花の宵
五緒さま
2016/03/27(Sun) 21:08 No.165
老天爺 別下雨 蒸了饅頭 往上挙
老天爺 別刮風 蒸了饅頭 往上乃(*) 本来は手偏が付く
天の神様 雨を降らせないで 饅頭を蒸したら あげるから
天の神様 風を吹かせないで 饅頭を蒸したら あげるから
おや、懐かしい歌だね。
男はそうひとりごちた後、うっすらと紗がかかり始めた空をすいっと見上げ、舎館に向けていた足を歌声が聞こえる方へと変えた。
音を頼りに歩みを進めると、ある民居へと辿りついた。
そこには数人の子供たちが媼と一緒に、それぞれが選んだのであろう色紙を折っていた。
その様子を見た男は、明日は花見に行くのだろうな、と思いを巡らした。
そう長く見ていたつもりではなかったが、年若の子供が男に気づき、とことこと近づいてきて、はい、と手にしていた色紙を男に渡した。
私も一緒に折っていいのかい、と訊ねると、子供はにぱぁと顔をほころばせ、男の手を取り引こうとした。
男は奥にいる媼に、いいのかとの意を込めて視線を向けると、どうぞ、と手招きをされたので、少し寄っていくことにした。
子供たちの輪に入り一緒に色紙を折っていると、先ほどの子供が明日の花見を蕾がついた頃から楽しみにしていたのだと、たどたどしくも話し出した。
それに釣られたのか、その子供の話が終わらないうちに他の子供たちも我も我もと男に話しかけ、収拾がつかなくなったところ、年嵩の子供が男の前に分け入って、今だ姦しい子供たちに向かって大きな雷を落とした。
しん、と静まったその場に媼が、日が暮れて吊るしたら願いがかなわないわよ、と声をかけると皆さっと戻り、あたふたと続きをやり始めた。
子供たちの変わり身の早さに男はくすりと小さく笑みをもらし、自身も止まっていた手を動かし作り上げた。
男は媼が淹れてくれた茶を飲みながら、子供たちが作り上げるのを待った。
一人、二人と子供たちが媼のもとへ寄ってきて、各々作ったものを渡していく。最後まで残っていた子供がべそをかきながらも媼に出来上がった物を差し出した。
媼は最後になった子供の頬を両手でふわりと包み涙を拭うと、子供たちと男を軒下へと促した。
軒下には既に踏み台が置いてあり、子供たちは媼から其々が作ったものを受け取り、思い思いの場所へ踏み台を動かし吊るしていく。ただ一人、先ほど媼に宥められていた子供が、踏み台に乗っても軒下に届かずぐずり始めたので、男はその子供が望む所で抱き上げて、吊るせるよう手助けをした。
男も子供たちからせがまれて、自身が作ったものを軒下に吊るした。
軒下で揺れる色とりどりの下げものに、子供たちは明日も良い日になると満足気に頷きあい、はしゃぎながら元の場所へと戻って行った。
子供たちを見送っていた媼は、その場に留まっている男に食事も一緒にどうかと誘いをかけたが、男は友と会う約束をしていることを告げ暇乞いをした。
媼は別れ際に、男の道中が日和に恵まれるようにと自作の物を渡した。断る理由もなく、家族への土産話になるな、と思った男は、礼を述べそれを受け取り民居をあとにした。
数刻後、男はふらりと入った飯堂で、民居から立ち去る理由にした男と遇い、こんなこともあるのだなと苦笑いをし、その男と酒を飲み交わすことにした。
勝手に相席をされた男が、始終上機嫌な男に何か良いことでもあったのか、と問うも、のらりくらりとはぐらかされ、聞き出すことを諦めようとした頃、これさ、と言いつつ満面の笑みを湛え懐からあるものを取り出して見せた。
それを見せられた男は、それがどうしたとでもいわんばかりの顔をし、興味なさげに己の器に酒を注いだ。
目の前に座る男の態度を気にもせず、滔々と今日の出来事を語る男は、この国も漸く立ち直ったんだね、と話を締めくり、その顔に安堵の表情を乗せた。
それを聞いた男は、そうだな、と言葉少なに応えたが、ふ、と小さく笑みを刷き、口元に止めていた盃からくっと、酒をあおった。