「投稿作品集」 「12桜祭」

地層が深いです ネムさま

2012/04/17(Tue) 23:05 No.587
 先週後半、10年来使用していたパソコンが急遽引退となり、 引継作業に手間取っていました。 これから地層の発掘作業に入りますが、 引退直前のパソで打っていた連鎖妄想を置いていきます。
 さくやさんの「桜だより2012」の“その9 #393”と “その4 #269”の歌から思い浮かんだ話、と言うよりは印象を2つ書き留めました。 両方カップリングです、多分…
2「宵」

歌の情景 2 宵 

ネムさま
2012/04/17(Tue) 23:06 No.588
“散りぬれば 恋ふれどしるし なきものを 今日こそ桜 折らば折りてめ”

 今宵男は急いていた。流れる銀白色の髪が偶さか闇にきらめく様は、狩に走る猛獣を想起させた。
 男は女を求めていた。身内から沸き起こる熱は、男の常の渇きと同じに見えた。人はそれを男の野心とも言った。男も己の内から溢れ出る思いを隠しもせず、そのまま突き進む己に自信を持っていた。
 しかし今宵の熱には哀しみに似たものが混じっていた。その哀しみが男を急がせ、更には相手を握りつぶすほどに掴まなければならない思いへと、男を駆り立てた。しかしまた、その哀しみが男に常にない不安を与え、男はただ歩みを速めていた。

 突如闇が開かれた。
 茂り入った森が終わり、開けた庭には今を盛りとした桜の木が一本。月の光を皓々と浴び、周囲から白く浮かび上がっていた。
 木の下には女が佇んでいた。既に散り始めている白い花弁を、静かな微笑を浮かべ見上げている。常と同じく背筋を伸ばし、けれどもゆったりと散り敷く花を見つめていた。
 男は歩を止め佇んでいた。身内の熱が哀しみの中へ緩やかに溶け、為す術もなく男は女を見つめている。しかし、その哀しみの中に安らぎがたゆたうのを、男は静かに感じていた。

 男の気配に気付いたのか、女が振り向いた。僅かな驚きの後、大きな喜びが女の顔に浮かぶ。しかし闇の入り口から動けない男を訝しみ、気遣わしげに歩みだす。
 暖かな風が吹き、闇の入り口へも花弁を運ぶ。花弁と共に、女の指が柔らかに男の肩に掛かる。男は手折らずとも、花を得たことを知った。

― 了 ―

1 雲へ/ 感想ログ

背景画像 瑠璃さま
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