「投稿作品集」 「17桜祭」

ご無沙汰しております ミツガラスさま

2017/04/05(Wed) 09:23 No.145
 この度は桜祭りの開催おめでとうございます。 そして心から感謝申し上げます。
 ご挨拶が遅れまして申し訳有りません。 今年も参加したい!とようやく書き上げました。 4000字にどうにかまとめ上げた、という感じです(笑)
 私の住む街ではチラホラと満開の桜が現れ始めました。 そんな頃合いからのお話です。 毎度毎度の浩陽で本当申し訳ないのですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

サクラサク

ミツガラスさま
2017/04/05(Wed) 09:25 No.146
金波宮外れの森に一本の桜の樹があった。
元は一つであった太い幹は何かの加減か根元で二股に分かれそれぞれ大きく枝分かれし、まるで二本の木の様になっている。お互いの幹を分ける空間は人ひとり通れる幅に広がっていた。樹齢はかれこれ数百年は経つと聞くがもはや定かではない。
この桜の樹には金波宮に伝わるまことしやかな伝説があった。
身分違いの恋に悩む恋人達が、致し方のない別離を迎え最後の逢瀬に選んだこの桜の満開の満月の夜。この桜の様にお互いの根元では繋がっているのだと誓い合い別れを受け入れたものの、心ではやはり離れがたい。男が桜の幹を跨いで思わずこの身が裂ければと、サクラサク サクラサク コノミサクと唱えたところ本当にその身が二人となった。そして裂けた方の男が女と共に金波宮を去っていったのだという。


「…それ、女の方も裂けてやれば良かったのに」

鈴が注いでくれた果実酒を軽く啜りながら陽子は首を捻った。祥瓊は陽子のものより少し度数の高い酒杯を優雅な手付きで持つ。

「そうねえ、伝えられてない部分があるのかも。例えば男は女王の愛人に選ばれてどうしようも無かったとか…」

「ああ、なるほどね。愛人が愛人を囲うわけにもいかないか…でも残された方はそれで納得出来るかな。自分が裂けたって、もはや自分じゃ無いだろうに」

「そうよねえ。恋人を自分のそっくりさんに持っていかれたとも言えるわよね」

夜空には満月。露台から満開の桜を有する庭園を眺めつつ女三人だけで夜桜会を開いていた。
気心知れた女友達と飲み進めるうちに盛り上がり、常ならばもうこの辺りでとお開きを告げる役目の祥瓊さえもほろ酔い加減だ。
今からその桜見に行こう、そんな陽子の提案さえも止められず、班渠の背中に娘三人ぎゅうぎゅうに寄せ合い、軽やかな笑い声と共に夜空へと飛び立った。
煌煌とした満月の元、件の桜の場所へはすぐにと着いた。
鬱蒼と暗い森に一本、望月の光に照らされた白い花弁が怪しいほどに美しく咲き誇る姿には自然と気圧されてしまう。──陽子を除いて、はだが。陽子はご機嫌のまま樹の元へと歩みを進めると、陽子を止める鈴と祥瓊の声を背後に、はっきりとした声で呪文を唱えた──

「サクラサク サクラサク コノミサク──」

とん、と二股の間を跨いだ瞬間、樹に映る陽子の影が風になびく様に揺らぎ、するりと幹から離れた。

「「ああ──!!」」

静かな夜の森に鈴と祥瓊の悲鳴が大きく木霊した。
◇ ◇ ◇


「主上…貴女という人は──」

「台輔、私共が付いていながら誠に申し訳ございません」

明朝、積翠台にて祥瓊と鈴は神妙な顔付きで景麒へと頭を下げていた。そしてその横では陽子と同じ顔、体型をした少女が和かに控えている。
そう、伝説は真実陽子の身体を二つへと裂いた。驚愕しつつ、正寝へと連れて帰るが朝になってもまるで消える気配がない。このまま隠し通せるはずもなく、叱責は承知の上、陽子の分身を連れて来る選択しか無かった──

「景麒、この子は桜花と名付けた。私の姉妹だと思えば…」

「主上、この者微かに王気の片鱗を宿しております。主上の残り香のような物ですが…」

不機嫌に語る景麒にも桜花はにっこり笑顔を向けた。

「景麒、心配しないで。私は陽子の一部なんだから困らせるような事はしないと約束する」

「貴女の存在自体が既に私を困らせております。今すぐ主上にお戻りいただきたい」

冷ややかな瞳を景麒から向けられると桜花は大きな瞳に涙を滲ませそのままポタポタと大粒の涙を零した。

「景麒に、そんな風に言われると悲しい──」

陽子では絶対に見せることのないその態度に、流石の景麒もはっとしたように固まった。

「まあ、台輔。そんなきつい言い方をなさらないで。桜花は陽子よりずっと繊細な子ですから」

祥瓊と鈴が即座に桜花を慰め景麒へと責め立てる。立場のない景麒はオロオロと陽子と桜花を見比べているが、陽子は微妙な表情で黙り込んでいる。致し方なく景麒は謝罪し、桜花は涙を拭いにこりと笑った。

「私、景麒のこと大好きだよ」

陽子であれば絶対に口に出さない言葉に、景麒は思わず薄っすらと頬を染めた。その空気のむず痒さに陽子は頭を抱えるしかなかった。


浩瀚の調べによるとあの日あの時間は暦の上で数十年に一度、月の影響力が最大となる日だった。そしてそれが偶々あの桜の満開の時と重なった。それは数百年に一度の確率かと思われる。おそらくそのせいで通常では起こりえない変事が起こったのではと推測された。

「桜花、とは良い名前をお付けになりました」

と浩瀚は報告書を読み終わった最後にそう付け加えた。

「そうか?桜の木から生まれたようなものだからそのままつけたけど」

自分のネーミングセンスがそこまで優れているとも思えず肩をすくめる。
桜花は陽子の分身ながら素直従順控えめであり、普段は後宮に居て欲しい、という言葉にも従ってくれた。陽子はこっそり安堵の溜息を漏らす。自分の勝手で起きた出来事だが朝を混乱させたくはない。もし桜花が陽子本来の性格のままであれば、自分の事ながら何をしでかすか分かったものではない──陽子はふ、と自嘲的に息を吐くと苦々しい笑顔を浩瀚に向けた。

「浩瀚、朝早くからすまなかった。朝議へ向かおう──」
◇ ◇ ◇


桜花が現れてより十日。
女王は後宮に寵姫を囲い出したらしい、と噂が流れるも漢前な主上ならばさもありなん、と金波宮は混乱には至らない様子だ。だが陽子は忙しく、寂しいと素直にこぼす桜花の話相手はもっぱら景麒や祥瓊達であった。
麗らかな春の昼下がり、今日も後宮にある東屋にて桜花は祥瓊と鈴とお茶菓子片手に恋話に花を咲かせていた。
それは普段陽子とでは話さない甘やかな夜の逢瀬にまつわる話中心だが桜花相手には盛り上がる。
桜花は女官達が寄ってたかって着飾りつけた春らしい襦裙を嫌がることなく装い、髪には幾本もの歩揺を付け化粧まで施されている。少し大人びた見目麗しい姿と艶めいた話も相まってほんのりとした色香さえも醸し出すほどだ。
気安さと明るさは陽子と同じだがやはり陽子とは違う、と祥瓊は他愛のないお喋りからもよく感じ取っていた。でももしかするとそれは陽子が敢えて避けていたものが桜花として現れているのだろうか──
普段景王として少女らしさを抑え凛々しく高潔な佇まいだが、もしかしたら陽子だって年相応な振る舞いや王の重責や煩わしさから解放され唯の少女として生活したい想いがあるのかもしれない。その具現化が桜花だとしたら──

「…ねえ、祥瓊、聞いてる?」

「あら、桜花、ごめんなさい。なんの話だったかしら」

「あのね…私だって好きな人と素敵な一夜を過ごしたいな…」

「…え?好きな人って…まさか、もしかして──」

「うん。もちろん浩瀚とだけど──」

ほんのりと頬を染め恥らいながら微笑む桜花を前に、鈴と祥瓊は絶句しながら同じ事を考えていた。

(ま、不味いわ──)
◇ ◇ ◇


「桜花が浩瀚と…そんな事を──でも…わ、私がその、浩瀚の事──」

夜政務を終えた陽子に人払いをかけ、祥瓊は昼間の桜花とのやり取りを伝えた。陽子にとっては青天の霹靂、ずっと心に秘めてきた恋心を暴露され顔を赤らめながら言い淀む。そんな陽子を前に祥瓊はピシャリと詰め寄った。

「陽子が浩瀚様を好きな事くらい言われなくたってとっくに分かってるわよ!!でも陽子が関係を変えたくないって思ってるからずっと黙っていただけよ!けど今はそれどころじゃないの。伝説通りにもう一人の自分に浩瀚様を取られてしまうかもしれないのよ?」

「でも一体どうすれば──」

改まって迫られても混乱した気持ちはすぐ答えが出そうにない。ずっと、ずっと隠してきた、隠さなければと思っていたこの感情──
煮え切らない態度を見せる陽子にもう一押し、と祥瓊が言葉をかけようとした瞬間、扉をけたたましく開き鈴が飛び込んできた。鈴のあまりの慌てように驚く陽子達を前に鈴は焦り声を出す──

「よ、陽子!大変なの!桜花がどうしても今夜浩瀚様に会いたいって、勅命まで使って班渠に乗って行ってしまったの──」

その言葉を聞くや否や、陽子は浩瀚の住む官邸へと飛び出していた。

陽子の頭の中は真っ白になって、何をどうしてよいか皆目分からない。ただ、一刻も早く止めなくては、と息を切らし走り続ける。転がり込むように冢宰官邸に押し入り書房の扉を大きく開けた。そこに浩瀚と桜花が卓子を挟んで向かい合わせにいた。それだけで陽子の内側が沸騰していく。

「浩瀚は私のものだ!誰であろうと絶対に渡さない!」

声を荒げ駆け寄る陽子に桜花は立ち上がり陽子へと歩みを向けた。勢い余った陽子は足が絡れて倒れそうになる。それを桜花は優しく微笑み手を広げて陽子を抱き留めた。瞬間──桜花の身体はふわりと内側から風が吹いたように桜の花弁となって舞い散る。座り込む陽子の周りに白い花弁がひらりひらりと降り注ぎ、そして一陣の風が渦巻くようにさっと花弁を窓の外へと連れ出した。そこにはもう陽子と浩瀚だけが残される。目を見開いたままの陽子に、浩瀚は窓の外を指差した。

「桜も今宵は葉桜となりました──桜花様は主上が名を与えられた時にその性質が決まったのです。名は体を表す、桜花様は桜の花と共に存在され、桜が終わり主上へとお戻りになった──」

浩瀚は陽子の目線に合わすように膝をつくと一つだけ残されていた桜の花弁をそっと陽子の髪に刺した。未だ放心状態の陽子へ浩瀚は怜悧な瞳を緩やかな弧の形に変えた。

「主上の、先程のお言葉ですが──」

突然消失した桜花を前にすっかり意識を奪われていたが、自分の大胆な発言を思い返す。陽子の顔は見る見るうちに真っ赤に染まり上がった。思わず硬く握り締める陽子の拳を浩瀚は恭しく手に取るとゆっくりと甲に口づけし、伏せた瞳を陽子へと向けた。熱の籠る琥珀の瞳に陽子も引き込まれる。

「私は元より身も心も全て主上のものでございます──」
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背景画像「篝火幻燈」さま
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