「投稿作品集」 「12桜祭」

お祭りの開催、おめでとうございます。 Baelさま

2012/03/24(Sat) 23:59 No.85
 遅ればせながら、2012年の「十二国記」桜祭開催、おめでとうございます。 華やかな皆様方の御作に、 まだ梅が咲き揃わない関東の西の外れでも春の気配を濃厚に感じております。
 未生様、本年も素晴らしいお祭りを開催して頂き、有難うございます。 これから桜前線が進むにつれて、 皆様の御作が咲き誇るのを拝見できると思うと胸が踊る心地にございます。
 その華やかな中に混ぜて頂くのは気が引けますが、 南の桜の開花の便りにぽんと浮かんだお話を投稿させて頂きます。

早桜乙女

Baelさま
2012/03/24(Sat) 23:59 No.86
開きかけた花を抱く桜は、明るい春の陽射しにゆぅらと枝を揺らした。
散るにはまだ早い春の若さ。けれど暖かな空気に、その時がさして遠くないのを知る。
少し俯けば、鳥が啄んだのか。開く前の蕾が一つ二つ。落ちる無惨は、人の想いだ。たとえば、枝についたまま咲かず風に揺らされる蕾を、気楽と人が羨むように。
「……可哀想ねぇ」
それでも落ちた蕾を拾い上げて指先でくるりと回せば、言葉は勝手に零れて落ちた。
呑気な声だわと、自分の耳に呟く。だが、それ以上何か思うより先に「やあ、もう咲いてるなあ」と、さらに呑気に響く声がした。
「利広兄さま?」
「ただいま、文姫。やっぱり奏は暖かいね」
振り返れば、旅支度を解きもしないまま。久方ぶりに会う下の兄が、にこにこ笑っていた。
思わず文姫は呆れた顔をする。
「お帰りなさいませ。って、一年半ぶりに帰ってきての感想がそれなの?」
「そんなに経ってしまったかな? ま、桃花が咲くよりは先に帰ってきただろう」
「今年のお花よりは、でしょ。まったくもう。恭を出てからも随分と寄り道をしたみたいね」
「おやおや、珠晶が教えてしまったのか」
賄賂がわりの土産は渡したのになと、利広は笑いながら言った。文姫は軽く肩をすくめると、「女同士の友情を甘く見ちゃダメよ、兄さま」と真面目くさったふりをして見せた。
「それとこれとは別問題というやつなのよ。それで、供王様へのお土産は買っても、可愛い妹には何もなし?」
「おや何処に可愛い妹が?」
「……兄さま?」
文姫がじろりと睨むと、利広は明るく笑い出した。
「冗談だよ。勿論、お前にも土産はあるさ。時節柄、せっかくだからと慶へ寄ってね。蓬莱桜餅とかいう甘味を買ってきたんだ。母さんに茶をいれてもらって、皆で食べようか」
「蓬莱? あちらのお菓子なの?」
「うん。景女王君にあやかってか、最近、慶の堯天では蓬莱由来のものが人気らしいね。活気があっていい感じだよ」
「それは素敵ね。胎果の方だからかしら。それともお若いから? 慶には、やっぱり勢いがあるみたい」
言いながら、文姫は、ふと小さく溜息を吐いた。
こうして兄が新しい風を告げる。それはいつものことだ。けれど、ふと留まってそれを聞く自分の姿を、不思議に思うことがある。
次から次と花を開く桜のように、幾つもの王が立っては散った。
それなのに、文姫の目に映る世界は、未だ蕾の花のように陰る日を知らない。
だからなのか。たまさかの若い花の便りに、まるで午睡から急に覚まされたような、ぽかんと拍子抜けした気分に襲われた。
ほ、と。また一つ息を吐いたところで我に返り、兄を振り仰ぐ。
だが利広は、文姫を見ずに桜を仰いでいた。
「奏で見る桜も綺麗だけど……次は、文姫も一緒に出かけようか」
「兄さま?」
「慶でね。昨年かかって人気を博した雑劇が、また始まるらしいんだよ。何でも桜精の悲恋物語だそうだ。お前、そういうの好きだろう?」
「ええ、好きだけど」
「何なら、奏からぐるっと範や恭まで、桜を追いかけていくのもいいな」
どうだい、と。全くいつもと変わらぬ笑みを浮かべて言う兄に、文姫は少しだけ首を傾げる。一つ二つ。瞬いてから、やれやれと頭を振った。
「父さま……いえ、母さまね。何か言われたんでしょ?」
確信を込めて言えば、利広は浮かべた笑みを苦笑めいたものに変えた。
「まあね。久しぶりに帰ってきたら、お前が何だか元気がないっていうからさ」
「そこで旅に誘うあたりが、とっても利広兄さまらしいわ」
「そうかな」
「そうだろう」
「利達兄さま」
首を傾げる利広に、背後から呆れたような声がかかった。振り向くと、長兄がやはり呆れたような顔で立っている。
利広が、「やあ」と軽く手を上げてみせた。
「久しぶり、兄さん」
「本当にな。あまりにお前が帰ってこないものだから、最近では顔も思い出せなくなりそうだったぞ」
「もう思い出せただろう? じゃあ、いいじゃないか」
「そういう問題か。大体だな。そんなお前の悪の道に、妹を引きこむな」
「悪はひどい」
「どうだかな。お前のことだ。ぐるっと回って慶で雑劇を見たあたりで我慢がきかなくなり、そのまま戴にでも出かけていきそうだろう」
違うかと問われ、利広はどうだろうねと肩をすくめた。
そんな兄二人の姿を見比べて、文姫は「それで」と割って入った。
「利達兄さまの方は、父さまに何か言われてきたのかしら?」
「まあ、そうだ。お前が何やら思い悩む風に見えるので、話を聞いてやってほしいと」
「……うちの人は、皆してとっても心配性ねえ」
こんなんじゃ、おちおち感傷的になることもできないわ。と、文姫は笑いながら桜を見上げた。
柔らかな青空に映える淡い白は、のんびりと風に揺れて見える。そんな風に、暖かくゆったりと生きている世界。それを享受する自分に抱くほんの微かな罪悪感が、解けて消えて行くようだった。
くすくす笑う文姫の顔を覗き込むようにして、利広が「いいんじゃないか?」とからかうような声をかけてきた。
「そんなもの、お前には似合わないよ」
「あら、ひどい。そんなことを言うのなら、一緒に慶にお出かけしてあげないわよ?」
「雑劇は?」
「利達兄さまと一緒に見に行くもの」
「だ、そうだよ。兄さん」
「いいでしょう? 利達兄さま。お仕事は、みーんな、利広兄さまに片付けてもらいましょうよ」
「ああ、それはいいな」
「……ひどいな、兄さんまで」
わざとらしく顔を顰めた利広を見上げながら、またひとしきり、文姫は笑った。
そんな妹を見下ろす兄達の表情は柔らかい。きっと、お茶の支度をしながらやきもき待っている両親の傍らも温かいだろう。
分かっているから、文姫はにっこりと微笑んでみせた。
「まあ、それじゃ、本当にお仕事を押し付けるかどうかは、利広兄さまのお土産次第ということにしてあげるわ」
「……それはどうも有難う、と言うべきなのかな。私は」
「当たり前じゃないの、兄さま」
仕方なさ気な顔をする利広の手を、行きましょうと引っ張って。利達の袖もついでとばかりに引っ張って、文姫はゆうゆうと歩を進めた。
早春の風はまだほんの少しだけ冷たいけれど、両脇を固める兄達は、妹に風をあてたりしない。さり気なく庇われる蕾のままの自分を知っていて、文姫はそのまま受け入れる。
あとどのくらいの時間、この場所はこうして暖かいままなのだろうと、風に散る花を思うくらい何気なく衝動的に思うこともある。けれど、先駆けて花開く、その責任を負う覚悟もあると分かっていた。
南の国の早い春。
ほころび始めた桜の下で、少女のまま。
そうして、ただ微笑んだ。
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背景画像 瑠璃さま
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