「管理人作品」 「17桜祭」

仮王の招聘@管理人作品第2弾

2017/05/08(Mon) 23:04 No.456
 皆さま、こんばんは〜。いつも祭にレス及び拍手をありがとうございます。

 本日の北の国、最低気温は7.7℃、最高気温は13.4℃でございました。 この期に及んでまだひとケタ気温でございます。峠では小雪が降ったとか……(苦笑)。

 さて、管理人は漸く第2弾を仕上げました。 マイナー、しかも捏造満載の一作ではございますが、よろしければご覧くださいませ。

仮王の招聘

2017/05/08(Mon) 23:09 No.457
 閭胥(ちょうろう)を罷免されて尚、沍姆は里家に住み続けた。里人にはしばらく辛く当たられたが、気にすることはなかった。罪を唆したのは沍姆自身であり、罪を贖うために州城へと走ったのだ。それは贖罪の続きでもあった。
 あれから幾歳が過ぎただろう。季節が巡り、日常を繰り返すうちに、この里に仲韃の娘がいたことも、その元公主を里人皆で私刑に処そうとしたことも忘れ去られていた。仲韃の圧政から芳を解放してくれた恵州侯が仮王となって蒲蘇へ移り、じりじりと沈む芳を支えているのだ。里人も小さなことにいつまでも拘ってはいられなかった。

 微かにちらついていた淡雪が儚く融けた早春のある日、沍姆の許に使者が訪れた。空飛ぶ騎獣で現れたその勅使は、仮王からの親書を携えている。震える手でそれを受け取り、中を検めた沍姆は眼を瞠った。勅使とともに鷹隼宮を訪れるように。親書にはそう書かれていたのだった。
 蒲蘇へ行くのは初めてだった。ましてや、目的地が鷹隼宮とは。緊張に打ち震えながらも、沍姆はできる限り身なりを整え、勅使に連れられて王宮へと向かったのだった。

「久しいな、沍姆。息災だったか」
 仮王はかつての恵州侯月渓である。旧知の沍姆に相対し、親しげに声をかけてくれた。沍姆は平伏したまま畏まって応えを返す。
「お蔭さまで恙なく過ごしております」
「顔を上げるといい。会わせたい方がいる」
 促されてゆっくりと顔を上げた沍姆は、仮王月渓の傍にいる若い娘に視線を移し、驚きに眼を見開いた。紺青の髪と紫紺の瞳を持つその娘は、まさか。

「ご無沙汰しております、沍姆」

 簡素な官吏の服を身に纏い、優雅に拱手したその娘は、かつて沍姆の里にいた元公主だ。沍姆は声なく娘を凝視した。一度顔を上げた娘は、真っ直ぐに沍姆を見つめ返す。

 これはいったい誰なのだろう。

 沍姆の知っている娘、玉葉は、叱責を避けるためだけに仕方なく頭を下げていた。公主の責任を果たすことなく放埓に育ち、地位を追われて情けを乞うた卑しい娘。しかし、目の前に立つ者は、澄んだ瞳で凛然と沍姆を見つめるのだ。

「あのとき、命を助けていただき、本当にありがとうございました」

 娘はそう言って深く頭を下げた。その言葉は真摯で嘘がない。顔を上げた娘は、眩しい笑みを浮かべ、言葉を継いだ。
「今の主である景王が、真実相手に感謝すれば自然と頭が下がるもの、と仰いました。今の私にはよく分かります。沍姆、ごめんなさい。そして、ありがとう」
 自分で見たものが、俄かには信じられない。沍姆は戸惑いを隠さずに仮王月渓に眼を向けた。月渓は温かな笑みを見せて頷く。沍姆は不思議な感動に包まれていた。

 何故、元公主は生きることを許されたのか。沍姆の息子は死んでしまったというのに。

 そんな思いが胸を塞いでいた。沍姆から息子を奪った憎い仲韃の娘。穏やかに接することなどできようか。自分が何故憎まれるのかも分からない娘になど。そんな沍姆が私刑を止めさせるために州城に走ったのは、元公主のためではなかった。彼女を生かす、と決めた月渓のためだったのだ。
 怨みは人に何一つ与えない、と穏やかに沍姆を諭した月渓は知っていたのだろう。この娘が、変わることができるのだ、と。ならば。
 沍姆は娘に向き直り、己も深く頭を下げる。そして、厳かに娘のかつての字を呼んだ。

「ご無沙汰しております、祥瓊さま」

 里では玉葉と呼ばれていた元公主祥瓊は、大きく眼を瞠る。紫紺の瞳はたちまち潤み、美しい雫が頬を伝った。その涙を拭うこともせず、祥瓊は沍姆に応えを返す。

「――ありがとう、沍姆」

 沍姆は微かに唇を緩め、小さく頷いた。胸を塞ぐ思いが消え去ることはない。しかし、愚かだった己を悔い、行いを改めた元公主は美しい。沍姆に元々の字を呼ばせるほどに。再び深く頭を下げた祥瓊はそっと目許を拭っていた。

「――祥瓊さまは景王の勅使としていらした。この花を届けるために」

 温かな瞳で二人を見守っていた月渓は、ゆったりと口を開いた。他国の勅使を尊称で呼ぶ月渓に、沍姆と祥瓊は同時に吹き出す。
「――今の私は景王に仕える一介の官吏ですから」
 苦笑混じりの祥瓊の言葉を聞いた月渓は、照れ臭そうに頭を掻き、そうでしたね、と答えを返す。そんな月渓が指し示したものは、小卓に飾られた薄紅の花をつける一枝。
「これは……」
「桜、といいます。蓬莱では春を告げる花だそうです」
 我が主は胎果ですから、と祥瓊は笑う。そして、北方の芳に合わせて高地に自生する雁の桜を持ってきたのだ、と続けた。

「この樹が根付く頃には……」

 月渓の溜息のような声は途中で掻き消えた、月渓は静かに沍姆を見つめる。沍姆は深く頭を下げて応えを返した。

「――残りの生は、この樹の守をして過ごしましょう」

 未だ元公主を尊称で呼ぶ主の意を汲み、沍姆は微笑んだ。沍姆亡き後は、月渓を慕う里人が遺志を継いでくれるだろう。沍姆は任を解かれて帰郷した主が穏やかに桜花を見上げる様を思い浮かべた。
 僅かに目を瞠った月渓は、切なげに笑んで小さく頷いた。

2017.05.08.

後書き

2017/05/08(Mon) 23:10 No.458
 以前「桜の頬」という小品を書きました。祥瓊が珠晶と和解するお話でございます。 それから、いつか祥瓊には沍姆と会ってほしいな〜と思っておりました。 捏造満載で失礼いたしました。
 私的には、月渓は祥瓊と会わないだろうと思いつつも書いてしまった作品でございます。 どうぞご寛恕くださいませ……。

 さて、GWも終わり、北の桜も終盤でございます。 皆さまの素敵な桜、まだまだお待ち申し上げております。

2017.05.08. 速世未生 記

言葉が出ません ひめさま

2017/05/09(Tue) 21:26 No.460
 沍姆、月渓、祥瓊、それぞれの気持ちがわかりすぎて、美しすぎて……。

胸が一杯で.... 文茶さま

2017/05/09(Tue) 23:25 No.463
 沍姆の前に現れた祥瓊は本当に美しかったろうと思います。 気高く柔らかく、それこそ桜のように。
 沍姆はこれからの余生、もう会うことはないであろう祥瓊と大切な桜樹を見守りながら、 穏やかに過ごしてゆくのですね。
 皆が優しく微笑んでいる光景を想いながら、胸がじーんとしました....。
 心に沁みるお話をありがとうございました!

おおおおおおおお!  饒筆さま

2017/05/09(Tue) 23:38 No.464
 タイトルのとおり声をあげて唸ってしまいました……難しいですね「許し」って!
 この三名全員が罪と恨みと悔恨を己が内に抱えていて、 お互いにそれぞれ「許し」を乞うたり与えたりする仲で…… だから、たったひと言、一挙手一投足がひどく重いですね。
 今更もう根本的な解決など見込めないけれど、 若い祥瓊の成長だけが希望となって未来へ繋がってゆくのだろう、 ということなのでしょうか。

 おおおおおおおお……!(二回目)

 心の底が揺さぶられる感じが致します。 深い感動をありがとうございます。

会って良かった  ネムさま

2017/05/09(Tue) 23:43 No.465
 大切な人を奪った相手を許すということは、なかなか出来ないと思います。 沍姆も祥瓊を丸ごと許せたわけではないでしょう。 でも、今の祥瓊に会って、一対一の人間として接することが出来たのだと思います。 そしてそれは彼女らにとって、救いだったのではないでしょうか。 (だから月渓もやっぱり会って良かったんだよ〜)
 桜が根付く頃には、月渓も解放されるのでしょうね。 彼にとっては密かに待ち望んでいることなのでしょうけれど、ちょっと切ないです。
 素晴らしい第二弾、ありがとうございました!

いつか見た夢 篝さま

2017/05/10(Wed) 21:07 No.468
 ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます…。 月渓と祥瓊を再び会わせてくださって、 そして祥瓊に沍姆へと謝罪する機会を与えて下さって。 もう何と言っていいか分かりませぬ…。うああああ…。
 沍姆が守り人を務めてくれる桜に、 祥瓊や月渓に因んだ名前が里人によってひっそりとつけられていたらいいなと 妄想逞しくしてしまいます…。

 胸に染み入るお話、ありがとうございました。

ご感想御礼 未生(管理人)

2017/05/11(Thu) 00:28 No.476
 皆さま、捏造満載な拙作に温かなご感想をありがとうございました〜。

ひめさん>
 ああ、三人それぞれの気持ちを察してくださりありがとうございます。 美しすぎて、とのお言葉、胸に沁みました……。

文茶さん>
 祥瓊に桜を感じてくださりありがとうございます。 文茶さんがご想像くださった未来に、私が涙してしまいました。 こちらこそ素敵なご感想に癒されました。

饒筆さん>
 ほんとこの三人の関係は重いですよね〜。 怨みも悔いも胸に抱きしめて、それぞれ顔を上げて生きていってほしゅうございます。 こちらこそ含蓄のあるお言葉をありがとうございました。

ネムさん>
 会って良かった、との言葉にうるっときました。ありがとうございます……。 沍姆が祥瓊を許すことはないと思うのですが、 敬愛する月渓が認めた人物だったと思ってくれたなら、私が嬉しゅうございます……。

篝さん>
 素敵な月渓をご投稿くださった篝さんからのそのお言葉、大変有難く思います。 沍姆には是非変わることができた祥瓊を見ていただきたかったのでございます。
 そうですね。後世に残る名前が密かにつけられていたら素敵ですね……。

わかります、わかります…! 由都里さま

2017/05/13(Sat) 11:41 No.505
 コメントが遅れて申し訳ありません。
 未生さんからツイッターでアップのご報告を受けてから数日、ようやく拝読できました。 本文と後書きを読ませて頂き、心の中でそれはもう激しく首肯しております。
 私も原作沿いに考えると、祥瓊は(少なくとも次代の王朝が終えるまでは) 再び芳に行くことは無いのではないかと思っております。 その一方で、かつての祥瓊が放り出したまま別れた人々に会わせたいという ファンとしてのif願望もありまして、未生さんのSSでそれが拝見できて嬉しいです…!  「無いだろう」と思いながら書かれた未生さんのお気持ち、よくわかります。
 人間、許すことは容易いですが、「赦す」のは大変難しいです。 増して沍姆は息子を殺されていますから、普通なら一生祥瓊を憎んで当然です。 祥瓊の「沍姆、ごめんなさい。そしてありがとう」という子供でも言える謝罪。 しかし、いやだからこそ、そこに心からの叫びを感じ取ったのでしょう。 それで沍姆は祥瓊を赦します。実際はなかなかできないことです。 やはり人間ができたお方なのですね。
 二人の台詞とやりとりは実にシンプルですが、かえって1つ1つの言葉に重みがあります。 こんな深いお話を読めて良かったです。本当にありがとうございます!

ご感想御礼 未生(管理人)

2017/05/13(Sat) 17:47 No.510
由都里さん>
 お忙しい中、拙作をご覧くださりありがとうございました。 作者の葛藤に首肯していただけて嬉しく思います。
 「一度くらい、本心から謝ってみたらどうだい!!」という沍姆の叫びが忘れられませんでした。 しかも、この時の祥瓊はその言葉の意味をまるで理解していないのです。 なので、祥瓊には是非本心から沍姆に頭を下げてほしかったのでした。 削ぎ落とした会話の意を汲んでくださりありがとうございました。
背景画像「篝火幻燈」さま
「管理人作品」 「17桜祭」