が流れたが、陽子の空咳がそれを終えた。
「あ〜、それじゃあ私の書房なんかに、置かせてもらおっかなぁ。そうすれば景麒が仕事で来る時なんかに、一緒に見られるし」
「…どうぞ…」
 お互い目を合せない主従に、泰麒が遠慮なくうれしそうな声を掛ける。
「慶に行きたいって言ったら、延台輔がたくさんお土産を持たせてくれたんです。桜を見ながら、皆で食べましょう」
 途端に陽子も元気に振り返る。
「うん!ほら、景麒も早く!」
 景麒が顔を上げると、蓬莱で愛される花の向こう、蓬莱から来た二人がこぼれるような笑みを投げかけてくる。
 不意に使令の誰かが風を起こした。
 主の笑顔を長い鬣に隠したままでは、惜しかったからだ。
感想ログ

背景画像「花うさぎ」さま
「投稿作品集」 「15桜祭」