青い山脈
griffonさま
2016/03/29(Tue) 17:20 No.192
――上空から俯瞰するかのように大きな街が映っていた。映像はゆっくりと上空を回わりながら高度を下げる。
「どこかで見たことがあるような……」
大きな方卓の前に座った紅い髪の少年が、呟くように独り言を零す。
「烏号だよ」
その方卓に胡座をかいてすわっている少年が応える。背中から前へと垂れかかる金の髪をうっとおしげにかきあげながら、同じ画面を覗き込んでいる。
二人の前には、 手のひらに少し余るほどの板があり、積み重ねられた書類の束に立てかけられていた。
「へぇ。すごいね、これ」
「だろ。最近手に入れたんだ。"すまほ"って言うんだぜ。"こうがくさんばいずーむ"ってのがついててさ。"しゃしん"だけじゃなく"どうが"っての？ それも色々出来るって言うからこないだ試しに撮ってみたんだ」
「いまのあちらは、色々変わっちゃってるね。私は買ってもらえなかったけど、何人かは携帯持ってたかな。でも良く手に入ったね六太君」
「携帯ってのは、絶滅寸前らしいぞ。"すまほ"なんかは、今じゃ持ってないやつのほうが珍しいんじゃねぇかな」
「ふぅん……あっこれっ」
"すまほ"の画面は、烏号の石畳を走る自転車が映っていた。遠目から撮影しているからか、誰が乗っているのかは判らない。
「そそ。陽子がこないだ売り込んできた自転車。乗りたがってる奴がいたんで、少し練習させたらさ、すぐに乗れるようになってさ。」
「すごいじゃん。もう普通に乗ってる……ってか、二人乗りだし……でも」
自転車の周りをゆっくりと回りながら、映像が二人に近づいていく。烏号の町並みは派手な中華街のような風景だ。時折桜並木が映り込んでいるから、最近撮ったものなのだろうが、その風景には似つかわしくない二人が映っている。運転しているのは、グレーのブレザーに濃淡のあるチェック柄のスラックスを履いている。少し髪が長いがおそらくは男性だろう。顔は判然としないが、満面に笑みを浮かべている様子はわかる。後ろには横乗りで……少し体格の良いセーラー服の女性が乗っている。ポニーテールの黒髪を靡かせつつ、運転する男子生徒（？）の腰に抱きつくように、横顔を背中に当てているため顔は見えない。
「なんか昔のB級青春映画？みたいだ。でもこっちで撮るとなんか違和感だらけ」
陽子は、苦笑いを浮かべ六太を見た。悪戯っぽい笑みを浮かべた六太は、顎をしゃくって画面を示す。陽子は、再び画面に目を向けた。
随分と近づいた画面になっていた。
「……えっ……」
陽子は唖然としたまま、画面を見ている。近づいたためか、音声が入っていた。
* * * * * *
"どうだ？ 結構楽しいだろ"
少し大きな声で六太の声がする。撮影していたが六太だからなのだろう。
"そうだね。案外爽快感がある乗り物だね。景王も面白いものを創る"
運転している青年が笑顔のまま応えた。
"売れそうか？"
"どうかな。もう少し乗り心地が良くないと。特に後ろはお尻が痛いんじゃないかな"
どうかなと言うように、青年は後ろを振り返る。返答はない。
"声も出ないってさ"
青年が変わって画面に向かって喋る。
"……疫病神が"
画面に映る青年とは違う男の声がする
"なぜお前がここにいる。斃れかかる国でしか遭わぬお前が、なんで俺の国にいる"
"失礼だね。こんな好青年に向かって疫病神はないだろう"
"六百歳を超える爺が何をぬかすか"
"君も似たようなものだろう"
画面がゆっくりと青年からセーラー服の女性の背中に移り、その周囲を回りる。ポニーテールからセーラー服の背中。風にはためく足首まである長いプリーツスカートを舐めるように撮り、上半身からその顔へ。
"六太。俺のこの衣装はなんなのだ"
"セーラー服。あちらでは格好良くて厳つい海の男の制服らしいぞ。元海賊のお前にぴったりじゃねぇか"
"このぴらぴらした袴はどうにかならんのか。下腹が冷える。それになんで俺がこんな奴にしがみつかねばならんのだ。納得ゆかぬ"
"……様式美？"
"なんだそれは"
* * * * * *
お腹を抱えて痙攣するように声もなく震える陽子を、六太は方卓の上から眺め、満足げに肯いていた。