「投稿作品集」 「12桜祭」

今年も参加させていただきます! 空さま

2012/03/24(Sat) 00:08 No.62
 まだ、関東ではつぼみが堅くて花開くのにはもう少しかかりそうです。

麗なる森厳の神宝

空さま
2012/03/24(Sat) 00:10 No.63
 一人の男が、凌雲山のふもとにある小さな山、まあ比べてしまえば里山とでも呼ぶしかない山を登っていた。時は冬がようやく終わるころ、日当たりのよいところは比較的暖かいが、影になっているところは、風でも吹けばとたんに冬であることを思い出す、そんな季節であった。
 けもの道か、それとも人が通ることで作られた道か、どちらかは定かではない細い道が上に向かって伸びている。梢から葉が落ちているとはいえ、竹ぼうきが逆さになったようにして密集している木々に遮られ、その先は見えない。
 ここは慶国堯天、凌雲山のふもとにある小さな里である。登っている男は、三十前後の怜悧な相貌をしている。背には布包みを縛り付けていた。身なりと言えば、戦袍をいくらか着やすくしたような服を着て、動きやすい恰好をしていたが、兵士や炭焼き夫にしては色白で華奢な感じがする。
 それほど急な坂では無い。周りにはその男の背丈の二倍ほどの木がたくさん生えていたが、落葉樹が圧倒的に多く、その葉が今はほとんど落ちていて、頭の上には薄い雲の広がった水色の空が、登り道からもよく見ることができた。
 男は足元を気にしながらも、空ばかり見上げていた。まるで木の間から見える、黒や白の枝で区切られた小さな空を見ることが生業だとでもいうかのように、あちこち見まわしては、また登った。

 もうすぐ頂上かと思えた所で、急に目の前が開けた。ふうと息を吐くと、男は右手をそれほど険しくもない崖に置き身体を支えた。正面から吹いてくる風は冷たいと襟を立てながら、眼下に広がる景色を見渡した。右奥先には、見上げるばかりの凌雲山。左下には、この高さのない里山にしては頑張ったともいうべき切り立った崖。しかしながら、器用な人間ならば、足場に注意して滑り降りることができそうな程度の高さだ。その真下から北に向かって、今登ってきた里山と同じような冬枯れた木々が広がっている。その先は深い森になっていた。

「ここにも無いか」

つぶやくようにして、今来た細い道に腰をおろし、背中の包みを膝の上に広げると、中から、竹筒と、笹の葉に包まれた弁当を取り出した。背負子代わりにしていた布を几帳面にたたむと、笹の葉を解いて弁当を広げる。中には、真っ白なお結びが二つ入っていた。

 まずは、竹筒に入れてあった水で喉をうるおす。さていよいよ昼餉にしようとしたその時に、自分の前が急に暗くなったので、男は驚いて顔を上げた。そこには、八十歳にはなろうかと言う、顔中にしわの刻まれた翁と媼が仲良く立っていた。彼らは頂上近くで柴刈りでもしていたのか、背負子に細くて焚きつけにちょうどよさそうな小枝をふた抱えぐらいも積んでいた。粗末な短袍に荒い毛織物のベストの様な上着を羽織っている。

「お前さん、見かけない顔じゃの」

男は、翁にそう声をかけられた。

「これは失礼いたしました。私は浩瀚と申します。こちらの山はどなたかの私有地でございましたか」

男は、私有地でないことは確認してきたのだが、と心で思った。

「いや、めったに人が来ないところでの。そうか、浩瀚と言うのか。では浩瀚殿」

「はい?」

そちらは名を教えては下さらないのか、と思いながら笑顔を作る。

「それは、なんじゃ?うまそうなものをお持ちじゃな」

そう尋ねられた。

「こちらでございますか?これは、白米を炊いた物を手で握って作ったお結びでございます」

そう答えた。

 実は、慶国ではあまり白米を見かけない。玄米や米粉を使った料理が多い。景王が何度も変わり国が不安定だったため、玄米をわざわざ突いて白米にしてそれを炊くという余裕が庶民には無くなっていたからだ。

「ほうほう、それは珍しい。のうばあさんや」
「ほんに、おいしそうなものでございますなあ、じいさんや」

そう言って、二人は顔を見合わせふわふわと笑った。

「のう、浩瀚殿。物は相談じゃが、それをわしらに恵んでくれんかのう。最近まともな食い物を口にしておらなんだ」
「おや、じいさま。そりゃあいくらなんでもずうずうしいと言うもんじゃないかえ」

ふおっふおっふおっとまた二人は仲睦まじく笑う。浩瀚と名乗ったその男は、本当にずうずうしいと思ったものの、年寄りを相手に自分がここで食い意地を張ってもはじまらないとも考えた。

「では、これも何かのご縁かと」

そう言って、二つとも笹の葉ごと結びを差し出した。媼翁は、二つとももらえるとは思っていなかったようで、少し目を見開くが、それはそれは嬉しそうに皺くちゃの手を出して、それぞれ一つずつ分け合った。

「おお、うまいのう。生きとってよかったわい」

そんな風に言いながら二人ともあっという間に食べきってしまった。それをほほえましく思いながら眺めていた男は、駄目でもともと思いながらも、自分の探し物について、二人に聞いてみることにした。

「時に、お二人にお尋ねしたいことがございます」
「何かの? わしらで解ることなら何でも教えて差し上げますぞ」
「それは、うれしい限りです。では、このあたりに桜の木がございませんでしょうか?」

そう言った。そして、男はさらに、その桜は八重ではなく一重の五枚の花びらで、淡い紅色をした、花だけ先に咲き、散る時にはまるで雪のようにはらはらとその花びらを散らすと言う、そんな種類だと説明した。

「おう、知っとるよ」

翁はふわりと笑いそう答えた。

「本当ですか?」

男は思わず前のめりになって聞き返す。

 これまで、何度も堯天近くの里山には登ってきた。仕事の合間に休憩時間を割いて出かけていたので、確かに全部の里山に来た訳ではない。しかし、桜のうわさを聞いては、できる限り尋ね歩いていたのだ。そう、今回で五度目ほどであろうか? もし、本当にあるなら、お結びの一つや二つ何も惜しくは無いとそう思った。

「ああ、お前さん足腰はしゃんとしとるかね。なんなら案内するが」

そう、翁に言われて男は苦笑する。いくら自分が文官だとはいえ、それなりに鍛えたつもりではあった。

「どうぞ、宜しくお願いいたします」

そう頭を下げた。

「では、遅れんようにのう。さてばあさまや、参りますぞ」
「はい、じいさま」

本当に仲の良い老夫婦だと思ったのもつかの間であった。この二人は山にひどくなれていて足が速いの何の。まるで駆け降りているようだった。

男は昼餉を抜いてしまったため、いつもの力が出なかった。しかし、ここで後れを取ってはいけないような予感がして、自然に必死でついて行くことになった。今まで登ってきた山を途中まで降り、街の方へは戻らずに、北側へどんどん分け入ってゆく。いつしか細い川に出て、その川を上流に向かってさらに進んで行った。ちょうど里山の頂上付近で眼下に広がった深い森の中を歩いているようだ。川沿いにほんのわずかの道はあったのだが、頭上には大きな木々が、たとえ枯葉といえども、その梢がひしめき合っていて冬枯れた森以外は何も見えなくなっていた。
 一刻も追いかけただろうか、かなり上流に来た。あたりは人の気配が無い。風の音だけが、まだ枝ばかりの木々を鳴らしてゆく。それ以外の音が一切無いので、男は却って静けさをひどく感じていた。そこは、神聖な空気があたりを満たしているようだった。
登りがきつく、これ以上速く歩かれては、自分も追いつけないと男が思った時、

「ここじゃよ」

と唐突に翁が言った。先に見た小川はいつの間にか渓流になっていた。翁は、少し上流に生えている大きな木に片手を触れていた。翁の触れている木は、濃い茶に独特のこぶ、横に流れるような筋が入る、桜の木にはよくある木肌であった。傍らに立つ媼も、顔のしわがさらに増えるように笑っている。

「ここは、私たちの宝物なんじゃ」

笑い皺の奥から、そんな媼の声が聞こえた。
 男が右手で額の汗をぬぐい、改めて周りを見渡せば、何本かの大きな桜の木がある。この場所はまだ寒いのか、生き物の姿は無い。静かな、キンと張り詰めた神聖な香りがした。もし本当に、これらの桜の木が、一重で花が先に付きはらはらと雪のように散る種類であれば、

――主上はさぞお喜びであろう――

男は、景王に仕える百官の長、時の冢宰であった。

 媼翁に礼を言おうとした男は、あたりに誰もいないので、はっとした。よくよく目を凝らし周りを確かめれば、少し上の方に小さな祠が見える。一歩一歩渓流に沿って坂を登り、祠のそばへ寄って、とりあえず膝を付き手を合わせる。まつられているのは不思議なことに二つの石でできた人型であった。さらに不思議なことに、その二つの石人形の前には二枚の笹が供えられていた。
男は首をひねる。

――まさか、な――

祠のすぐそばにも一本、大きな桜の木が生えていた。良く見ると、その木には、もうすぐほころびそうなつぼみが、日当たりのよいところ限定ではあるが、いくつか見受けられた。

――今度こそ、主上のお好きな桜を見せて差し上げられるかもしれない――

そう思うと、男の心はまるで若者の様に熱くなった。
 
――あの、媼翁はこの祠に祭られている神であったのだろうか?――

男は思い、自分の仕えている景王を想う。

――神が神を呼ぶのか?――

男はそっと微笑み、帰路に付いた。

あとがき 空さま

2012/03/24(Sat) 00:13 No.64
 「森厳なる」とは「形が整っていて美しい」という意味があるそうです。 「神宝」も、「神が持っている宝」という意味もあるそうです。 故事と照らし合わせたり、深く突っ込んで調べていないので、 間違っていたらどなたか教えてください。
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