「投稿作品集」 「12桜祭」

さて、それでは・・・ griffonさま

2012/03/22(Thu) 23:04 No.28
ぼくもみなさんに続くとしましょう。ほんと久しぶりの新作です。
 例によって非常に特殊な設定となっております。 と言うか・・・陽子の出生にかかわるネタとなっております。

※ 浩瀚と娘(オリキャラ)のCP表現がございます。 苦手な方はご注意を!(管理人追記)

乾 杯

griffonさま
2012/03/22(Thu) 23:06 No.29
 深い霧に包まれていた。

 辺りは明るく、陽光に包まれては居るのだが、腕をまっすぐに伸ばしてしまうと、自身の指先ですら見えなくなるのではと思えるほどだ。自分は確かにここに居るのだと強く念じていないと、霧の中に呑み込まれてしまいそうな、そんな場所だ。
 辺りには人の気配は無い。無いと思った瞬間、正面左側に気配が現れた。

「どうかされましたか」
 気配の主だろう声がした。姿は見えない。
「ここは……」
「ああ」
 気配の主の声は、嬉しそうな声色で言った。
「あなたの順番がやってきたのですね」
 気がつくと、自分の体が、金色の淡い光を放っている事に気がついた。
「こちらでの生活が終わり、あなたは生まれるのですよ」
 そう言われて、少しだけ思い出す事が出来た。
「そうか。わたしはこれから両親になってもらうことを約束した人達のところへ生まれるのですね」
 不思議な事に、自身が口に出した言葉ではあるのだが、その意味を理解することが出来てはいなかった。だが、そうなのだと言う確信だけは、何故だかあった。
「そうです。その人達は慶東国の麦州に住んでいるようですね。あなたと共に歩むことを心待ちにしておいでのようだ。だが……」
「……」
 だがと言った後途切れた声は、少し悲しそうだった。
「試練はあなたがたを導いてくれるでしょう」
 沈黙がしばらく続いた。
「あなたはだあれ?」
「あたしは……あたしはだれだっけ」
 自分が幼児のような物言いになっていることを、まるで他人の様に感じていた。
 また暫く、沈黙があった。
「あむむ……あうぅ」
 喋ろうとしてはいるのだが、言葉にはならない。渦のような物に飲み込まれるような感覚があったかと思うと、すべての感覚が途切れた。



 今上の景王が即位して十年。すでに傾いていると誰もが認識出来るほど、慶東国は荒れていた。王は自身の指先の示すままに動く人々を眺めては悦に入り、人々の希望を省みる事は無い。女王が続くためだと人々は溜息をもらしていた。
 だが本当は、女王だからではないと言うことは、誰しも解っていた。立った王が王たる資質に欠けていたからだと。だが、諡号を達王と言う王の御世が、末期を除けば三百年、安定したものであったがために。また、その後の悧王にしても、達王ほどではなかったにせよ安定した百年を重ねる事が出来ていたがために。男王を懐かしむ心が、人々にそう言わせているのだった。
 麦州の中にあって、一大穀倉地であるこのあたりも荒地が目立ち始めていた。麦州と言う名のとおりに、延々と広がっていた麦の畑の所々が荒地となり、妖魔も出没し初めていた。今日はこちら、昨日は別のと、日を重ねる毎に、建てられる墓標は増えていくばかりだった。

 質素な襦裙を着た娘が、満面に笑みを浮かべ、里祠から走り出てきた。胸の前に抱えた手をきつく握り合わせていた。街道を走りぬけ、郡城の入口を潜り、官吏達の間を縫うように更に走った。階段を駆け上がり、目の前の扉を打ち破らんばかりに開けた。

「貴方っ」
「どうした、そんなに慌てて」
「どうしたも……何も…」

 息を弾ませながら、喉を鳴らした娘は、そこで言葉が途切れてしまった。
 方卓を挟んで座ったままの男は、冠からほつれ出た鳩色の髪を撫で上げた。穏やかな笑みを浮かべていた

「卵果がなったか」
「もうっ、例え判ったとしても、わたしに言わせて欲しかったのに」

 頬を膨らませた娘は、にこやかに笑いながら、拗ねて見せた。
 男もさらに華やかに笑った。
「怜悧なと評される貴方らしくもない笑顔だわ」
 娘はそう揶揄しながら、方卓を回り男の隣に向けて歩きかけたその時だった。開け放たれた扉から、ざわついた声が聞こえてきた。

 ――蝕だっっ
 ――どっちのほうだっ
 ――丑寅っ。里祠あたり。卵果が……

 娘と男は、色を失った顔を見合わせた。男は椅子を蹴って立ち上がると、開かれたままの扉から飛び出した。娘も後に続いた。



 金波宮の中にあって、方角としてもっとも東の端にあたる場所に、この庵はあった。庵とは言う言い方にはなっているが、それは金波宮と言う広大な敷地にあるからであって、この庵とそれに付随する園林が下界に単独で存在するなら、想像を絶する大邸宅となってしまう。それでも、呼称としては「庵」となる。扁額の類も無い上に、天官府の台帳からも洩れた庵だったため、元々何に使われていたのかも判らない。真東に向け、雲海に槍の穂先の様に突き出た露台と、桜の古木に囲まれた園林を「仕事からの逃避《さんぽ》」の最中に発見し、陽子はお気に入りの隠れ家の一つとしていた。

「我が主上」
 先の尖った露台の手摺りにもたれて立ち、雲海を眺める背中に軽く拱手しながら、浩瀚は声をかけた。緩く結わえられた紅い髪を揺らして、陽子が振り返った。
「皆、席についております。後は主上の御臨席を待つばかり、と言うより待ちくたびれておりますよ」
 この庵の園林に咲く桜が三分程の開花となっていた。桜の開花と聞いて、ついに我慢しきれなくなった陽子は、側近達と花見がしたいと言う希望《ゆすり》を、浩瀚に申し入れた。すべての差配を滞りなくこなし、漸く調整した夜だと言うのに、陽子は心此処に在らずと言う様子だ。
「うん。すぐに行く」
 そう応えながら陽子は、雲海に視線を戻した。暫く、背中を眺めていた浩瀚は、一度唇を硬く結ぶと、深く息を吸ってから声をかけた。

「あちらは、見えますか」
 弾かれたように、陽子が振り返った。――なんだか全部お見通しだねと、呟いた陽子は、浩瀚から視線を外した。
「夕べ、久し振りに夢に見たんだ。お母さんが台所で料理を作っていて、私はリビングに座ってそれを眺めていた。お母さんがわたしのほうを振り返ると、別人に変わっていて、こちらの襦裙を着てて、あたりもこちらの里家のようなとこになってて。それで、私のことを呼ぶんだ。なんて呼んだのかは判らなかったんだけど、でも、わたしを呼んだと言う事はわかった。たぶんわたしはその人の娘で」
 浩瀚は、淡い笑みを浮かべ、頷きながら陽子の話を聞いていた。
「もしかして、こちらのでわたしの……ほんとの……わたしが産まれる事を心から望んでくれた方なんだろうか? 顔、顔はっ……で、目が覚めちゃった」
 そう言うと、陽子は照れたような、落胆したような、曖昧な笑顔を浩瀚に向けた。
「お望みとあらば、主上のご両親をお探しする事も可能かもしれませんよ。蝕の発生した日時や場所などは、逐一記録されておりますから、主上のお誕生日からある程度特定出来るでしょう。その前後に帯を結んだものも、記録されております。数日のうちには、何名かの候補に絞る事も可能かと」
「いや。その必要はないよ」
 陽子は、にっこりと笑った。
「わたしは……わたしを望んでくれたこちらの両親にも感謝してるけれど、やはりあちらの両親のことも忘れられないと思うし、大切な存在だとおもっているし」
 言い終わってから、ゆっくりと息を吐ききった後に、小声でつづけた。
「それに……産まれてからずっと会った事も無い人に、『娘です』なんて……どんな貌をして言ったら良いのがわからない」

 極身内だけの宴と言う事もあり、冠を外し髪も下ろし、緩く組紐で纏めた鳩色の髪が風に靡いた。突然吹いた風に乗って、桜の花弁が二人の周りを舞う。
「主上には、心の底から望んでいただけた方々が、二組も存在するわけですから。他人の二倍幸せなのですよ。ですから、少なくとも今までの王より四倍は働いていただかなくては」
 見開いた目を浩瀚に向け、凍りついたように陽子は動かない。
「お返しは倍返しと、申しますでしょう」
「酷薄な冢宰が憑いているんだ。たぶん意識しなくともそのくらいは働かされているような気がするな」
 陽子は凍りついた表情のまま、引きつるように左の口角を上げた。
「ともかく。今夜は我々への慰労が主上のお勤めでございますよ。これ以上待たせますと、私にまで矛先が向けられます。そろそろ参りましょう」
 浩瀚が右手を差し伸べた。その指先に右手を乗せると、優雅に膝を屈めて礼を取った。
「わたしとしては、矛先が逸れた方が嬉しいんだが」
「なにかおっしゃいましたか」
 浩瀚は、わざとらしく、努めて造った怜悧な笑顔を陽子に向けた。
「もし、わたしが浩瀚の子供だったら、こんな会話を毎日交わしながら、キリキリ勉強されられているんだろうな。塾なんかで絞られるよりよっぽど効果がありそうだ」
「もしも主上が私の娘であったとしましたら、蜂蜜漬けの砂糖のように溺愛して片時も離れないでしょうね」
「公務《しごと》をちゃんとやってるか、監視するためではないのか?」
「なにかおっしゃいましたか?」
 声は冷やかなのだが、浩瀚の頬に浮かぶ笑みは暖かさを持っていた。にこやかに浩瀚を見つめながら、自分の手を取っている浩瀚の手を、軽く握り返した。

「待ちくたびれたぞ、陽子。なにやってたんだ」
 酒の注がれた椀を右手に、すでに頚まで赤くなっている虎嘯が大きな声で言った。宴席に到着した二人に、それそれぞれが続いて声をかける。黙って視線だけを向けたのは景麒だ。
「ごめんごめん。有能な冢宰様にこってり絞られてたんだ」
 そう言うと、陽子は浩瀚から離れて宴席の中央へと歩を進めた。陽子の登場で、突然華やいだ雰囲気に変わる。気心の知れた主従……仲間達に囲まれ、呪のかかった瞬かない灯りをうけた桜の古木に囲まれ、満面に笑みを浮かべた陽子は、右手に持った盃を掲げた。


「かんぱぁ〜いっ」

と、言うわけで、軽く言い訳を・・・ griffonさま

2012/03/22(Thu) 23:08 No.30
 胎果王ですから、常世で誰かに望まれ生を受け、 蓬莱に飛ばされた先にいたのが中嶋夫妻なわけです。 陽子にとっては育ての親である中嶋夫妻への愛や執着もあるでしょうが、 生みの親とも言える「常世で自分を望んでくれた二人」にも、 やはり想いはあるはずです。
 タイミング的にはこう言うことも設定出来たりするのかなぁ〜なんて(^_^;)
 浩陽と言いつつ、やはりこれは反則でしょうねぇ(^_^;)
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