「投稿作品集」 「12桜祭」

骨太シリアスに挑戦 饒筆さま

2012/04/20(Fri) 12:25 No.651
 こんにちは。饒筆です。お祭りは大盛況ですね! 間もなく20頁!!
 さて、拙作も三品目、骨太なシリアス&尚陽の小咄を献上いたします。
 意気込んで書き始めたものの、ぐだぐだに煮詰まってやっと仕上がりました。 ああ、ギャグ書きには長い苦闘だった・・・。
 舞台は赤楽百五十年、ひと山越えきって苦み走った陽子さんをご覧ください。 拙宅をご存じの御方は、拙宅の設定を全て忘れてくださいね。 (浩瀚の存在感は皆無です・笑)
 ※ 赤楽百五十年の捏造設定です。のっけに戦争シーンがあります。

祝 祭

饒筆さま
2012/04/20(Fri) 12:29 No.652
 勇ましい戦鼓が耳に痛い。天へ轟く鬨の声が王を責める。幾重もの槍列が灼けつく光を弾き、甲冑の海に煌めきが走る。
 高揚など無い。ただ修羅と化し、死力を尽くすのみ。
 鋭い翠瞳で敵陣を射、水禺刀を振り下ろす。無数の軍靴と馬蹄が地響きを立て、荒れた大地を揺るがす――雪崩を打つ東西の陣形。入り乱れ、がむしゃらに殺し合う兵士たち。飛び交う矢。阿鼻叫喚。見渡す限り、何もかもが朱に染まった。
「見事だ」
 右後方に座す延の声で、陽子は我に返る。
 きつく目を閉じ、再び開けば。風景が一変した。
 今、この壇上から見晴らせるのは、麗らかな陽光に溢れた春の野。盛りを迎え一斉に咲き誇る桜の林。そこかしこに張られた色鮮やかな天幕、金銀宝玉の華やかな輝き、御馳走の溢れる宴席に、敬愛と笑みを満面に湛えた臣民たち。贅と慶びを尽くした華麗な祝祭だ。
 陽子は浅い呼吸を整えた。
 夢を、いや過去を視ていた……そう。此処はかつて、赤楽史上最大最悪の戦場だった。
――即位百五十年の記念祝典は、かの決戦の地で行う。
 その勅命に、臣たちは無論反対した。だが。
――この佳き日が数多の犠牲の上に在ることを私は決して忘れないし、皆にも忘れて欲しくない。
 陽子の決意は固く、ならばせめて麗しい季節にと、即位式を行った秋ではなく春に執り行われることとなったのだ。
 僅かな笑みを浮かべ、陽子が延を振り返る。
「これほど穢れの強い土地は誰も耕作しようとしません。でも、兵(つわもの)どもの夢の跡が、枯れた荒野ではあまりにも申し訳ありませんから。せめてもの花向けにと桜を植林しました……鎮魂の祈りが届いていればよいのですが」
 淡々と説明する硬質の声が掠れている。
 延は陽子に目を向けた。
――久しく見ないうちに随分変わったものだ。
「私が王に相応しいとは思えない」と悩む頼りない横顔や、「小松センパ〜イ♪なんか奢ってください!できたら新港か商業権がいいな」(無茶を言うな!だったら多少の敬意は払え!)などとじゃれてきた生意気な面影は、もはや何処にも無い。
 其処に凛と立つのは、満身創痍になりながら苛烈な内戦を制し、この波乱の国に毅然と君臨する武断の女王。神籍に在るその身に傷など見当たらないが、見えぬ古傷が醸し出す凄味は歴戦の猛者を超える。堂々と張った肩が、痛々しいほどに強い。
 延は目を細め、穏やかに笑った。
「この壮観だ。亡き者どもも目を見張っていることだろう」
「ありがとうございます」
 陽子の笑みにほろ苦い影が閃く。再び細身を巡らせ、桜下の祝宴を見渡して――延に背を向けて、ほろりと零す。
「でも、まだ迷うときがあるんです……数え切れぬほど民の命を奪って……そこまでして私が生き残ったことは、果たして正解だったでしょうか?」
 景麒が口を開き――声に出せずに拳を握った。陽子が目線だけで半身を労わる。
 延の返事は明快だ。
「正解も何も。おまえは天命も尽きず此処に居る。それが答えだ」
「そうでしょうか・・・」
 極めて懐疑的な嘆息。延が小さく鼻で笑う。
「また天など信じられぬと愚痴るか?」
「天など信用するなと教えてくださったのは貴方ですが」
「おお、そうだっけな」
 延が上を向いてとぼける。そして、すっきり伸ばした背中を見据えた。
「陽子、助言をやろう。その問いは考えるだけ時間の無駄だ。取り返しのつかぬ後悔に浸るより、『正解だ』と胸を張るために為すべきことを為した方が――そうだな、長生きはできる」
「……確かに」
 陽子が肩を揺らして苦笑する。延王らしい言い方だ。このひとはどんな風に苦悩を乗り越えてきたのだろう。
 壇上に立つ女王へ次々に言祝ぎが寄せられ、讃歌となって広がる。数多の花と数多の笑顔が咲いている。ああ、私の愛しい子供たち――あなたたちの「今」を築いたのは私だけではないのだ。
 遠き日に、また近々に去った、二度と会えない者たちを想う。
「この宴を、あの者たちにも見せてやりたかったな・・・」
「見ているさ」
 現実主義者のキッパリとした断言に、陽子は目を丸くした。
「え?」
「亡き者どもは消えたりせん。此処に居る」
 延は拳で己の胸を叩く。
「俺たちの中で、いつまでも生きている。俺たちの目を介して同じものを見ている。俺たちの耳を使って同じ話を聞いている――だから、慶事は目を見開いて見ろ。吉報は喜んで聞け。笑う時は腹の底から笑え。そうすれば、奴らも喜ぶ」
 虚を突かれた。ただ茫然と延の言葉を繰り返す。
「生きている……見ている? 私の中から?」
「ああ」
 改めてもう一度、晴れやかな祭典の野を見つめる。
 胸中に、じんわりと温かいものが生まれた。
 嗚呼――見ているのか、みんな。この喜ばしい祝祭を。この美しい景色を。どうか見てくれ。私はまだ此処に居る。この全てをおまえたちに捧げるから――これからも永久に私と共に居て欲しい。
 目頭が熱くなる。そしてその熱が一粒、頬を滑り落ちる。涙など、とうに枯れたと思っていた。
 旋風が髪を、袖を、天幕を、そして龍旗を翻す。ざあっ……桜樹が大きく枝を揺らし、祝福の花びらを舞い踊らせる。
 綺麗だ。本当に……ありがとう。
 二王の御座所は声も音も無く静まり返っている。だが、沈黙をこれほど温かいと思ったことはない。
 陽子はその場に立ち尽くし、見えぬ涙を流し続けた。


★おまけ

 そうして、しばらくはおとなしく祝祭の喧騒を聴いていた延だったが。
 ついに、するりと立ち上がった。
「さて。行くか」
「……ええっ。もう帰るんですか?」
 陽子が慌てて引き留める。長い動乱でずいぶん御無沙汰していたのだ。積もる話もあるのに、まだお茶どころか酒も出していない。
 ニヤリ。延が可笑しそうに口を歪める。
「何を言っているんだ。この俺が酒宴に背を向けて帰る訳がなかろう。ほら、陽子。下へ降りるぞ」
「よし、きた!」
 畏まっていることに飽き飽きしていた六太が、ぴょんと跳ねて横へ並ぶ。
 いやいや、ここは堯天の酒楼じゃないのだから。陽子が制止する。
「いくら何でも! 此処に集まった者たちは皆、私たちの顔を知っていますよ!」
 六太が親指を立てる。年季の入った、完璧なウインク。
「別にいいんじゃね? 裸踊りさえやらなきゃ」
「おいおい、六太。水を差すな」
「ホントにやる気かよ!」
 頼むから雁の恥を晒すのはやめてくれ!
 噛みつく麒麟に、はははと笑ってかわす王。陽子の肩から力が抜けた。
「相変わらずですね……」
 景麒が黙したまま、ひとつ頷く。
「なんだ。行かないのか、陽子?」
 延の大きな手が差し出された。
 ハッとして、陽子はその手を凝視する。
 いつもいつも目前に差し出されていた温かな手だ。その度量を知らずに甘えていた日もあった。つまらぬ意地と矜持で撥ね除けた日もあった。そして独りで闘って、やっと身に沁みた――彼の偉大さとその手の温もりを。
 居住まいを正す。万感を込めて彼の名を呼んだ。
「尚隆殿」
「なんだ?」
「一度は振り払った貴方の手……今、もう一度取りたいなんて言うのは虫が良過ぎますか?」
 見栄も虚飾も捨てて、まっすぐに目を見上げる。
 尚隆が相好を崩す。
「構わんさ。丁度、無間地獄の道連れを探していたところだ。ただ……」
 ひたと据えられた強い視線。挑発的な手招き。
「この手を取れば、容易く倒れることは許さんぞ。地獄の果てまで連れ立ってもらう。覚悟はいいか?」
「望むところです」
 パン! 陽子は音をたてて大きな手を掴む。そして強く握って、華と笑う。
「どうせ引き返せないのだから、這い蹲ってでも生き永らえて、全ての終焉を見届けてやりますよ。もちろん貴方も看取ってあげますからご安心を」
「よくぞ言った」
 手を引かれ、広い胸に包み込まれた。がっしりした肩に額を預けて、そっと安堵の息を吐く。
 過去も未来も生者も死者も、全てを背負わねばならぬこの身は重くて息もできないが。頼もしい連れが居るなら、果てしない未来へ倦まず歩んで行けるだろうか。

 卓上に置き去りにされた王冠が二つ、並んで陽を浴び輝いている。吹いては去る旋風が、幾度も花弁の祝福を降り注いでいった。

<了>
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