「投稿作品集」 「17桜祭」

お祭りの開幕を祝して 饒筆さま

2017/03/22(Wed) 01:07 No.7
 2017「十二国」桜祭の開幕を祝して、花輪かわりに拙作を献上します。 未生さま、尚陽ですよ〜!
 二年前? に楽陽で書いた「木の花隠れの恋」を尚陽verにしてみました。 出だしは何やら不穏ですが、今回は切なくないのでどうぞお楽しみください。

木の花隠れの恋 <尚隆ver>

饒筆さま
2017/03/22(Wed) 01:10 No.8
 解せぬ。これはおまえが望んだことだろうが。
 「奴」を待つ陽子の横顔に、陰鬱な影が差している。
 そんなに俯いていては勿体ないぞ? ほら、頭上には麗らかな蒼穹、耳には雲雀の浮かれた歌、今が盛りの桜までおまえにその繊枝を差し伸べているではないか。
 その翠の瞳を上げ、腕を伸ばして応えれば良い――幸せは目の前に在る。

 伏せた睫毛が跳ねるように瞬く。
 蒲公英に留まる蝶から目を離し、陽子は桜樹に凭れる俺を振り返った。
「……何故そこに居るんです?」
 深く沈んだ声。揺れる翠。口調はぶっきらぼうだが、とても咎めているようには聞こえない。
 ん?俺は鼻を鳴らして笑う。
「居て悪いか。俺の勝手だ」(ふふん)
「そうですか」(ぶすっ)
 陽子は紅唇を曲げ、再びそっぽを向いた。
「もうすぐ彼が来るんです」
「らしいな」
「……それでもまだ居るんですか」
「俺はここで気ままに花見をしているのだ。安心しろ、口も手も出すものか。俺に構わず、陽子は陽子で堂々と待っていろ」
 淀みなく答える俺に対し、陽子は背を丸め盛大に溜め息を吐く。
 ……なぜだ?
 陽子は胸を張って笑えばいい。
 輝かしい春の陽と、舞い散る花を浴びて、美しく微笑んでいればいい。そうすれば幸せは向こうからやってくる。
 無二の君よ、どうぞ幸せに。
 それが俺の本心だ。
 確かにそれは本心なのだが――その美しい横顔に貼り付く、陰気な影から目が離せない。


「おまえは王だ。何事も自分で決めるがいい」
 そう突き放したのはいつの日だったか……定かでない。だが、しばらく経って顔を合わせたとき、陽子は「奴」を選んだと告げてきた。
「そうか。それがおまえの答えなら、心から祝福しよう」
 俺が潔く頷けば、陽子の張り詰めた真顔はじわじわとぎこちなく強張った笑顔になった。痛々しいほど歪んだ笑み。歓喜や幸福など、いささかも感じられなかった。
――解せぬ。それがおまえの望みだと、今言ったばかりではないか。
 喉元に刺さった小骨のごとく、あの日の疑念がずっと引っかかっている。
 ……なあ。はらはらと絶え間なく、慈雨のごとく降る桜よ。もし心があるのなら、その華麗な花吹雪で陽子のわだかまりを解いてやってくれないか。俺なら大丈夫。いつもどおり、からりと笑って彼女を送り出してやるから――

 不意に、陽子が身を竦める。
「あ」
 遠くにひとつ影が現れた。しなやかな背がすいと伸びて……だが、その足は頑として動かない。
 どうした?
 声をかけようとしたとき――花びら交じりの暴風が俺の横面を張り飛ばした。
◇◆◇◆◇


 花嵐が渦を巻き、鋭く吠えて吹き荒れる。
 陽子は張り裂けそうな胸を押さえて傍らを振り返る。
 頼もしい先達は、薄紅の吹雪の中を猛然と歩み寄って来た。苛烈な勢いで打ち付けてくる花片を掻き分け、精悍な面をぬっと傍寄せて陽子の腕を取る。
「大丈夫か」
 目と目が合って、何かが通じた。
「はい」
 素直に頷いたら、安堵のあまり涙がほろりと零れ出た。己の嘘偽り無い気持ちを否応なく思い知らされる。
 ああ、やっぱり。私は――。
 陽子は決然と尚隆の胸に飛び込んだ。
「私!わたしはやっぱり、貴方が――!!」
 押し込めてきた想いがせり上がり、嗚咽が込み上げてしまって声にならない。言わなければ。私は一柱の王だ。自分の気持ちくらい、正々堂々と表明しなければ――この人には認めてもらえない。
 陽子は掠れる喉を絞る。
 そのとき。
「……もういい」
 意外な笑顔が向けられた。逞しい腕が細腰を抱き寄せる。陽子は驚き、子供のようにしゃくりあげる。
「わかった。もう言わなくていい」
 大きな手が紅の髪を撫でた。思慮深い射干玉の瞳がこちらを覗き込む。
「どうやら、ずいぶん無理をさせてしまったようだな」
 自分が息を呑む音を、陽子は他人事のように聞いた。熱い涙が堰を切って流れ出す。尚隆は陽子の濡れた頬に掌を添えた。
「そこまで手厳しい言葉を吐いたつもりは無かった――すまない」
 そんな科白を聞けるとは思わなかった。陽子は俯く。もう涙が止まらない。
「すまん。本当に悪かった」
「いいえ……いいえ!」
 陽子は涙の粒を振り切るように頭を振り、その勢いで尚隆を振り仰ぐ。
「謝罪なんて要りません。それより――これで良いと思いますか?本当に、こんなことが許されると思いますか?私にはわからない。自信がない。慶の民を危険に晒すことなんてできない。でも、やっぱり、私は貴方が……好きなんです――」
 気の利かない風塊が眼前をごう、と過ぎて、陽子は反射的に目を瞑る。その隙に一瞬、柔らかなものが紅唇を塞いだ。嘆息と共に力強い返答が降る。
「やってみるしかないだろう。それが『俺たち』の望みならば、なんとしてでも叶えてみよう」
 瞼を上げれば、すぐそばに不敵な、それでいてひとを惹き付けて離さない笑顔があった。
「考え過ぎはよくないぞ?」
 嗚呼。だから、この人には敵わない。
 陽子は観念して首肯し、尚隆はからりと笑って易々と陽子を抱え上げる。


 こうして……突然の嵐が去った後。
 駆けつけた男の前にはもう、誰の姿も無かったのだった。

<了>

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