「投稿作品集」 「12桜祭」

感想にかえて・・・ griffonさま

2012/04/22(Sun) 16:13 No.692
 #683 大葉鉄男様作 「花舞」
 #652 饒筆様作   「祝祭」
 この二作への連鎖妄想です。僕の中で勝手にこの二作を結びつけてしまってます。 「祝祭」の後、この桜の園で舞う陽子さんを描いたのが、「花舞」と言う設定です。
 一応、尚×陽と言うことに。 作品傾向としては・・・サクサクシリアル(笑)ではなくて・・・ どうかなちょっぴりシリアス・・・になってると良いのですが。 文字数は、1100文字ほどのほんの短いものです。

griffonさま
2012/04/22(Sun) 16:14 No.693
 満月が煌々と照らす桜林。先ほどまでの宴とは、打って変わり静寂さだけに包まれていた。

 ――人の気配の失せた広大な桜林とは、これほどまでに不気味で美しいのか。尚隆は両手を腰にやり、同じところに立ったまま、ゆっくりと何度も身躯ごと巡らせ、月下の桜林を眺めていた。不思議な事に一周巡って元々正面にあったはずの桜に正対したはずなだが、一周前とは印象が違う。初めは何ぞの呪でもかかっているかとも思ったが、その気配はない。在るのは長く王である者にしか判らないと勝手に尚隆が思っている強い念。直接間接を問わず自らが殺めた命。王であるが故に背負うべき死者達の想い。王のために。自分の信じる正義のために。家族のために。果たせた想いも果たせぬ想いも。

「未だ少し、強すぎるか」
 尚隆は空間の揺らぎとして可視出来るほどの念に、船酔いのような気持ち悪さを感じていた。

 数周身躯を巡らせた後、尚隆は歩を進めた。辺りの桜を眺めながら、まっすぐに歩いた。何か目的があるはずも無いのだが、宴壇のあった場所からのんびりと歩いて半刻ほど後、尚隆は一本の桜の下で止まった。

 尚隆の視線の先には、月光に照らし出され、晴天に浮かぶ雲のように白く輝く桜の花々があった。その方向から、剣が空を斬る独特の鋭い音が、幽かに聞こえて来ていた。桜の雲の下には、上等の絹で仕立てられた軽そうないでたちの天女が舞っていた。片足を軸に回るたびに裾や袖が円を描き、腕と足首に着けられた金属の輪が月光を反射して煌きながら残像を残して円を描く。重力に逆らうかのように浮いたかと思うと、地面に吸い込まれるように身体を伏せつつ舞う。結いあげられた紅い髪が解れるのもそのままに、尚隆も見たことの無い套路を描いて舞う。手首を返す度に、剣先が空を斬る。空を斬るたびに天女の廻りの空間にある澱みが晴れていくような、剣の煌きの美しさに尚隆は動けずにいた。

 どのくらい桜の木の下に立っていただろうか。天女は崩れるように両膝をつき、剣先を地面にたてるとその柄を支えに背中を激しく波打たせる。額から汗が滴り落ち、地面に吸い込まれる。

 ――なるほど。こう言う形の社稷と言うのもあるのか
 桜林に立った時に感じた、船酔いのような空間の揺らぎの気持ち悪さが、今は感じられない。

 声をかけようかと開きかけた口唇を硬く結びなおし、尚隆は天女に背を向けた。身躯を少し屈め、腰につけた刀の鍔を切る。頭上で鋭く回して鞘に戻した。屈めていた身躯を伸ばし、柄を握っていた右手を胸の前に翳した。

 翳した右の手のひらに桜の小枝が一本、落ちてきた。先に一つだけ可憐な紅色の鞠のような花を付けて。その枝を銜えた尚隆は、もと来た道をゆっくりと戻って行った。

感想ログ

背景画像 瑠璃さま
「投稿作品集」 「12桜祭」