「投稿作品集」 「12桜祭」

今年の桜は本当にせわしないですね  Baelさま

2012/05/03(Thu) 01:17 No.831
今年の桜は本当にせわしないですね
 旭川では開花の6時間後にはもう満開とか、ニュースでやっておりましたね。 せっかくの春ですので、もう少しのんびりしてくれてもいいような気がいたします。
 そんなのんびり感に頭を占拠されたらしく、 楽俊がいない→書きたいなーとなったら、またも謎の組み合わせとなりました。
 ついでに何故だかお酒も投入させて頂きます。 一応、イメージしたのは「桜ほの香」。
 あ、ちなみに俳句は芭蕉です。

桜仄香

Baelさま
2012/05/03(Thu) 01:17 No.832
「こりゃ美事だな」
なあ、と。楽俊は、たまに笑みを向けた。
青い空を背景に流れるように枝垂れる花色。何処か放埒にも見えるのは、人の手を介さぬ山の木だからか。
雁で有名な枝垂れであれば、手入れをされて大きく広がる枝ぶりが、もっと洗練されて流麗であろう。
だがこれはこれで悪くないと、楽俊は手綱を適当な枝に結んで樹の下に立った。
大学の休みにあわせ、他国を見て回ってはどうだと馴染みの麒麟に声をかけられ、やってきたのは西の範。雁ではまだ寒いが、こちらでは花の季節は今こそ盛りのようだ。
しかし、華やいだ姿を愛でるのは楽俊一人。少々勿体ない気がするのは誰かに染まったせいだろうかと、楽俊は少し考える。
巧に生まれた楽俊にとって、桜は見慣れた春の花だ。海客を厭う国だが、慶の次に流れ着き易い位置にある。生き延びた者が伝えたのだろう。そこここに植えられ、愛でる人も多い。
次いで住まうようになった雁など、王が率先して花見に興じると噂される隆盛。やがてそこに慶が続くのだろうと思えば、なおのこと親しみを感じた。
「けど、範は西の国だしな」
海客よりも山客に絡む逸話が多いと聞く。やはり花を愛でるにも違いがあるのだろうか。
僅かに考えこむ楽俊を、たまが鼻先でついた。それに笑いかけてから、楽俊は荷の中から玉を取り出してやる。ついでに昨夜の宿で作ってもらった弁当と矢立てを取り出すと、桜の下にちょこんと腰掛けた。どうせならここで一休みをしていこうと決める。
その前にと、思いついたことを帳面に軽く書き付けた。
騎獣を貸してくれた雁の二人からすれば既知のことかもしれないが、常世には慣れぬ胎果の友人には興味深いことかもしれないと思ったのだ。或いは彼女が範を訪れることもあるだろう。その時に、この桜の場所を知りたがったりするかもしれない。
そんなことを考えていたからだろうか。
不意に風でなく桜の枝を揺らして現れた人影を見て、楽俊は「陽子?」と、思わず呼んでいた。
慶の国主である少女が、こんなところにいる筈もない。
だが、鮮やかな紅色の髪に翠の瞳は、親しい友人にあまりにもよく似て見えた。
現れた少女は、呼びかけられた名前に不思議そうに小首を傾げた。まるで小鳥のように可憐に上品な仕草。その身に纏う淡い色の衣とあいまって、とても愛らしく映る。
楽俊は、ぱちくりと黒く丸い目を瞬いた。そんな楽俊にもう一度首を傾げてから、少女は「だぁれ?」と問うた。
「……すいません。友人と間違えちまいました」
楽俊の顔を真っ直ぐに見てくる翠の瞳。それを見た途端、自然と言葉が零れた。
ああ、違う、と。意識するまでもなく理解する。
現れた少女の瞳に宿る光は、大切な友人の持つ真摯に生真面目なものとは、あまりにも異なる。姿が同じでも、それでは彼女にはなり得ない。
ぺこりと頭を下げる楽俊に、少女は「まあ」と手で唇を覆うようにして呟いた。その背に、もう一つ別の声がかかる。
「どうかしたかえ、梨雪」
「このねずみさんに、“陽子”と呼びかけられたんですわ」
振り返りながら少女が告げる。現れた背の高い女は、その言葉に「ほう」と感心したように呟いた。否。それは艶やかな女の衣を纏った男だ。楽俊は、再びぱちくりと目を丸くする。
だが男は、そんな反応には慣れているのか。さして気にした風もなく手にした扇を軽く振った。
「それで頭を下げたと? 気にすることはない。うちの嬌娘は、よく知り人に間違われるのじゃ」
「はあ」
こんな鮮やかな色彩を持つ少女が、そんなにあちこちにいるものだろうかと楽俊は首を傾げるが、女性の格好をした男も少女も、それきり間違われたことには拘らないようだ。仕方なく、「成程」と大人しく頷いた。
満足気に頷き返した男は、「それよりも」と話を変えた。
「何処から来られたのかえ?」
「雁からです。おいら学生なんで、休みに範の優れたところを見て回ろうと思って」
「ほう。それは優秀な上に真面目なことじゃの」
「いえ、物見遊山がてらなんで、真面目なんてとんでもない。ここを通りかかったら美事な桜があるもんで、のんびり足を止めちまってたくらいですし」
綺麗ですねと言えば、「桜が好きなの?」と、少女の方が不思議そうに首を傾げた。
楽俊は、こくりと頷いてやる。
「でも、範ではあまり好まれないみたいですね」
「範で春の花といえば梅か桃だろうね。したが、雁では春の花として人気が高いと聞くの。もっとも、私の好みからすると地味すぎてどうにも愛で難いのじゃが」
「ええ。だって香りも大してないでしょう? つまらないわ」
「そんなこともないですよ」
友人とそっくりな少女の顔で唇をとがらせるように言われ、楽俊は思わず大きく頭を振った。
「おいら、ちょうどいいもの持ってます」
言うと、楽俊はたまの背の荷物の中から、華奢な一本の瓶を取り出した。
範にやってくる前、慶にほんのちょっとだけ立ち寄った際、是非に持って行けと半ば押しつけられるように渡されたものだ。
愛らしい桃色の酒の色に、自分にはあまり似合わぬと思って仕舞ったままだった。それを取り出し、ついでに持っていた小さな盃も出すと「如何です?」と勧めた。
「桜の香りがする梅の酒です。間違いの詫びも含めて、一杯」
「まあ、綺麗! まるでこの花の色みたいね?」
頂きましょうよと、好奇心溢れた表情を浮かべた少女が男を仰いで言う。男は優しげにそんな少女の頭を撫でると、「そうだね」と頷いた。
「桜の香りの梅の酒とは、また珍しい」
春に春を重ねているのかえ、と。男は、女物の艶やかな衣に負けぬ美しい顔をほころばせた。
「したが、盃は持っておるよ。私達も春を肴にゆっくりするつもりだったからねえ」
梨雪、と字を呼ばれ、少女が「はい」と何処からともなく大きな瓶と対になった繊細な細工の盃を取り出した。
「頂くばかりでは申し訳ない。どうせならばここで桜を肴に酒宴と洒落込むのもよかろうよ」
どうじゃ、と。畳み掛けるように言われ、楽俊は呑まれるようにこくりと頷くと、男の差し出してきた盃に自らの酒を注いだ。
「どうぞ」
「良い香りじゃ」
「それに、本当にお酒が桜の色なのねえ。あたし、最初は、瓶の色なんじゃないかと思ったのに」
口元に寄せた盃から香りを楽しんで飲み干す男の隣。注がれた酒をまだ高い日にかざすようにして、少女が楽しげに微笑む。
無邪気な様は、纏う衣や表情の差異をおいても、やはり友人に似ている。
楽俊はこりこりと頬を掻くと、もう少しどうかと二人に勧めた。
「酒精は弱いが、深みのある味じゃの。さっぱりとしていて、うちの嬌娘でも飲みやすい。のう、梨雪」
「ええ、とっても美味しいですわ。これは、雁のお酒?」
「いえ、慶です。おいらの友人が、別の友人と一緒になって考えたとかで」
蓬莱では、桜の葉や花はあちこちに用いられるという。そんな記憶を持つ胎果の少女にしてみると、花を愛でるだけの常世の春は、いかにも物足りなかったらしい。
どうせだったら他所の国へ売りに出せるものがいいよね、と。友人がそんなことを言い出したのは去年だったか一昨年だったか。
楽俊もよく知る元公主をはじめとして、友人の右腕左腕、あちこちの力をかき集めて出来上がった試作品だと、この瓶を渡された。この酒をもって今年の春にも雁の市場へ殴りこみだと笑ってみせた少女の顔は、春の日差しのように晴れやかだった。
そんな彼女から貰った酒を、喜んで一緒に飲んでもらえるなら、楽俊も嬉しい。
……ついでに、と。ちょろりと出た欲を見通すような目で、男がくつりと笑った。
「この酒ならば確かに、桜を好まぬ範に持ってきても売れるだろうねぇ」
「あら、素敵。そうしたらあたし、いっぱい買いに行きますわ」
「ほら、うちの嬌娘もこう言っておる」
試飲したで、そなたの友人には是非、範にも売り込みにきておくれと伝えてくれぬか、と。笑いながら言われ、楽俊はぺこりと頭を下げた。
「すみません、勝手に試すようなことをしちまって」
「構わぬよ。それで美味なる酒が頂けたのじゃ。こうして酒と共に改めて見上げれば、桜もこれはこれで美しい。……そうだね。この華やかすぎず軽やかにゆかしい香りは、まだ若いながらも伸びゆくであろう新しい国に似合うだろうね」
ならば慶の酒に似つかわしいと、優雅に盃を傾ける男は、うっすらと笑みを浮かべていた。
「これが雁では風情がなく派手やかなばかりでいけないが」
「本当に。それに、この愛らしさは、やはり女王の国に似合いますわ」
くすくすと、盃を両手に持って、少女は唱和するように笑った。そうだねと、男はまた頷く。
「そなた。きっとそなたが名を呼んだ友もまた、この桜のように、或いは酒のように。若々しくあろう?」
「……はい」
問いに力強く楽俊が頷くと、ならば、と。男は美しい笑みを浮かべたまま続けた。
「それは必ず範に受け入れられるであろうよ」
「ええ、本当に」
くすくすと互いに笑みを浮かべ合う美しい一対。桜の作る空間の下で、酒を揺らしながらのその光景に、楽俊は、再度飲まれるようにこっくりと頷く。
艶やかな衣を纏う身分の高そうな姿とはいえ、彼等の言葉が範の全てを表すかどうかは分からない。けれど、楽俊にとっての友人を正しく評する言葉に、これならばと思ったのだ。
きっと、範は、陽子を。……陽子の生み出すものを、受け入れてくれる。
「じゃ、是非とも頑張って範に売りに行けって、おいらの友達にはちゃんと言っておきますよ」
「そうしてくれるかの?」
「勿論」
「それは楽しみじゃの」
「楽しみですわね」
心地良く響く男の笑い声に少女の軽やかな声がかぶる。それを聞きながら、楽俊もまた、桜の香りの酒を飲み干した。
範より遥か東の国。そこで精一杯頑張る少女の姿を、見上げた桜と香る酒に思い浮かべる。
そんな風に、春を楽しむのも悪くない。
楽俊は、満足気に髭を揺らすと、黒い瞳を細めて溜息を吐いた。


 ――扇子にて酒くむ花の木陰かな――
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