「投稿作品集」 「12桜祭」

お祭りももう終わってしまうのですね  Baelさま

2012/05/19(Sat) 14:30 No.1060
お祭りももう終わってしまうのですね
 我が家のあたりでは桜の若葉も濃くなって、躑躅も終わり薔薇が咲き、 ここ何日か夏日と熱中症が話題となっております。 寂しい限りでございますが、やはり儚く散って惜しまれてこその桜なのでしょうね。
 ですが、こちらのお祭り会場の華やかさは儚さとは無縁。 未だ美しい花々を拝見することが出来て嬉しゅうございます。 そんなわけで、その華やかさの中の最後の一踊り?  に混ぜて頂きたいとやって参りました。
 少々、NO.11の饒筆様の「薄紅の涙」とネタかぶりしておりますが 温かく見逃して頂きましたので、そのままGO! しております。
 なお、引用の詩は新川和江さんの「ふゆのさくら」です。 ……いえ、季節的には最早、初夏なんですけどね、はい(笑)
 枝垂れの桃も少し時期的には遅すぎ。どんな花かというと、 ←な花なわけですが。個人的には祥瓊のイメージかなということで、使ってみました。 そして、陽子さんのお相手は、 どうぞ皆様お好みの方を思い浮かべてみて下さいませ。。。

ふゆのさくら

Baelさま
2012/05/19(Sat) 14:30 No.1061
「陽子」
祥瓊が呼びかけると、紅髪の少女は虚を衝かれた顔をして振り返った。
動きに合わせ、彼女の髪に積もっていた薄紅の花びらが散った。紅の糸から舞う花の白さが、深まりゆく春にもかかわらず雪を想起させた。
祥瓊はひらひらと目の前をよぎる花びらをひとつ戯れに掴んで、陽子の傍らまで歩み寄った。
だが陽子は、相手が祥瓊と知ると曖昧に頷いて、また視線を上空へ彷徨わせる。
常は闊達な友人にも似合わぬ態度に、祥瓊は柳眉をひそめた。
「どうかしたの?」
「祥瓊は、おままごとって、したことある?」
「おままごと? あるわよ」
唐突な問いに小首を傾げて答えれば、陽子は「ふぅん」と頷いた。
「こちらだと、婚姻があまり重要視されないって聞いたからさ。子供も、そんな遊びはしないのかと思ったんだけど」
異郷育ちの女王は、「そうでもないんだな」と呟いた。そんな彼女に、祥瓊は淡く笑んでみせた。
「子供って、親を真似て育つものでしょう?」
「ああ、そうか。祥瓊も?」
「ええ。……陽子。突然、どうしたの?」
詳しく答えることを避けて、祥瓊は問いの所以を問うてみる。陽子は「いや」と首を傾げた。
「春も、もう終わりだからさ。桜の花びらが散っては降り積もってゆくだろう? 名残惜しくなって、下から見ていたんだ。そうしたら、子供の頃、玩具の茶碗に花びらを盛っておままごとをしたことを思い出しちゃって」
語る陽子の見上げる先には、蓬莱育ちの王のために植えられた薄紅の桜。
背丈は高くないが、横に大きく広がる枝から、下草に花びらが降り注ぐ。
良い陽気の続く雲海の上。さらさらと拾い集めれば確かに、童女が戯れるに向いているのだろう。
陽子に倣って花の上に座りながら、祥瓊は「成程」と頷いた。
「芳には桜があまりなかったけど。そうね。父がまだ官吏だった頃に住まっていた家の庭に、枝垂れの白い桃があって。私も、それで遊んだわ」
祥瓊は、枝の間から差し込む木漏れ日に、目を細めながら言った。
官吏の妻としての安楽な生活を望んだ母。それを無邪気に真似て、戯れの椀を差し出した相手。父を慕って足繁く通ってくれた生真面目な青年は、幼い少女の憧れを無碍にはしなかった。
じゃれかかるように膝にすがって見上げた白い花。それを掬って差し出した椀を受け取った手には、剣を握る人のたこがあったことまで、今も覚えている。
母に似せて気取った奥様のふりをすれば、通りがかった父が可笑しそうに笑った。いっそ妻にしてもらうかなどと、溺愛していた自分に向かって言うくらい、青年は父に信頼されていた。はにかんだふりをして、幼い子供なりに精一杯頷けば、やはり父と彼は楽しげに笑った。
思い描くその人が春の日差しの下で浮かべた笑みを、祥瓊は記憶の中で敢えて押し潰す。
かわりに浅く息を吐いて、「それにしても」と揶揄するような声を陽子に向けた。
「急にどうしたの、陽子。誰か結婚したい人でも出来た?」
「……王は婚姻なんて出来ないだろう」
ふいとそっぽを向く友人の表情には、うっすらと翳りがある。
麒麟に恋着して道を誤った先王の所業は、同じ女王として立つ以上意識せざるを得ないのだろう。周囲の見る目もさることながら、きっと、陽子本人が一番気にしている。
たとえ心に想う人が出来たとしても、女王としての立場故に押し殺そうとしてしまうくらい。そんな彼女だからこそ幸せになってほしいと、周囲の皆は願っているというのに。
だからこそ、やはりと頷きながらも、祥瓊は「関係ないわ」と軽く返した。
「人を好きになる気持ちだけは、自由よ。その人と、どう在りたいか。それを決めるのも、きっとね」
「……“あなたがしゅろうのかねであるなら、わたくしはそのひびきでありたい”とか?」
きっぱりと聞こえるように意識して言い切る祥瓊に、陽子は僅かに微笑むと、歌うように呟いた。祥瓊は問うように小首を傾げる。
陽子は「蓬莱の詩だよ」と答えて続けた。
「“そのようにあなたとしずかにむかいあいたい。たましいのせかいでは、わたくしもあなたもえいえんのわらべで、そうしたおままごともゆるされてあるでしょう”」
「……魂ね」
小さく口元だけで微笑って、祥瓊は目を伏せた。
陽子に幸せになってほしいと願う。その一方で、自分はどうなのかと問われて口ごもらずにはいられないと、祥瓊は知っていた。あるいは、だからこそ陽子に想い人と幸せになってほしいのだろうか。
全ては過ぎたこと。
今更に過去を悔いても意味はない。だから普段は想わない。否、想えない。
陽子に語った言葉とは裏腹、それが祥瓊の真実だ。
だが、己を解いて魂だけが剥き出しになれば、想うことばかりは赦されようか。
祥瓊は手を伸べて、花びらを掬う。
風が指の間を擽るように吹きすぎ、花を白く舞わせた。まるで故郷の雪のようだと、一瞬だけ錯覚する。
白い雪。
白い桃花。
想い出の中の白い風景に閉じ込めた人は、やはり清廉に白い。
きっと潔い勁さ故に責を負った人には、この手の中にある薄紅の桜を届けることも叶わない。
祥瓊は、ふと悪戯に笑んだ。掬い上げた花びらを、陽子の頭の上からふぁさりと被せて降らせてみる。
「うわ」
「陽子。そんなにおままごとしたいなら、付き合ってあげるわよ?」
何を、と。目を丸くする陽子に、笑って言う。
紅色の髪からひらひら落ちる花びらを払っていた陽子は、祥瓊の言葉に一度だけ瞬くと、くすりと笑んだ。それが刹那、泣きそうにも見えたことは無視して、祥瓊も微笑む。
自分も一瞬、泣きそうになっただなんて。矜持にかけても白状しない。
そして陽子も、指摘してはこなかった。
「祥瓊と、こうして並んでおままごとか。いいな、それも」
「いいでしょう?」
代償のように、くすくすと少女達は微笑い合う。
午後の微睡む木漏れ日の中。
薄紅の雪は、いつまでもいつまでも。二人の上に静かに降り注いでいた。


  “ごらんなさいだいりびなのように
   わたくしたちがならんですわったござのうえ
   そこだけがあかるくくれなずんで
   たえまなくさくらのはなびらがちりかかる”
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