「投稿作品集」 「16桜祭」

投稿します ネムさま

2016/03/30(Wed) 22:45 No.224
 ふと麦州が偽王軍と戦っている時のお話を書きたくなりました。 目指したのはシリアスですが、途中で何かを間違ったような… (第一、戦ってたのは夏だったし)。
 ツッコミどころ満載ですが、お祭りということで、お納め下さいませ m--m

麦州落城 秘話

護りの花

ネムさま
2016/03/30(Wed) 22:46 No.225
 どよめきに似た音が聞こえる。振り仰ぐと重なり合う石壁の向こうに、幾筋かの黒煙が見えた。
 下唇を噛みしめ、それでも身を潜めた木陰から動かない。空行師の影が見えないことを十分に確かめ、一気に石段を駆け上り隧道へ飛び込むように入った。
 隧道は城内の最上階へ繋がっている。精緻な模様を彫り込んだ厚い扉の前にいた兵士達が、桓堆の姿に気付くと駆け寄って来た。
「青将軍、御無事で!」
「浩瀚様 ― 麦候は?」
「州司馬方と堂に入られたきり…」
 兵士の一人が堂の中へ、桓堆の帰還を知らせる。招じられ入った桓堆は、麦州候・浩瀚が常の地味な官服ではなく、白い長袍を纏っている姿に顔を顰めた。
「ご苦労だった。皆、無事に雁に着いたか?」
「はい。あちらでは既に状況が伝わっていたようで、すぐに役人が手続きをしてくれました」
「… やはり国の格が違うな」
 小さく息を吐き浩瀚は窓の外を示した。
「もう東側には建州の兵が入ってきている。南の園林にも火が回った。皆を逃がせて良かった」
 桓堆も窓から火の粉を上げる木々を見下ろした。昨年の春、そこには故郷を追われた女達が溢れていた。
 前王が慶の女達に国から出るよう命を下し、しかし浩瀚はこの麦州で彼女らを保護した。港や城下に入り切れない者は州城の園林を開放し住まわせた。やがて前王が禅譲し、多くの女達は故郷へ戻ったが、この布令の為に起こった争いで故郷の町ごと失った者もいた。そうした者のうち、老人や子供、病人はここに留まるのを許していたのだ。
 再び春になると園林もあちこちに花が咲き、不安げながらも居残った者達にも笑みが浮かぶようになった。春分を過ぎてから一斉に咲いた、石壁の上の桜の群林の下で祭のような事もした。桓堆が隠れていた石段の上には古く太い桜が門のように覆いかぶさり“花の隧道だ”と子供達は何度も潜って遊んでいた。
 “花が終わったら毛虫の隧道なんだけどな”などと笑いながら、城の者達も混ざり、お忍び姿の浩瀚と桓堆も、老女に桜湯を馳走になり、皆の歌に唱和した。
 一瞬過ぎった和やかな記憶は、州司馬の悲痛な声に断たれてしまった。
「まさか師師が三人も偽王軍に下るとは…私の目が届かず、申し訳ありません」
「仕方あるまい。台輔が傍におられると言うなら信じもしよう」
 浩瀚の慰めとも吐息ともつかぬ言葉に、また別の声が上がる。
「しかし前王と同姓の者が新王になるはずがない!そんな自明のことを…」
 その激憤にも浩瀚は静かに答えた。
「王の姓を知る民がどれ程いる?例え知っていても、喉元に刃を突き付けられてまで真実を口にすることは、言うほど容易くはない」
 そして視線を桓堆に移し、名を呼ぼうとする前に、桓堆は叫んだ。
「駄目です!州宰が、柴望様が金波宮に立て籠もる国官達を説得に向かっています。それまでお待ち下さい!」
「だがもう敵は迫っている。このままでは城の者達全員が討たれてしまう。どうせ くれてやる首だとしても、お前の剣の腕なら見苦しくはないだろう」
 最後は苦笑を漏らしながら言う主の顔に、桓堆の血は一気に頭へと上がった。
「我々が守られているばかりと思うな!あの女達だって、例え安全な大国に逃れたって荒民であることには変わりはない。どんなに不安だろうに、それでも俺を見送る時に“州候様に命だけは御大切にと伝えて欲しい”って、頭を下げてたんだぞ!」
 城に残っていた女子供達を、偽王軍との戦いが本格化する前に雁へ連れて行くよう厳命された桓堆は、敵の目を掻い潜り、全員を無事雁へ送り届けた。彼女らを引き取ってくれた雁の役人への礼もそこそこに帰ろうとする桓堆の袖を、桜湯をくれた老女が引き留めた。“どうか、どうか…”と涙を流し手を合わせ、気付くと他の女も子供も頭を下げて、浩瀚達の無事を祈ってくれた。
「祈ることしか出来ないし、それで戦が終わることはない。それでも言わずにはいられなかった女達の気持ちを、あんたは…」
「舒栄の要請を蹴った時点で覚悟は出来ていた。お前も武人なら肚を括れ」
 熱した桓堆へ、浩瀚の氷のような言葉が浴びせ掛けられた。
 静まり返った堂の中。やがて、桓堆が呟くように言った。
「俺は武人だが … あんたを死なす覚悟なんざ持ち合わせていない…」

 後日、麦州師の面々が語ったところに寄れば、扉が勢いよく開くと同時に、大音声が響き渡ったと言う。
「お前ら、逃げるぞ!!」
 思わず、美女を掻っ攫いに来た山賊の頭目かと身構えた彼らの前を、長身の将軍が足音高く走り去り、その肩には常に怜悧なはずの州候が“下ろせー!!”と足をバタつかせているのを、呆気にとられて見送ったそうである。しかし次の瞬間には“応!”と叫び、ある者は撤退の伝令に走り、他の者はまだ呆然としているお偉方を抱えて桓堆達の後を追った。

 先に駆け上った階段を逆走し、隧道から外へ出た。既にここまで火が回り、熱気と火の粉が押し寄せてくる。それにも構わず、桓堆は石段を降りようとして足を止めた。
 彼が身を隠していた木陰 ― 春には子供達が潜って遊んだ桜の大きな枝の向こうに、偽王軍の一群が並んでいた。追ってきた者達も、一斉に矢をつがえた敵兵達の姿に後ずさる。桓堆が浩瀚を下ろし背に庇おうとする暇もなく、弓から矢が放たれた。


 突如舞い上がる花吹雪
 視界全てを覆い尽くす 花 花 花
 どこかで あの春の日の 人々の歓声が聞こえた 気がした


 大きな地響きに、桓堆達は目を瞬かせた。目の前には巨大な炎の塊がある。その向こうでは火の粉に巻かれたのか、悲鳴とも怒声ともつかぬ多くの叫び声が聞こえる。
「助かった…」
「でも道が塞がれた…」
 燃えて焼け崩れた石垣の上の桜を見ながら、皆は呆然としている。確かに敵の矢は、今だ激しく燃える桜の身によって断たれたが、他にもう逃げ道が無い。
「戻ろう」
 静かに浩瀚が言った。桓堆が口を開く前に、浩瀚は薄く笑う。
「一度は降伏しても、大人しくするつもりはない。何としても公衆の面前に出て、偽王の化けの皮を剥がす機会を掴もうではないか」
 そうして見返す顔には、桓堆が見慣れている、強かな表情が浮かんでいた。




「…で、これがその時の桜か?」
 問う虎嘯の盃に酒を注ぎながら、桓堆は頷いた。
「偽王軍の中にも、家族の女達が麦州で足止めされ、おかげで戻って来られた者達がいた。城内の桜の話を聞いていた兵士もいて、燃え残りの桜から生きていた若木を植え直してくれたのだ」
 そして浩瀚が麦州から堯天の官邸に移った時、園林にその内の一本を植えたのだ。まだ稚い木は、傍らで背比べをする桂桂より少し高い位だが、幾つもの柔らかな色合いの花を咲かせている。桓堆の麾下や、虎嘯の小臣達、祥瓊と鈴も少し早目の花見を楽しんでいた。

 桓堆は思う。あの時見えた花々は、浩瀚に守られた女子供達、それを感謝してくれた民達の想いが桜に伝わり、身を持って庇ってくれたのではないか、と。
 浩瀚に言うと“ただの偶然だ”と言下に否定された。しかし、真の王が即位された後も宮廷内の権力争いに巻き込まれ、追われる身にまで落とされた時
「麒麟は民意の代弁者と言う。その麒麟が選んだ王ならば、ぎりぎりまで信じよう」
 そう言って諦めなかったのは、浩瀚も感じるところがあったのではないかと、桓堆は密かに思っている。

「…本当に桓堆って、浩瀚様のことになると無茶をするのね」
 振り向くと、横に座る祥瓊が顔を背けていた。そして問う間もなく立ち上がり、空の皿を持って、すたすたと行ってしまった。
 呆気にとられている桓堆の肩に、虎嘯の手が がしりと置かれた。
「考えるのは後でいい。とにかく追っかけろ」
 なお戸惑い周囲を見回す桓堆に、皆の目が後を押す。
 慌てて立ち上がり走り出した桓堆の頭から、花弁がはらりと落ちた。一拍の後、どっと笑い声が起きた。
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