「投稿作品集」 「16桜祭」

姉妹遊戯 ミミズのミーさま

2016/04/02(Sat) 11:03 No.249
 過去のお祭りログを拝見しているとお人形の画像が沢山ありますね。 お人形はロマンだ、私もお人形遊びをしたい!  でも私がやるよりこの二人か…と出てきたお話です。

姉妹遊戯

ミミズのミーさま
2016/04/02(Sat) 11:04 No.250
 その人形を初めてみたのは、もうだいぶ昔のこと。
冷たい雪がちらつく夜。風が格子の入った窓の外を渦巻くように吹いていたことを覚えている。
 商売で家を空けていた父・如昇が帰り、家族は久方ぶりに集まって話を聞いた。夕餉の時刻は過ぎていたが熱い茶を飲み、室内は温められ、ゆったりした着物を何枚も着て。
その隅でふくれっ面をしていた珠晶に如昇は困ったような顔で手招きをした。
家を空ける前に珠晶と如昇は大喧嘩をしていた。珠晶が役人になって家を出たいと言ったからだった。と、言っても珠晶はまだ12歳であり進学の推挙が得られるかどうかも分からない状況で、そのうち気が変わるだろうと如昇は鷹揚に構えようと思ったらしい。
 そばに寄った娘をそっと引き寄せ、如昇は木箱を示して見せた。
「ほら。珠晶に土産だよ。範で作られた一級品だ。これで仲直りしてくれるかな?」
 珠晶が箱を開けてみると美しい人形が2体、眠るように横たわっていた。二つとも少女で片方は薄い桜色の髪に翡翠の瞳をして金糸の縫い取りのある赤い儒裙を着ていた。もう片方は艶やかな黒髪に黒曜石の瞳をもつ青と銀糸の儒裙を着た人形だった。
2体とも目を見張るほどの出来栄えで周りの家族からもほぅっとため息が漏れるほどであった。
普段、大人びた風情で考え込むことの多い末娘も素直に喜んだ。
「ありがとう、お父様。さっそくお部屋で遊んでもいいかしら?」
そういって家生の恵花を伴って自室に下がっていった。それは珍しい反応であったが如昇も他の家族も気づくことはなかった。


「見たところ、この人形は姉妹だわ。恵花、あなた姉役をやりなさいよ。年上なんだし。」
赤い儒裙の人形を無造作に放る。恵花は危なげに受け取った。珠晶はこっちのがいいわ。利発そうですもの。と、青い人形を手に取った。
「名前は・・・そうね、恵花のは桜蘭、私のは星蘭がいいわ。」
いつになく乗り気だ。恵花は常にない珠晶の態度に戸惑った。人形は家生の恵花には触れたこともないような一級品だ。汚して叱られても弁済さえできないだろう。
「いいのよ。まさか人形遊びなんて一人でやるものじゃないでしょ?」
そう言われては仕方がない。恵花は桜蘭を星蘭の向かいに座らせた。珠晶は人間用の、しかし比較的小ぶりな茶器を出してきた。並べてみると小さな後宮のようですらあった。
珠晶は星蘭を歩いているように動かした。
「ただいま、姉さん。外はすごく寒いわ。ここは暖かいわね。」
恵花も桜蘭を手招きするように動かした。
「星蘭様、風邪をひくといけませんから早くこちらにいらしてください。」
珠晶は人形の向こうからあきれたように嘆いた。
「まぁ!桜蘭姉さまったらまるで使用人のようにしゃべるのね。私は妹なんだからもっと気安くていいのよ。」
確かにおかしい。恵花は慌てて言い直した。
「ご、ごめんなさい星蘭。ええと、熱いお茶を入れるわ。今日はどちらまで?」
「学校よ。立派なお役人になるには欠かせないもの。」
どうやら珠晶は諦めていないようだ。
「星蘭、そんなにお役人になりたいの?世の中にはもっといろんな人がいるでしょうに」
「そうね。お役人にこだわる必要はないわね。木材を伐採して運ぶ人だっているし、屋台でその人たちにお酒を売るのも悪くはないわね。もちろん結婚して田んぼを地道に耕して暮らすのも。」
珠晶の口から結婚などという娘らしい単語が出たことに面食らう。
「その…星蘭?あなた結婚がしたいの?どなたか気になる方でもいらしたかしら?」
「私は特にしたいとは思わないわね。そのうちその気になれば別だけど。私、ホントは騎商になりたいわ。街を旅して騎獣を売るの。素敵じゃない?」
珠晶らしい。恵花は苦笑した。だが、次の言葉にドキリとする。
「結婚に向いてるのは桜蘭姉さまだと思うわ。」
「え…?私?」
「そうよ。あなたは冷えて帰ってきた私に熱いお茶を淹れてくれる。毎日良く働く。お家のこと、お裁縫も何でもできる。きっとうまくやれるわ。」
人形越しにひたと見つめてくるその瞳は強い。恵花は動揺した。家生は戸籍がない。結婚もできない。それどころか一生家生以外のものになれない。乞食にはなれるかもしれないが。
「恵花、これは遊びよ。」
「…ええ、そうね。じゃあ星蘭、あなたは騎商になって色んな街で珍しい騎獣をたくさん売るの。私は素敵な夫と田んぼを耕して暮らすわ。ときどき遊びに来てくれるかしら?」
人形の、この煌びやかな格好で田を耕すのか。想像すると可笑しい。
「もちろんよ、桜蘭姉さま。約束よ。覚えておいてね。」

 珠晶は気にいったであろう人形と二度と遊ぶことはなかった。冬が終わる前に家出をしてしまったからだ。そして春、供王として即位する。
それからさらに10年の後。

 恵花は畑で鍬を振るっていた。田舎の春は仕事始めだ。始めは慣れなかった畑仕事も最近はなんとかこなせる。27年もの間の空位は土を深刻に蝕んでいたが、徐々に安定してきている。
この土地に来て2年足らずの恵花にはよくわからなかったが、少し離れたところで鍬を振るう夫に言わせるとそうらしい。

 本来、屋敷で飼い殺されるはずだった恵花の運命は5年前に施行された新法で一変した。浮民を含めた荒民の戸籍を改めるという法律には家生も含まれていた。
身分と賃金を保証され、違反した雇い主には罰が与えられる代わりに法を遵守したうえでの荒民の雇用には減税の処置がなされた。
恵花にも戸籍が与えられ、少ないながらに賃金も貰えるようになったのだ。だが驚いたのはその後のことだ。
 18になってすぐに如昇から縁談を勧められたのだ。減税の処置があるとはいえ雇用者には負担が増えたうえに、恵花が主に仕えていた珠晶はもういないのだ。
如昇としては必要以上に家生を抱えるのは不利益だったのだろう。野菜を納めに来た出入りの青年との縁談がまとめられ、恵花はわずかな蓄えと荷物を持たされて屋敷を出された。
 ひっそりと行われた祝言には珠晶と取り替えたいつかの儒裙を羽織った。丈は足りなかったので着ることはできなかったが夢のような心地だった。

 漸く畑の半分ほど耕したところで背中の子がぐずりだした。夫に断って家にもどろうと顔を上げたところで上空を見慣れない騎獣が横切るのが見えた。虎に似たその獣に子が驚いて泣き出すまであと少し。
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