「投稿作品集」 「12桜祭」

先週末に撮った東京多摩地域の桜です Baelさま

2012/04/13(Fri) 22:56 No.506
先週末に撮った東京多摩地域の桜です
 ここより以西は、まだ咲き初めでした。 ちょっと西に大きな公園があるのですが、今週がちょうど見頃の予定ですね。
 ペデストリアンデッキから仰ぎ見たので、 手の届く位置で揺れるのが青い空と対比して綺麗でございました。
 ……ので、そんなお話を投稿させていただきたく。 原作に死亡表記ないキャラの死去設定苦手な方はご注意下さい。

蒼天白花

Baelさま
2012/04/13(Fri) 22:56 No.507
盛られた土饅頭は、まだ新しい。
その前に蹲った少年は、力のない拳を地に落とした。砂礫混じりの閑地の土は冷え切っている。喉奥で嗚咽を押し殺した少年の頬を濡れた端から凍えさせる風が吹く。そんな時だった。
「そこ! とっとと退いてちょうだい!」
有無を言わさぬ声が、いきなり降ってきた。
続いて何かが迫る気配に、少年は慌てて横へ転がった。間髪を入れず、白い獣の脚が舞い降りる。
危うく騎獣に踏みつけられるところだと気づいた少年は、慌てて頬を拭って立ち上がった。
「危ないじゃないか!」
「うるさいわね。そんなところに寝転がっているからよ」
騎獣から降り立って言い返したのは、まだ幼く見える少女だった。
年の頃ならば、十二、三か。複雑に結い上げられた髪の下。きらきら光る大きな瞳が勝気な色を浮かべて少年を睨んだ。
一瞬、気圧されそうになるが、相手は年下の少女だ。少年は、ぎゅ、と拳を握った。
「寝転がってたわけじゃないし、何で子供一人でこんなとこに」
「あら。そっちだって子供じゃない。それにあたしは一人じゃないわ」
ねえ星彩。と、優しげな表情で、少女は傍らに控えた騎獣の鼻先を撫でた。少年も思わず獣に目をやる。
視線に気づいたのか。少女の騎獣が、感情の窺えない瞳で見返してきた。
明らかに肉食の獣の相に、足が勝手に一歩下がる。
そこで踏みとどまったのは、年若な少女に怯えたところを見られたくないという意地か。
「……高そうな騎獣だな」
「スウグよ。そりゃあ高いけど、星彩は誰にでも懐くような子じゃないから。下手に手を出したら、噛みつかれるわよ」
「俺は盗人じゃない!」
「あら、それは良かったわ」
お互いのためにねと、軽くいなす少女を睨んでみるが、全く気にする様子がない。
華やかな襦裙の裾を無造作に翻し、少女はぐるりと閑地を見回した。
尊大な態度も高直な騎獣もひらひらした襦裙も全て、こんな寂れた里の外れの閑地には似つかわしくない。だが少女は慣れた様子で歩を進めた。
その後を目で追いながら、少年は顔を顰めた。
「何でお前みたいなお嬢さんが、こんなとこ、ウロウロしてるんだよ」
「そのお嬢さんって呼ばれ方、嫌いだわ」
少女はふんとそっぽを向いて冷たく言い返した。
「何でお墓参りに、ぞろぞろ人を引き連れてこなきゃなんないの」
「墓……」
「そう。昔の知り合いのね」
鷹揚に頷く少女は、角度を変えて見やっても、やはり幼い。
そんな子供の言う昔とはいったいいつのことかと思うが、少女は答えない。騎獣に乗せた荷をごそごそ漁ると、取り出した瓶の封を切り、実に無造作にひっくり返した。
途端に、周囲に酒の香りが広がる。
「な……に、やってんだよ!」
「お酒を手向けてるに決まってるじゃない」
馬鹿ね、とでも後ろに付きそうな呆れた口調で、少女は返す。
だが、そうじゃないと、少年は唇を尖らせた。
「何でそんな上物な酒をぶちまけるんだよ」
濁りのない純粋な酒の香は、少年がこれまで知っていたものとは、まるで違う。
そんな贅沢を好む輩が、何故こんなところに埋葬されているのかと不思議に思う。そんな少年の表情を見やった少女は、ふむと首を傾げると、指についた酒をぺろりと舐めた。
「適当に何かいいお酒って言いつけたんだけど、ちょっと良すぎたかしらね。こんなお酒は飲みつけてなかっただろうから、驚かせちゃったかも」
あんたも味見する? と聞かれたが、少年はぶるぶると大きく頭を振った。
下手に口にしたら、この後二度と酒と名がつくものが飲めなくなるのではないかという不吉な予感がしたのだ。
「ったく。お嬢さんって呼ばれたくないって言ったって、とんだお嬢さん育ちじゃないか」
「うるさいわね」
少女は、むうと顔を顰めた。
「何であいつの墓参りで、散々あいつに言われたようなこと、聞かされなきゃならないのかしら」
「そうかよ。……なあ。ここに埋められてるの、どんな奴なんだよ」
少女のぼやく口調が、忌々しげであるものの親しげで。それが向けられる対象に覚えた興味のまま問いかける。
だが少女は「そんなのあんたに関係ないじゃない」と、冷淡に答えた。
「あるよ! 一緒にどんな人埋まってるだろうって。いい人ならいいなって。……そういうの、あるだろ、普通」
「ふうん」
ちらりと少年の前の土饅頭に目を走らせて、少女は興味なさげに頷いた。だが「どなた?」と問う声は、先のものより冷たくない。
「……病で死んだ母ちゃんが。里の奴ら、朱旌だからって。ここに投げるように埋めていきやがって」
「そう」
憎々しげに続けた少年の言葉を聞き流すように頷いた少女は、ついで小首を傾げて「黄朱よ」と呟いた。
「え?」
「ここに埋まってるのはね。朱氏だったわ」
行き倒れて、ここに埋められたと聞いたわと、続けた声は乾いていた。
「徒弟になりたかったのよ、あたし。騎獣が好きだったから。なれなかったから、だったらあたしに仕えなさいと言ったのに、馬鹿って言われたの。で、そのまんま、いなくなっちゃった」
結局、言い返せないままだったのが残念だと、少女は薄く笑った。
その表情がひどく大人びて見えて、少年は瞬いた。
「腹が立ったからね。こうして1年か2年に1回、墓参りに来てるのよ。生きていたら、わざわざ来るなとかって絶対に嫌な顔しただろうから」
仕返しだと淡々と告げる少女の真意は、少年には分からない。だが笑みを含んだままの声は軽やかだと思った。
「亡くなったの、この時期なのか」
「さあ? 知らないわ」
そんなことまで教えてもらわなかったと、少女はあっさり答える。
「でもね。この時期だったらいいなと思うわ」
「何でだ?」
首を傾げる少年を斜めに見て、少女はちょいちょいと手招きした。
少女が酒をぶちまけた辺りからほんの少し横に、平たい石が幾つか転がっている。華やかな襦裙の裾をものともせずそこに腰掛けた少女は、隣に座るよう促した。
「上を見てご覧なさい」
爪の先まで綺麗に整えられた華奢な指が、すいと示す。
自然、ずっと下に落ちていた少年の目も上を向いた。そして息を呑んだ。
――青い。
白にほんのり薄紅の指した、小さな花鞠。がっしりした枝に群れて咲く花が、すぐ頭上で笑うように揺れている。
その花色が、柔らかな空の色を、ますます青く引き立てていた。
「花?」
「桜よ。まあね。ちっぽけな実しかならないし、花の形は簡素だし、色も地味なものよ。……でも、群れて咲き散るこの時期だけは、綺麗」
そうでしょうと問われ、少年は反射的にこくりと頷いた。
閑地に一本、低く枝を広げた樹の幹は、ごつごつ無骨に暗い。白い花も一つだけ取り上げて見れば、ひどく寂しげだ。
けれど仰ぎ見れば、やはり春の空に映える。
「……空が青い」
ぽつりと勝手に言葉が零れた。自分の声を耳にしてから、はたと我に返る。
けれど、当たり前のことを言うなと馬鹿にしてくるかと思った少女は、「そうね」と頷いた。
「あたし、この時期に、ここから見る青い空が、一等好きよ」
「一番?」
「そうよ。……ちなみにね。あたしが自分の好みを教えてあげるなんて、滅多にないわ。感謝してもいいわよ」
「何だよそれ」
どれだけ高飛車な台詞だと、少年は唇を尖らせた。少女は、ふふんと鼻先で笑うばかりだ。
馬鹿馬鹿しくなった少年は黙って空を仰ぐ。
桜に隣り合う空は、何処までも青く遠く。眺めているだけで、心の一部をすぅっと吸い取られる心地がした。
覚えず、眦からほろりと一滴零れる。
慌てて拭って横目で見やるが、少女は何も言わない。ただ稚いばかりの白い頬は、きっぱりと潔く乾いたまま青い空を仰いでいた。
綺麗だと、呟くように思う。
その思いを断ち切るように、少女は不意に目を閉じた。そして、「そろそろ帰らないと」と少年を見ずに言った。
「迎えが来ちゃうわ」
「……やっぱりお嬢さんだよな」
「言ってなさい」
呆れたように返すと、少女はパンと襦裙の裾をはたいて、大人しく控えていた獣に再び騎乗する。しゃんともたげた頭は凛然として近寄りがたい。
少年はじっとその姿を見つめてしまう。
視線に気づいたのか。ふと少年を見下ろした少女は、悪戯っぽい笑みを唇によぎらせた。
「いいこと教えてあげるわ」
「何だよ」
「泣きたいなら上を向いて泣きなさい。青い空が目に染みたんだと言い訳できるから」
「……なっ」
笑う少女を、余計なお世話だと睨んでやる。けれど、やはり一向に気にした様子がない。
仕方なく少年は、「お前はどうなんだよ」と噛みつくような声で言った。
「あたし?」
「お前は泣かないのか」
「馬鹿ね。そんなに毎年泣いてたら、涙なんて干上がっちゃうわ。まあ、稀に干上がらないお人好しもいるけどね」
「は?」
「あんたには関係ない奴の話よ」
「何だよ、それ」
「いずれにせよ、下ばっか向いてたってしょうがないじゃない。上を向けばそれでも、空も花もあるのにね。何より、ここから見る青い空は綺麗よ。あたし、そう言ったでしょ」
勿体ないわと軽く言われ、そんな単純なもんかよと、少年は口の中で言い返す。
だが少女は、少年の反発を軽く鼻で笑い飛ばした。
「単純よ。……少なくとも、それで五十年は保ったわ。で、きっとあと五十年くらいは青い空を綺麗だと思っていられるのよ」
だからあんたも上を向いて御覧なさいよと少女が言い捨てるなり、ふわりと騎獣は空に浮く。
それきり、少女のきらきら光る瞳は空の彼方に消えた。
もう姿も見えない空を見上げた少年は、「何だよ」と再び唇を尖らせた。
「言いたいこと言って。名乗りもしないでさ」
ぼやいてみても、名も知らぬ少女は戻らない。少年は仕方なく、ふてくされた顔で空を見上げた。
白い花が風に揺れて、さわさわと鳴る。
一つ、二つ。舞うような花びらが、少年の額に落ちてきた。
気ままな様が少女に似ていると、ひとひらの花びらを手にした少年が溜息を吐くと、それに乗って花びらは宙に浮いた。
それでも、もう少年の頬に涙はない。
空は青く青く、白い桜が照り映えて散っていた。
感想ログ

背景画像 瑠璃さま
「投稿作品集」 「12桜祭」