「投稿作品集」 「12桜祭」

こちらは先週半ばの写真ですが Baelさま

2012/04/15(Sun) 23:04 No.544
こちらは先週半ばの写真ですが
 ライトアップ→雨……を経て落ち着いた都下の小川の桜。 川面が花びらでいっぱいになっておりました。更にその上から降る桜。 ここの桜は完全に川に向かって咲いておりますので太陽が出ると綺麗なのです。
 連続で大変申しわけございませんが、そんな情景から、 ポンと浮かんだお話を……お休みが終わってしまう前に、 置き去りにして逃げさせていただきたく(笑)

晴桜落花

Baelさま
2012/04/15(Sun) 23:04 No.545
土の香が濃い。しっとり濡れた空気が、肌を心地良く刺激する。陽光を全身に浴びた六太は、満面の笑みを浮かべて大きく伸びをした。
王宮というものは大概、園林含めて豪勢で手がかかっているものだ。だが現在の雁では、王が無駄金を遣うなと五百年前に命じた通り、質実を旨とする。
さすがに南の奏に並ぶと称されるようになってからは、王ではなく側近が気にして、人目に立つところは威儀を整えてきた。だが、少し奥に入ればこの通り。自然のままの下草の中を小川が通る、牧歌的な空間が広がった。
鼻歌混じりに、辛うじて痕跡が残る歩道を渡る。
六太も己の主と同じく華美に興味がない。むしろ素朴な風情が好ましいと、足取りは軽い。
「今度、陽子を連れてきてやんないと」
六太は周囲を見回しながら、隣国の女王を思い浮かべて呟いた。
六太が珍しくも関弓へ降りず王宮の園林をうろついているのは、その女王の対たる景麒の書簡がきっかけだった。
果断な胎果の女王の気持ちが量れぬとの、愚痴とものろけともつかぬ内容が殆どだったが、その中に、陽子がしばしば王宮の外れの寂れた場所へ遊びに行くとあったのだ。
確かに蓬莱生まれには、こっちの王宮はよろず派手だし窮屈だよな。と思いながら外を見れば、ぴかぴかの快晴。昨日は雲海の上に降る稀な雨だったせいか、洗われた緑も鮮やかだ。
こんな日にせせこましく書類と向き合っていちゃ駄目だろうと一人勝手に決めて、六太はぶらり抜け出した。
考えてみれば、追っ手は禁門方面の外界に通じる道を閉ざすだろうし、万が一見つかっても気分転換の軽い散策だとの言い訳が通りやすい。こいつはいいなと、六太の浮かれ気分は続く。
雨に落とされたか。流れの緩い小川に一面、敷かれた桜色が昼の日に眩い。川に向かって咲く桜は極みを越え、その上に更に花びらを降り零す。
金の髪の上に浴びた薄紅の雪を軽く払いながら、もう一歩奥へ踏み入る。
そこはちょうど大きく曲がって、淵のようになっていた。
「……あれ」
ふと、六太の唇から気抜けした声が漏れる。
淵の脇にごろんと転がる大きな岩。その上に、若い男がのんびり腰掛けていた。
「こんなとこで何やってんだよ、尚隆」
「おう、六太か。見ての通りだ」
片手を挙げてみせるのは、六太の主にして、この雁の王だ。
もっとも、ざっくり着崩した粗い織の衣を纏う遊び人風の男を見て、五百年の賢王と見抜ける者は少ない。
その手に握られた手製の竿と先に括りつけられた糸を見やって、六太は首を傾げた。
糸の先は淵に垂らされて、どう見てもこれは、
「釣り?」
「昔、崑崙で軍師が川面に向かい糸を垂れて天下国家を憂いたならば、天は王をその前に顕したというぞ」
「どんな与太話だよ。つーか、こんなとこで魚なんて釣り上げたら、また朱衡に説教くらうぞ」
自分を巻き込むなよと釘を刺せば、男はくつくつ笑った。
「嘘ではないというに」
「そもそも、王はお前だろ」
「ならばせめて、革命を呼ぶ軍師でも現れるかと思ったがな。成程。俺の場合は麒麟が来るか」
「……昼寝の寝言にしちゃ、物騒だな」
六太はくしゃりと顔をしかめた。
男は、それをからりと笑い飛ばす。
「と、朱衡等に捕まったら煙に巻いてやろうと思ったんだが」
お前だと変なところ生真面目でいかんな、と言われ、六太は軽く息を吐く。全身の力がどっと抜けた。
「おいこら、おっさん。おれは一応、麒麟だぞ。ろくでもない冗談飛ばすなよ」
「自分で一応と言うか」
「まぁ? 仕事抜け出してこんなとこで日向ぼっこするような王様、選んじまったのおれだしさぁ」
「そういうお前は、仕事をどうした。靖州侯」
「おれは、まぁ……気分転換?」
「大して変わらんではないか」
呆れたように言う男は「確かに、この陽気に籠もっていては勿体ないが」と、川面に映る桜を見下ろしながら言った。その口元に浮かぶのが安定した力強い笑みなことを確かめてから、六太は、そうだろうと頷いてやる。
「なあ。今年はもう、間に合わないけどさ。来年は、陽子を呼んで花見しようぜ」
「また唐突だな」
「そうでもねえよ。陽子がこんな風に自然な庭が好きだって、景麒が書いて寄越したからさ。それでおれ、下見に来たんだもん」
「成程な」
納得したように頷く男は、容易く先を約さない。
今日に続く明日を迎えることが如何に難いか。数百の年を重ね、幾人もの知り人を見送ればこそ、身に滲みる感覚だ。まして、自国のみならず他国の未来など、軽々に語れるまい。
だが、六太は敢えて「いいじゃねえか」と言い切った。
「こんなとこで、鬱々と釣れない魚のこと考えてるより、来年の宴会の計画練るおれのが、よっぽど生産的だろ」
「……だから、釣りではないと言うに」
やれやれと嘆息してみせながら、男は竿を脇に置いた。
「大体、宴会の何処が生産的かと、帷湍なら言うのではないか?」
「大丈夫。結局はあの辺も、陽子には甘いから。ついでであいつらも混ぜとくか?」
「ふむ。その辺りを出すなら、楽俊も呼んでやるか」
「んじゃ景麒もな。でないと、拗ねるぞきっと」
「せっかく慶から王と宰輔を招くなら、ドカンと派手にしたいが……堅苦しいのは勘弁してもらいたい上に、この風情は壊したくないな。さて、どうしたものか」
考えを纏めるからお前も付き合えと言いながら、男は腰を上げた。
「腹が減っては、良い考えも浮かばん」
「何処に行くんだ」
「関弓に、こことはまた風情が違うが、桜の綺麗な店がある。料理もなかなかだ」
「おれの食えるもんは?」
「あるぞ。……そうか。お前はともかく景麒も来るとなると、宴会の料理も工夫がいるか?」
「おれはともかくって、何だよ」
おれにももう少しは気を遣えと言いながら、六太は歩き出した男の背を追った。
楽しげな姿はもう、淵を覆うように散っていく桜を振り返らない。代わりに六太は。一度だけ振り返った。
春の日差しはうらうらと、人の手に頼らぬ桜は巡る季節を顕すように散っていく。
けれどきっと、来年の桜も綺麗だろう。その下に広がる笑顔を思い浮かべて、六太はにっと唇に笑みを刻むと、再び己の主を追いかけた。
背の高い男の肩にも、髪にも、そして六太の金の髪にも。暖かな日差しと花びらは、等分に降り注いでいた。
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背景画像 瑠璃さま
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