「投稿作品集」 「12桜祭」

再びお邪魔いたします Baelさま

2012/03/30(Fri) 21:09 No.178
 綺麗ですねー。次から次へと載る花に、うっとりしてしまいます。
 自分の身近ではまだまだ蕾が固いですが、このところ一気に暖かくなったため、 白木蓮がほぐれてハラハラ散り始めました。
 もうすぐ桜も咲くかしら、というとことで、お花を待つお話を一つ。 それで何でこの組み合わせなのかは自分でも謎ですが。 そして、景麒が珍しく強気な気がするのもとっても謎ですが……はい。

鮮 華

Baelさま
2012/03/30(Fri) 21:09 No.179
「桜ですよ」
若い男の声が、そう告げた。
夜目に白い花を見上げる景麒にかけられた声は、闊達で躊躇いがない。
近づく気配に気づいていたが、自分に声をかけるとは思っていなかった。やや驚いて振り返ると、王宮の庭には不似合いな旅支度の男が立っていた。
思わず誰何の声を上げようとしてやめる。ここは景麒のよく知る金波宮ではない。奏が王宮、清漢宮だ。
泰麒捜索の折の礼を述べるに訪問し、饗される客人の身。不要な言を慎むべく口を閉ざした無表情な麒麟に向き合い、若い男は軽く吹き出した。
「どうも警戒されているなあ。一応、怪しい者じゃないですよ、景台輔」
「……別に警戒など」
「そうですか? まあ、いいか。ところで、泰台輔捜索の折の御礼言上にいらして頂けたというお話でしたっけ。前回は延王君もいらしていたらしいですが、今回は?」
「今回は私のみです」
言い切ると、成程と頷いた男は、「やっぱり巡り合わせかな」と、小さく呟いた。
「貴方は延王君とお知り合いか」
「さて。どちらでもあり、どちらでもなし。前回も今回も顔を合わせなかったから、“延王君”と知り合う目はないのかもしれないな」
名乗らぬ男の当て物のような物言いに、景麒は首を傾げる。
男は「天の配剤ということですよ」と韜晦する口調で言った。浮かんでいた闊達な笑みが、す、と引く。
「天の」
「麒麟は天意の具現。その御方を前に天の意志を量るは不遜でしたか。然るに、判ぜられるならば教えて頂きたいのですが。……此度の泰台輔帰還に、天の意志はありやなしや、と」
如何でしょうと問う口調は軽い。遠い灯に照らされた面は、それでも穏やかに見えた。
だが、問われた内容に、景麒は一瞬、口篭った。
角と使令を失った戴の麒麟は、片腕を失った将軍と共に戴へ戻った。それは泰麒の意志で覚悟だ。
天は彼を救い、導いたか。おそらく景麒の王ならば、違うと言うだろう。
それでも、景麒は麒麟であって、人ではない。彼の見る世界は、主と異なる。
麒麟は天意の器として王に侍り、国を憂う。泰麒が王を追い、国を負う以上、天の意志は泰麒に宿る。
故に景麒は、あり、と答える。
男は、そうですかと頷いた。
落ち着いた表情は人好きのするものであるが、透徹しながら踏み入らせる隙はない。ふと景麒は、延王が似た表情を浮かべることがあったと思い出す。
似通った印象を景麒に与える男は、「では」と、再び笑んだ。
「よしんば戴が故に慶の桜が枯れても、それは天の意志でしょうか」
「……桜」
男は是と頷き、頭上に咲く白い花を指し示す。
「たとえば奏では先んじて咲く花も、慶ではまだ蕾。咲かぬ桜に吹く大風を、景台輔は是とされますか?」
それが故に蕾のまま花が落ちるとしても、と続けられる。
裏を読む会話は苦手な景麒だが、男の仄めかしは理解出来る。否。分かるように話されているのか。
景麒に分かると知っての言葉選びは、実際の内容以上に挑発的だ。
景麒は首を傾げた。
「貴方は何故、私を怒らせたいのだ」
「どうして、そう思われます?」
「延王君が、よく、その様な言葉選びをなさる」
貴方は似ていると言えば、男は「参ったな」と苦笑した。
「ああいう人に似ているのは、あまり嬉しくないですね。まあ、好奇心の報いと思えば仕方ないか」
くつくつ笑う男の言葉が何処まで真実か。景麒には分からない。だがおそらく、この男は宋王に近くあるのだろうと判断する。
景麒の主は朝の浅い王ながら、戴を救うために幾つもの国を巻き込んで動いた。複数の国が連帯するなど、おそらく過去に例がない。或いはそれは、破戒に近い可能性を秘めていた。
十二の国の内で最長たる奏が、その資質に興味を覚えるのは道理。景王の対たる麒麟を量ろうとするのも同じことだろう。
しかし景麒は、異界に生まれ育った己の王を、未だ正確に理解出来た気がしない。
仕方なく、「慶の桜の咲く時は、私には分かりかねる」と、正直に答えた。
「ただ、我が主上は、私に信ぜよと命じられた。故に私は、いつか咲く慶の桜を信じる」
――お前だけは私を信じていなければならない。
勁い翠の瞳が告げた言葉を、景麒は思い返す。
自身の資質に疑いを抱き、時に衝動的に動く少女。そんな慶の女王は、長らく安政を敷く奏からみれば未だ蕾だろう。咲けぬ桜と呼ばれることに、景女王本人も納得するかもしれない。
それでも、あの紅い髪の少女だけが慶の王だ。
そして未だ幼い彼女だけが、泰麒を救い得た。麒麟の、あるいは天の意思を汲み取り得た。景麒はそう信じる。
故に景麒は、静かな目線を男に向けた。
「南には南の、東には東の花が咲くだろう。夜目に白い南の花には似かよらず、穏やかならぬ激しさで花色を変える。そんな桜があるやもしれぬ。……私の主が懐かしげに語る桜が、白い山桜ではなく異境に咲いた薄紅の桜であるように」
見知らぬ桜を、常世にはない理想を、景麒には掴めぬ夢を、当たり前のように語る女王。彼女だけが、今の景麒の主であるように。
「ならば、大風に似合う桜もあり得るのだろう」
……私は、そう信じる。
景麒の言葉に、男は一瞬だけ笑みを消した。感情の窺い知れぬ深い瞳が、年若な王に仕える若い麒麟を見る。
白い花弁が闇を切るようにはらはらと、男の暗い色の髪に落ちる。それを僅かに払う手が、表情を隠した。見えないまま、くつりと小さく笑う声がした。
「成程? それは確かに、北方の賢君も慶に興味を抱き助力されるかもしれないですね」
「何故」
「そんな花ならば、私も見てみたい」
この世に未だかつてなく、これからもない花ならば、と。告げる男の真意は、相変わらず景麒には読み解けぬ。
ただ、夜の闇に半分隠れた男の表情は、やはり笑って見えた。
その手が素早く何かを投じ、軽い音を立てる。と同時に白い花弁が僅かに散りほぐれて、花枝が一つ、景麒の真上に落ちてきた。思わず受け止めてしまう。
盛りの花は、景麒の手の枝からも、はらはらと夜に散る。
その向こうで、静かな声がした。
「南の白い桜も景台輔にはよくお似合いでいらっしゃる。ですが……いつか見せていただけると嬉しいですね。慶の桜が鮮やかに咲く様を」
花枝を手にした景麒は紫の瞳を静かにあげる。それを落ち着いた所作で受け止めた男は、一礼すると踵を返した。
何処か近くで騎獣の声がしたように思う。
けれど、それも全て夜の中。
景麒は頭上の花と手の中の花を見比べると、小さく一つ、溜息を吐いた。
はらはらと白い花弁が、金の髪の上に散っていた。
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