「管理人作品」 「17桜祭」

太子の来訪@管理人作品第6弾

2017/05/21(Sun) 23:20 No.591
 何とか間に合いました。管理人、最後の一作を仕上げました。 陽子登遐後末声注意、しかも連作の一部でございます。 原作では利広と陽子は出会っておりません。捏造妄想を許せる方のみご覧くださいね。

太子の来訪

2017/05/21(Sun) 23:24 No.593
「学校にはね、桜並木があるんだよ」
 春の陽だまりのように温かな声で女王はそう言った。
「入学式の頃に薄紅の花がほころんで、それはそれは綺麗なんだ」
 こんなふうにね、と女王は眼前の樹々を指差す。園林の遊歩道に沿って、薄紅色の花が誇らかに咲き乱れていた。うっとりと桜花を見上げる女王の横顔を眺め、利広は唇を緩める。君の方が綺麗だよ、と胸の内で呟きながら。

 緋桜のように美しい女王が登遐して幾歳が過ぎたことだろう。女王とその伴侶がこよなく愛した薄紅の花は、春の慶東国を包みこむ。今も昔も変わらずに。

 微風に揺れる枝が花びらをはらはらと散らす。肩や髪に舞い降りる花弁をしばし眺め、利広は足を止めた。目的の地にもまた、大きな桜の樹が誇らしげに花開いている。

 記念日に植えることも多い樹なのだ、と女王は語っていた。婚姻を結んだ伴侶のため、新たに産まれた子供のため。細い若木はその年月を刻みながら大きく育っていく。それならば、女王に縁の者が住まうこの地、この背の高い桜花も、彼がここで過ごした年月を刻んでいるのだろうか。

 高名な老師が教える義塾の庭、桜を見上げて佇む利広を訝しげに見つめる者がいる。利広は笑みを湛えて問うた。
「浩瀚はいるかい」
「――老師は中におりますが」
 徒弟は高名なる師を呼び捨てる利広を胡乱気に見やる。名を名乗れ、と言わんばかりだが、利広は頓着せずに続けた。
「古い知己だよ。取り次いでくれたら分かる」
 徒弟は眉根を寄せ、利広を凝視する。利広は笑みを絶やさずに徒弟を見つめ返した。己の若い容姿が古い知己という言葉にそぐわないことは分かっている。しかし、事実そうなのだから、利広は気負うことなかった。やがて徒弟は踵を返し、利広を無言で促す。利広は徒弟の後をついて歩き出した。
「老師、お客さまがいらっしゃいました」
 徒弟は衝立の向こうに座す人物に頭を下げる。軽く頷いて立ち上がった老師は、利広を認めると大きく眼を瞠った。
「──やあ、久しぶり」
 利広は笑顔で老師を見やり、片手を挙げて軽く声をかける。老師は苦笑を浮かべつつも恭しく拱手した。
「これはこれはお珍しい方のお見えだ」
 利広はちらりと徒弟を見やる。老師は微かに頷くと、利広を中に招き入れ、徒弟に声をかけた。
「後は私がするから退りなさい」
 利広に遜る老師を訝しげに見ていた徒弟は、残念そうに頭を下げて退出していった。徒弟を送り出した老師は、慣れた手つきで茶を淹れる。差し出された茶を見つめ、利広は重く口を開いた。

「金波宮を辞したと聞いて……君も逝ってしまったかと思った」

 麗しき紅の女王は、宰輔を残して登遐した。女王を支え続けた怜悧な冢宰は、残された宰輔とともに永の年月に亘り国のために尽くした。新たな朝が軌道に乗ってからも、新王に乞われて冢宰を続けていたと聞いていた。

「――私は、命ある限りこの国を見守ると、あの方にお約束したのです」

 老師、永く女王の冢宰を務めた浩瀚は、皺深い顔に涼やかな笑みを浮かべてそう告げた。そうか、と呟き利広は立ち上がる。

「――君は、彼女の夢を、叶えたんだね……」

 只人のように年を取りながら生きてみたかった。

 王だからこそ、決して叶うことのない、その夢。戯言だ、と女王は自嘲していた。
 女王の願いどおり、その身に時を刻むことを選んだかつての忠臣は、遠慮がちに問う。

「あなたは……いつまで旅を続けるのですか」
「――時が許す限り」

 利広は深い笑みを刷いて答える。あなたはどこへでも行けるから、と言った女王の淋しげな笑みを思い浮かべながら。浩瀚は僅かに眼を瞠り、薄く笑って恭しく拱手した。

「――初めて、まともに答えてくださいましたね」

 それはこの男が同じ女との約束を胸に抱く同士だと知ったからだ。

 利広は笑みを湛えて浩瀚に問う。
「君は、幸せ?」
「──はい」
 穏やかな笑みを浮かべて首肯する老師の後ろに緋色の影を見つけ、利広もまた笑みを返す。
「じゃあ、また」
 次などないことを知りながら、利広はそう告げる。浩瀚は深く頭を下げて利広を見送った。

 利広は再び庭の桜の前で足を止めた。微かな葉擦れの音が、女王の囁きのように聞こえる。笑みを浮かべて眺めると、先程の徒弟が掠れた声で問いかけた。
「――前にも、いらしたことがありますか」
「ここへは初めてだよ」
 簡潔に返すと、徒弟は問いを重ねた。
「紅枝垂れを……ご存じですか」
「彼女の髪のような桜だね。知っているよ」
 いつか女王への文を結んだ樹は、老いてなお美しい花を咲かせていた。利広の胸に堯天の園林に咲く紅枝垂れの古木が甦る。その桜は古の女王の形代だ、と教えてくれた少年の声をも思い出した。利広は笑みを湛えて応えを返す。徒弟は意を決したように利広を見据えて言った。

「私は……あなたにお会いしたことがあります。もっと幼い頃に」

 ああ、この男があの少年だったのか。女王への憧れを滲ませていたあの少年が、長じて浩瀚の徒弟となっていたのか。利広はふわりと笑った。

「――そんなこともあったかもしれないね。私は旅人だから」
「あなたは、いったい……」

 徒弟の言葉を最後まで聞くことなく、利広は片手を挙げて義塾を去る。女王が愛した桜に包まれる慶東国の春。胸に己の桜を抱く人々が、この国を継いでいくのだろう。

 陽子、君が愛したこの国は、今なお美しいよ。

 利広は笑みを浮かべ、桜花にそう告げた。

2017.05.21.

後書き

2017/05/21(Sun) 23:25 No.594
 小品「太子の来訪」@管理人作品第6弾をお届けいたしました。
 小品「春慶の夢幻」及び御題其の十一「追憶の果て」の利広視点になります。 捏造妄想のため、雰囲気をお解りいただければ、と思います。失礼いたしました。

2017.05.21. 速世未生 記

ラストスパートおつかれさまです  饒筆さま

2017/05/22(Mon) 00:40 No.605
 素晴らしいスパートお見事です! ……すみません、私は間に合いませんでした(伏礼)

 利広も浩瀚も、それぞれに陽子さんの一片を大事に抱いて生きているのですね〜 陽子さん幸せ者だなあ。
 きっと、草葉ではなく桜花の陰で陽子さんも微笑んでいるに違いありません。
 利広もいつか旅の終着点を見つけられたらいいですね……
 穏やかで優しい後日譚をありがとうございました。

時が許す限り 凛さま

2017/05/22(Mon) 16:23 No.615
 くぅ〜利広〜。痺れるな。

 こうやって、利広は沢山の思い出深い人たちを見送ったんだろうな〜。 その思いはどういうものなんだろう。 想い引きずる辛さは、長年の生きるテクニックで誤魔化し慣れてきたんだろうなぁ〜。 そのあたりがダントツに他の方々と違うというか。 それを超えた人となりが彼の最大級の魅力というか。
 …うわーん。纏まりませんが。毎回思うのは、未生さんの利広ってカッコいいよね。

ラストスパートお疲れ様でした! 文茶さま

2017/05/22(Mon) 17:28 No.619
 どんなに陽子主上が周りの人たちから愛されていたか、痛いほどに伝わってきます。 二人は彼女の願いを叶えているのですね。 浩瀚はその身に時を刻む生き方を、利広は何処へでも行ける自由さを。 利広の最後の台詞が、全てを柔らかく包んで胸がいっぱいになります......(涙)
 優しいお話をありがとうございました。

 そして凛さまに激しく同意! 未生さまの利広は(も)格好良いです〜!!

どこまでも 瑠璃さま

2017/05/22(Mon) 18:31 No.622
 長い長い時間を、沢山の人の思いを背負いながら、 尚歩んでいける強さはどこから来るんでしょう。 一所に落ち着かず旅を重ねているからんでしょうか。
 どちらにしろ利広が格好良いという皆さまの意見には異論無く同意させていただきます。 久しぶりに利広が描きたくなりました。

涙が止まらない…… まろさま

2017/05/22(Mon) 21:00 No.630
 未生さん、こんばんは。素敵なラストスパートの一作、読ませていただきました。
 未生さんのこのシリーズ、大好きなんです。読めてよかった泣  今作も色鮮やかな情景がぱっと頭に浮かびました。 思わず涙がでてしまう切なさと暖かさに包まれて、今とても幸せな気持ちです。 今回お祭りに参加できなかったことだけが心残りですが… ← 桜祭、本当にお疲れ様でした!  次回のお祭りも楽しみにしております(*´꒳`*)

時の旅人 篝さま

2017/05/22(Mon) 21:41 No.638
 言葉に出来ないです、もう、もう…胸がいっぱいです……。

 「君は、幸せ?」と浩翰さまへと問い掛け、答えを貰えて満足げにする利広さまに、 「貴方の幸せはどこにあるのですか」と思わず問い掛けたくなりました。 切ないなあ、苦しいなあ…。

 未生さまの書かれる方々は本当に格好良くて、美しくて。 言葉一つ一つに重みがあって血肉を感じさせられます。

 素敵なお話をありがとうございました。

熾き火 senjuさま

2017/05/22(Mon) 22:31 No.643
 打上花火最終のスターマインのようなみなさま怒涛の百花繚乱!  にただただ心奪われておりまする。なんと美しい花吹雪であることか。
 未生さま、此度も心ゆくまで桜を堪能させていただきました。 ありがとうございます。
 このお話、しん、と心に沁みました。 時の許す限りと流れ行く者、限りある時を選び命を全うしようとする者、 どちらも心に自分だけの緋色を抱いて。
 いいなぁ、と。ふたりのその胸の内はさぞかし温かいのだろうなと。
 寂しいはずの彼らがうらやましくて仕方ないです。 ラストにふさわしい余韻の残る素敵なお話をありがとうございました。

例えば  ネムさま

2017/05/22(Mon) 23:30 No.652
 利広も浩瀚も、陽子が傍らにいなくて淋しいでしょうけど、 会わなければ良かったかと問えば、否というでしょうね。 そして桜が咲いて、それを見て喜ぶ人々を見れば、 少し欠けた静かな幸福感に浸されるのではないか…そんな気がします。
 老いた木の傍らに若木が育っているのに気が付いたような、 やさしいお話をありがとうございました!

ご感想御礼 未生(管理人)

2017/05/23(Tue) 00:32 No.663
 ツーライクォリティの末声小品にご感想をありがとうございました。 昨年書けなかったものなのですが、勢いで出してよかったと思います。

饒筆さん>
 ああ、残念でございました……。 管理人のラストスパートにお付き合いくださりありがとうございました。
 登遐してなお惜しまれる王であってほしい、 との管理人の願望も多分に入っております……。
 利広の終着点もぼんやり決まっておりますが、いつ出せることでしょう。 天帝のみぞ知る……(苦笑)。

凛さん>
「時が許す限り」
 10年前には何故こう言ったのか全然解りませんでした。 実は昨年も語ってくださいませんでした(苦笑)。 今年は利広の語りを聞くことができて、私も嬉しく思いました。 そんな利広をお褒めくださりありがとうございます。

文茶さん>
 愛され惜しまれる陽子主上でいてほしい、との私の願いが籠められております。 人としての願いを浩瀚が、仙としての願いを利広が叶えていくことでございましょう。 王はどちらにもなれませんから……。
 温かなご感想をありがとうございます。 利広をお気に召していただけて嬉しゅうございます。

瑠璃さん>
 含蓄のあるお言葉をありがとうございます。 うわ、絵師さまの絵心を刺激できたならほんと嬉しく思います。 是非描いてください!

まろさん>
 ようこそ桜祭へお越しくださいました! うわ〜、感激!  お忙しいところ、拙作にご感想をくださりありがとうございます。 しかもこのシリーズをお気に召してくださっていたとは!  捏造激しすぎて出すのに躊躇う連作なので物凄く嬉しゅうございます。
 もし機会がございますればまたご参加くださいね!

篝さん>
 ああ、篝さんのご感想で私も胸が詰まりました……。 人として残りの生涯を全うできる浩瀚よりも、 仙として悠久の時を渡っていく利広の方がきついと思います……。 いつか利広に安らいでもらえるといいなと切に願います……。

senjuさん>
 今年も怒涛のラストでございましたね! 管理人はいつものことで申し訳なく(苦笑)。
 互いに想い人と交わした約束を抱きしめて生きていくふたりの最後の邂逅でございます。 亡きひとを抱くふたりを「温かい」と感じていただけて感無量でございます……。

ネムさん>
 喪ってなお鮮やかなひと、忘れられないひと、なのだと思います。 いつもながら、数々の美しい言葉をいただき、ただただ感謝しております……。
背景画像「篝火幻燈」さま
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