花 蓋
griffonさま
2012/05/12(Sat) 08:35 No.966
捨身木より産まれ落ちてより今まで、自分以外の者の発する重い溜息の音を初めて聞いたような気がした。
「ほんに景台輔は言葉が足らぬ」
蓬山の主は、蓬山公の在るうちは若い麒麟ではあるのだが、現在は不在だ。実質蓬山を取り仕切る目の前の女性が今の主と言えるだろう。
蓬山は他の場所とは違い、季節感に乏しい。百花繚乱を地で行くような園林には、色とりどりの様々な花が咲き乱れている。玉葉は景麒から視線を外すと、ふと露台の手摺に目をやった。手摺の上には桜の花が乗っていた。普通この種の桜は花弁となって散るのだが、何かの加減で花ごと落ちたのだろうか。桜の花よりもほんの少し鮮やかな色合いに塗られた爪先で、その桜の花を摘み上げた。
「稚い泰台輔をお泣かせするとはの」
そう言うと、摘み上げた花を、景麒の口に蓋でもするように銜えさせた。
−了−