「投稿作品集」 「12桜祭」

わたくしもラスト投稿です〜 饒筆さま

2012/05/18(Fri) 12:47 No.1032
 こんにちは。私も最後の投稿に参りました。 コメントではまだまだ踊り続けますよ!
 開花前に祥瓊を泣かせてから約二ヶ月、泣かしっぱなしで終わるのは不憫なので、 ちょっとは明るい未来を予感させてあげたいなあと思って書きました。
 No.11拙作「薄紅の涙」の後日譚でございます。 しかし、前作を未読でもたぶんわかります。
 そして、二ヶ月が経過して見事な葉桜になってしまったので、 小道具に頼ってみました・・・ズルイですかねえ(汗) 一応、発想ネタ元は下記の歌です。

わが恋の如く悲しやさくら貝 かたひらのみのさみしくありて ――八洲秀章

※桓タイは性別を超えた同志(だと思われている)状況から出発!  さぁて、此処から大逆転を狙いますよ!(笑)

このかたひらを取りにおいで

饒筆さま
2012/05/18(Fri) 12:50 No.1033
 いっそう輝きを増した日射しを浴び、柔らかな若葉が青々と茂る。薫風が吹きわたる桜園の真ん中で、桓タイは後頭部をがしがし掻いた。
「あーあ。すっかり葉桜かあ〜」(がっかり)
「だからもう残っていないって言ったでしょ」
 祥瓊が呆れて言い返す。
 大規模な治水工事や湾岸整備が立てこむ今春。各州師ばかりでなく禁軍もそれぞれの現場に駆り出され、当然、桓タイも出張に次ぐ出張でほとんど金波宮には居なかった。
 だから、「やっと帰ったよ」と真っ先に声をかけられて、祥瓊も嬉しくなって。ちょっと立ち話のつもりで席を外したのに――「桜が見たい。八重ならまだあるかもしれないだろ?」とごねられて、ついにこんな外苑まで連れ立って来てしまった。
 がっしりと張った肩が落ちる。
「俺も見たかったなあ、今年の桜。結局、宴会にも出てないし」
「お仕事を頑張っていたんだから仕方ないわ。お疲れさま。きっと陽子が労ってくれるわよ」
「祥瓊は労ってくれないのか」
「今、労ってあげているじゃないの」
 大きな背中をパンと叩けば、桓タイは「それが労いか」と拗ねてから破顔した。
「まあ、祥瓊が元気そうだからいいか。なによりだ」
 桓タイの明るい双眸に、たおやかな乙女が映る。満面に広がる笑顔はおおらかで、見る者の心を温めてくれる……でも、今は眩しすぎる。
「うん。まあ元気よ」
 祥瓊は短く頷いて、目を泳がせた。
「で、どうだったんだ? 返事は何て?」
「返事? 何の話?」
「月渓殿に桜と文を送ったんだろう?」
「確かに送ったわ」
 俯いて、半ば逃げるように身を捻った。
「でも、返事は来ないの……何も音沙汰無し。きっと、馬鹿な申し出に呆れたんだわ」
 紺青の髪がさらりと滑り落ちて、情けない顔を隠してくれた。
「まさか」
 桓タイの声も硬くなる。
「月渓殿は話のわからぬ御仁じゃない。祥瓊の真剣な想いは伝わったはずだ。大丈夫、ちゃんと受け止めてくださっているさ」
「そうかしら」
 ぽつりと弱音を漏らせば。大きな手がそうっと、祥瓊の頭に乗った。
「そうに違いないって……元気出せよ」
 ぽんぽんと優しく叩く様は、まるで子供をあやすようで。祥瓊は半ば泣き笑いのまま、
「やめてよ」
 その手をやんわり払った。桓タイが詫びる。
「辛いことを訊いて悪かった」
「謝らなくていいわよ。どうせ桓タイに嘘は吐けないんだから……あなたが聞かなくても、きっと私から愚痴っていたわ」
 虚勢を張って振り返る。固く引き結んだ唇が、小さく笑みの形を作った。桓タイの眉が下がる。
「無理に笑うなよ」
 そのまま黙り込んで――互いの苦い吐息がぶつかって落ちた。
 葉ばかりの桜たちがざわざわ騒ぐ。
「おお!」突然桓タイが唸り、懐へ手を入れた。
「そうだ。祥瓊に土産があるんだった」
 こちらを気遣う微笑に、祥瓊も形ばかり綺麗な笑みをみせる。
 ほら。手を出すように促され、掌を広げれば、しゃらりと音が鳴った。掌上に落ちてきたのは淡い紅の花。
「桜?」
 祥瓊が目を丸くする。それにしては随分硬くて不自然だ。
「ああ!この花びらは貝なのね!」
 よく見れば、愛らしい淡紅の貝殻を五枚、丁寧に結び合わせて花に仕立ててある。金具の形からして耳飾りだろうか。
「綺麗な色……」
「あれ?知らないのか。桜貝っていうんだ。そのまんまの色だろ?」
 桓タイが胸を張った。
「いつまでも散らない桜だ。結構洒落ていないか? ひと目見て気に入ったんだ」
「ありがとう、桓タイ。本当、桓タイにしては趣味が良いわ」
「俺にしてはって、ひどい言い種だな」
「過去のひどい贈り物を思い出せばわかるでしょ? ねえ。でも、これ、耳飾りなのに片方だけ?」
「もう片方は俺が持っている」
「え?」
 桓タイが懐から片割れを取り出す。
「桜貝は二枚貝で、ひとつひとつ形が違うのさ。だから同じ貝じゃないと、ぴったり一つには合わない。ほらな」
 桓タイは祥瓊の掌上の耳飾りを取り上げ、二つを組み合わせた。双方が正位置なら、貝の桜はぴったり寄り添う。が、ひとつずらせば決して合わない。
 それを見せた後、また、わざわざ片方だけ祥瓊に返した。
「だーかーら。こっちは俺が預かっておく」
「どうして?」
 祥瓊が眉根を寄せる。桓タイはずいと顔を寄せて、顰めた柳眉の下の紫紺の瞳を覗き込んだ。
「遠い空を見つめている祥瓊は凄く綺麗だ。だが、俺はやっぱり笑った顔が一番だと思うから――なあ祥瓊。祥瓊にはいつも心から笑っていて欲しいって思う奴が此処に居るんだってこと、憶えておいてくれよ」
 紫紺の目が開く。桓タイはダメ押しの笑顔を見せて、さっさと背を向けた。
「じゃ。俺、閣下にも主上にも報告があるんで。そろそろ行くわ」
 右手を上げて、「またなー」と気楽な挨拶。ど、どういうことよ? 混乱する祥瓊が広い背に向かって叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待って! 結局……これ、どうしたらいいのよ?!」
 片方だけの耳飾りを掴んで突き出す。桓タイは顔だけ振り返り、ニヤリと笑った。
「もう片方が欲しいなら、取りに来いよ――俺のところへ」
 わざと自分の貝桜を揺らしてみせる。おおらかな笑みは変わらないが、祥瓊を射るその眼差しの、なんて強いことだろう。
 思わず息を呑んで、足が竦む。何よ、その眼。
 祥瓊が返答に窮す様子を見、桓タイはついに吹き出し、不器用に片目を瞑った。
「気長に待っているよ」
 呑気に右手をひらひら振って、大股で歩き出す。
 遠ざかる後ろ姿が、何故かひとまわり大きく頼もしく見えた。
 祥瓊はしばし呆然と彼を見送って……独りつぶやく。
「でも……そんなこと、いきなり言われたって……」
 爽やかな風が髪を撫で、青葉を鳴らす。舞い散る花弁はもう、ひとひらも無い。
 祥瓊はもう一度手を開いて、残されたかたひらの桜に目を向けた。

<了>
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