「管理人作品」 「17桜祭」

景王の茶菓@管理人作品第3弾

2017/05/11(Thu) 11:27 No.480
 皆さま、こんにちは〜。いつも祭にレス及び拍手をありがとうございます。
 本日の北の国、最低気温は12.0℃、予想最高気温は18℃、雨予報でございます。 湿度30%とかで埃っぽかったので、雨降る前の湿度80%は存外に心地よく感じます。

 管理人、第3弾を仕上げました。 リクエストいただいた尚隆登遐後の陽子主上のお話でございます。 末声妄想が苦手な方はご注意くださいね。

※ 管理人の作品は全て尚陽前提でございます。

景王の茶菓

2017/05/11(Thu) 11:40 No.481
「そろそろ休憩にしない?」
 そう声をかけられて、景王陽子は手を止める。手許の書簡は最後の一件、絶妙な気働きだ。陽子は顔を上げて差し入れを持って入ってきた友に笑みを送った。
「これで最後。いいところに来てくれた」
 筆を置いて伸びをすると、湯気の立つ茶杯を載せた盆を小卓に置いた鈴は、軽やかな笑い声を立てた。茶菓子は祥瓊が持ってきてくれるから、と続け、鈴は茶杯を差し出す。程なく茶菓を載せた盆を持つもう一人の友が現れた。
「久々に頑張ったわ」
 ね、と言って祥瓊は鈴と顔を見合わせて笑う。祥瓊が誇らしげに見せたものは、二種類の菓子だ。ほんのり桜色をした、米粒の残る饅頭を塩漬けの桜葉で巻いたものと、うっすら桜色の薄い生地で餡をくるみ、塩漬けの桜葉で包んだもの。
「わあ、桜餅だ。懐かしい!」
 陽子は歓声を上げる。宮に桜を植えてから、桜葉を摘み取らせて塩漬けにし、保管していた。主に桜餅を作るためだった。ここ最近は、忙しさに取り紛れて忘れていたのだが。
 窓からは優しい陽が射しこんでいる。立ち上がって窓を開けると、風が花の匂いを運んできた。桜の蕾も膨らんでいる。ああ、春だ。そう思うと、どこか尖っていた気も和らぐ。陽子は笑みを湛え、小卓を囲んで待つ友たちの許へと戻った。

「私はこちらの方が好きかな」
 薄い生地の菓子を手に取った祥瓊がそう言って笑う。私はこっち、と饅頭の方に手を伸ばし、鈴は小首を傾げた。
「――確か、名前があったわよね」
「そうね。道明寺、とか、長命寺、とか」
 そう返し、祥瓊も小首を傾げた。二人の友はそのまま腕を組み、うーんと唸り出す。道明寺と長命寺。忘れかけていた響きに、陽子は微笑した。耳には懐かしい声が甦る。

(──陽子。これは桜餅だろ?)
(違うよ。桜餅はこっち)
(──それは『長命寺』だろうが)
(私の作ったのが桜餅だよ。六太くんのは『道明寺』じゃないか!)
(おれが持ってきたのが桜餅だぞ。陽子のは『長命寺』だってば!)

 仕事を早く片付けて作った桜餅を前ににんまりしていたら、道明寺を手土産に隣国の宰輔である延麒六太が現れた。同じ胎果と言えど、生まれ育った年代も場所も違う二人である。認識の違いから、実りのない舌戦を繰り広げた。
 東京生まれの陽子にとって桜餅とは、うっすら桜色の薄い生地で餡をくるみ、塩漬けの桜葉で包んだもの。しかし、京都出身の六太は、ほんのり桜色をした、米粒の残る饅頭を塩漬けの桜葉で巻いたものを桜餅と主張した。どちらも譲らないために膠着した戦いはいつまでも続くかと思われたが、存外に呆気なく決着したのだ。

(──別に美味いものに名前など関係ないぞ。どちらも桜餅でよいではないか)

 ふたつの菓子に手を伸ばし、延王尚隆はそう言って笑った。菓子を食べることなく言い争っていた陽子と六太は、見る間に減っていく桜餅を前に、休戦せざるを得なかったのだった。

 事の顛末までを思い返し、陽子はくすりと笑いを零す。鈴と祥瓊は同時に陽子を見やった。陽子は二人に笑みを向けて答えを明かす。

「祥瓊のが長命寺で、鈴のが道明寺だよ。でも」

 一度言葉を切り、陽子は再びくすくすと笑う。二人の友は揃って首を傾げた。

「――どちらも桜餅だよ」

 喪われた伴侶の大らかな笑みを思い浮かべ、陽子は笑い含みに続けた。

「昔……あのひともそう言った。どちらも桜餅でいい」

 桜のように潔く自らの生を終わらせた隣国の王。陽子の伴侶でもあった延王尚隆が登遐して幾星霜、思い出すと辛すぎて、いつしか眼を逸らしていた。そこに伴侶が贈ってくれた桜があることも忘れてしまうほど、積み重ねられた仕事に没頭した。それが今。
 懐かしい想い出が、こんなにも胸を温める。昔話を穏やかに語れる己を、陽子は嬉しく思った。

「――そうね」
 そう答えた鈴は泣きそうに笑う。顔を歪めた祥瓊が微かに頷いた。陽子は二人の友に笑みを送る。

「――桜餅を作ってくれてありがとう。懐かしいことを思い出したよ」

 その刹那、鈴と祥瓊が、陽子に抱きついた。静かに涙を零す二人を抱きとめて、陽子は窓の外の桜に視線を移す。今は亡き伴侶が、笑みを湛えているような気がした。膨らんだ蕾はもうすぐ美しくほころびるだろう。

「――花開いたら、お花見をしようか」

 顔を上げた二人の優しい友は、潤んだ瞳を細めて大きく頷いた。

2017.05.11.

後書き

2017/05/11(Thu) 11:42 No.482
 管理人作品第3弾及びリクエスト作品第2弾「景王の茶菓」をお送りいたしました。
 懐かしい想い出の下敷きは、小品「春の茶会の小さな嵐」、 桜餅を巡る小さな諍いでございます(笑)。無論、読まなくても解ると思います〜。

 尚隆登遐後、沈んでいる陽子主上を励ますために鈴と祥瓊は密かに奮闘していたのでは…… との妄想でございます。 その思いやりに、陽子主上が気づいてくれたらいいな〜と願いつつ書きました。 お気に召していただけると嬉しゅうございます。

2017.05.11. 速世未生 記

長命寺か道明寺か 凛さま

2017/05/11(Thu) 16:51 No.486
 あれは確かに言い争いたくなります。 私は最初に桜餅を知ったのは道明寺なので、大人になって長命寺の方を見た時は
「こんなん桜餅ちがーう」
と本気で思った訳で。
 でも食べるとどちらもそれぞれに味わいがある。
 そんな事を思い出しながら読むと、陽子と六太の言い争いも分かるわーと感じたり。

 しかし途中から切ないパートになるのですね。 読み進めると優しいお話なのにちょっと苦みが残る不思議な感覚でした。 ううーん、なんか…いい。
 良いお話を堪能致しました。

あったかい 篝さま

2017/05/11(Thu) 22:00 No.488
 長命寺か道明寺か。それだけで一つの戦争が起きそうですね(笑)  それぞれの地域でそれぞれの菓子への誇りもありますでしょうし。
 そして、そんなものを笑い飛ばしてくれる殿に拍手!  確かに美味しければ名前の問題なんて些細なものでしょうとも、ええ、ええ。

 鈴と祥瓊の想いはきっと陽子主上にも届いているはずです。 どちらか一つを「桜餅」と言い張っても問題無いのに、 わざわざ二種類も作ってくれるその気遣いに気が付かない陽子主上ではございませんもの (ほろり)

 切なくも優しいお話をありがとうございました。

どっちも食べたい  ネムさま

2017/05/11(Thu) 22:55 No.489
 転勤族の子供だったので、関西にも中部にもいたのに、 桜餅の思い出は長命寺しかないんですよね〜。 (昔、道明寺は高級菓子で買えなかったのか?)  今は道明寺の方が好きなのですが、たまには長命寺も食べたくなるので、 尚隆の判定は真に正しいと感心します(笑)
 ラストで鈴と祥瓊が陽子を抱きしめる場面を読んで、切ないけれど、 陽子に「良かったね」と言いたくなりました。
 美味しくて、暖かいお話をありがとうございました!

涙涙。 文茶さま

2017/05/11(Thu) 23:19 No.491
 鈴と祥瓊は、桜餅によって図らずも延主従との思い出を引き出してしまい 、 胸を痛めたのでしょう。 でも懐かしく大切な想い出を、陽子主上は温かく思い出せるようになっていたのですね。 友人たちに感謝しながら。
 読んでいてもう胸がいっぱいで....目が潤みっぱなしで。 上手くまとまらなくてすみません。
 優しいお話をありがとうございました!

みんなちがってみんないいお餅  葵さま

2017/05/12(Fri) 22:13 No.497
 未生さま、こんばんは!  あなたさまの羽根つき帽子の羽根のふわっとした部分・葵でございます。
 おおお、桜餅さんに道成寺と長命寺という種類があるということを、 浅学の葵蟲めは今宵初めて教えていただきました。蟲冥利に尽きます。
 うんうん、でもみんなちがってみんないいお餅ですよね、 美味しければ名前や形態がどうであれみな正義でございますとも。 さすが名君・尚隆さんはおっしゃることが違いますね。
 今はいない大好きな人を偲ぶ陽子さんの胸の痛みと、 ほんのり甘いお餅があいまってとても切なく、また優しい光景であるように思います。
 素敵なお話を読ませていただいてありがとうございましたm(__)m

らしいなあ〜(泣き笑い)  饒筆さま

2017/05/13(Sat) 08:47 No.501
「どちらも桜餅でよいではないか」(素)
 って本当に尚隆氏らしい一言ですね〜泣き笑いになります。
 故人の思い出が微笑みを生むようになるまでにあったであろう有象無象を想うと 胸が詰まりますが、こんなに温かい友だちや人々に囲まれているのなら それもきっと優しい時間だったのでしょうね〜。
 じんわり心が温まるようなお話をありがとうございました。

リクエストありがとうございました! 由都里さま

2017/05/13(Sat) 12:33 No.508
 未生さん、素晴らしいSSをありがとうございます!  何を隠そう(隠せてない)このリクエストをさせて頂いたのは私でございます。 リクエスト募集時、ちょうど夢幻夜想を読み返していたら 未亡人になってしまった陽子主上の日常を垣間見たくなって投稿させて頂きました。
 まさか桜餅に絡めてくるとは…! 予想外です。 そして他愛もない過去の日々がかえって切ないです。 でも思った以上に心を強く持ってくださって、よかった… 少しずつ時が解決してくれたんだなぁと涙します。
 女子3人組の友情の深いこと。鈴と祥瓊の心遣いがぐっときます。 最後に「なんで貴女たちが泣くんだっ…(と言いながら自分も泣く)」 というほどの深い愛情を感じました。素敵な小説を本当にありがとうございます。 私も桜餅食べたいです。

ご感想御礼 未生(管理人)

2017/05/13(Sat) 17:51 No.511
 皆さま、末声妄想に温かなご感想をありがとうございました。

凛さん>
 北の国の我が街は、桜餅というと道明寺。 凛さんと同じく大人になってから長命寺を知ったので、違和感バリバリでございました(笑)。 関東にお住いの空さんに桜餅事情をお聞きしたところ、 「近所では桜餅と書いてあるのは長命寺で、道明寺は道明寺と書かれて売られている」 とのことでしたので、長命寺派の陽子主上と道明寺派の六太の諍いを書いてみたのでした(笑)。 その後、糯米派(九州地方)という伏兵が発見されて面白かったのが 08桜祭でございました〜。
 そんな懐かしいことを私も思い出しながら書いた小品、 お楽しみくださりありがとうございます。苦みは末声故の味でしょうかね……。

篝さん>
 この桜餅論争、現世であっても諍いが起きそうですよね〜。 けれど、08年桜祭では「どちらも区別なく桜餅だと思ってました」 という尚隆派がいらっしゃいました(笑)。
 温かなお言葉をありがとうございます。いただいたご感想に私がほろりと……(泣)。

ネムさん>
 やはりネムさんは長命寺派でございますか! ご家庭の影響もあるかもしれませんね〜。 実はご両親が道明寺は桜餅と認めなかったとか(笑)。 今は道明寺の方がお好きとのこと、私が嬉しゅうございます〜。
 はい、陽子主上は友に恵まれてよかったのだと思います。

文茶さん>
 ああ、文茶さんを泣かせてしまった……!  ご感想を拝見して、私もうるっとしてしまいました。
 穏やかに懐かしい想い出を語る陽子主王を、 胸を痛めつつも鈴と祥瓊は嬉しく思ったのでしょう……。

葵さん>
 (羽飾りをこしょこしょしつつ)葵さんの桜餅はどちらでしょうか? 道明寺かしら?  いや、どちらも桜餅でよいですよね、美味しければ!
 お呼び立て失礼いたしました。ご覧くださりありがとうございます〜。

饒筆さん>
 かの方らしいとお認めくださりありがとうございます〜。
 誰もかの方を思い出すようなことを言えずにいたのだと思います。 なので、自ら穏やかに語り出した陽子主上に友たちも感無量なのでしょう……。

由都里さん>
 リクエストをくださった方にお楽しみいただけてほっと安堵しております。 桜餅は意外でしたか(笑)。リクいただいた時からぼんやりと思い浮かべておりました〜。
 誰も触れてこなかった伴侶の話を自ら語れる程には時が経っているのでございましょう。 ずっと背中を見守っていた友たちを振り向いた時でもあるのでしょうね……。
 リクエストありがとうございました。私も桜餅食べたいです(笑)。
背景画像「篝火幻燈」さま
「管理人作品」 「17桜祭」