「投稿作品集」 「12桜祭」

桜の精 griffonさま

2012/05/06(Sun) 01:29 No.874
 #799 senju様作「花雲」への連鎖妄想です。
 花雲のイラストを見つつ、みなさんのコメントを読んでて思いついたものです。 もうチョイ、ネかせて熟成をとも思ったのですが、 そんなことしてるとたぶん来年(笑)の桜祭になっちゃいそうなので(^_^;)

桜の精

griffonさま
2012/05/06(Sun) 01:30 No.875
 こんもりとした丘の頂上に、一本の桜の古木が立っていた。この桜の木以外には、背の高い木が無いため、遠目からもはっきりと、その淡い桜色を被った古木は見ることが出来た。下から三分の二程の辺りは特に枝が密集しているため、花が塊のようになっている。下からは見えないのだが、その塊のなかに、大きな瘤があった。
 その瘤に背を預け、少年が座っていた。華奢な身体に質素な袍と背子を纏っていた。頭は、生成りの布で覆われていた。ゆったりと寛いだ風の少年の右手の小さな枝には、履が引っ掛けられていた。裸足になった左足を目の前に伸びた太い枝に乗せ、同じく裸足の右足は、所在無げに膝から下をぶらぶらとさせていた。
「あいつ。今頃何してるかなぁ」
 目の前をゆっくりと風に乗って舞い降りて行く花弁を眺めながら、少年は呟いた。呟いた少年の鼻の頭に、一片の花弁が乗った。少年は、その花弁を落とさないように、揺らせていた右足の動きを止めた。
「おおじぃじ。この桜か」
 桜の根元で声がした。
「おう。そうじゃとも」
 のんびりと答えた老人は、桜の幹に抱かれるように埋もれている石の祠の前に立ち止まった。足元の岩に腰掛けると、長い溜息を吐いた。老人に「おおじぃじ」と声をかけた少年は、腰に付けていた手巾を老人に渡した。
 桜の枝に載っていた少年の鼻に乗った花弁が風に乗り、舞いながら上っていった。
「桜の精。いないね」
「どうかの。じゃが約束したからの。いつかまた逢えるじゃろうて」


 わしがまだ、おまえの姉くらいの歳の頃の話よ。その年にな、大戦《おおいくさ》があってな。元州侯と主上が……まぁ、喧嘩したんじゃ。最後に駄々をこねた元州侯が堤を切ろうとしてな。それを防ごうとして、わしのおとうも戦った。じゃが、所詮は素人よ。州師に殺されてしもうた。おとう以外に身寄りのなかったわしは、大戦《おおいくさ》のあと、この桜の木の下で啼いとった。その時に、桜の精に逢ったんじゃ。
 わしがその桜の精に、なんでおとうが死なねばならんのかと……八つ当たりしたんじゃな。そしたらその桜の精が、すまんと言ったんじゃ。泣きながらの。桜の精が悪いわけじゃなかろうにな。泣きながら、わしに言ったんじゃ。
――おまえが、おまえの子供らが幸せに暮らせる国を返してくれる奴を選んだ。だからもうちょっと待ってくれ、な。ごめんな。ほんとにごめんな……とな。
 そのあと、里家に預けられたわしは、一生懸命がんばって、少学にも行った。主上から貰うた畑も耕して、まっとうに暮らせるようにもなった。結婚もして、天帝から子も貰えた。それまで忘れとったんじゃが、おまえのじぃじをわしがもいだ時に、ふっと思い出したんじゃ。桜の精との約束をの。


「おおじぃじ。桜の精とどんな約束したんだ」
「これじゃ」
 老人は、少年が背負っていた布の包みを受け取ると、膝の上に抱えるように乗せた。
 布を取ると、中から白木の五段重が出てきた。五段重の上には竹の皮の包みも乗っていた。竹の皮の包みを開くと、中身は背負っていた少年の握り拳ほどもある桜餅だった。五段重の中身も同じもので、一段に十個ずつ入っていた。
「普通に暮らせる国を返せたら、腹一杯桜餅を食わせろと言われてな」
 少年は大きく目を見開き、何かを言おうと息を吸ったが、言うべき言葉を見出せずにそのまま溜息となって吸った息は漏れた。老人は、五段重を祠の前に置くと、竹の皮のなかの桜餅を一つ、少年に渡した。
ふたりして祠に背を向け、桜餅をひとつずつ食べた。そのふたりが背を向けた祠の前に置かれた白木の五段重を貫くように、尖った爪を持ち羽毛の生えた腕が一瞬、淡く浮かんで消えた。

−了−
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