「投稿作品集」 「16桜祭」

二作目です! ミツガラスさま

2016/04/26(Tue) 07:18 No.415
 北の地はこれから満開、というお話に日本は本当長い…と感嘆いたします。 それでもいつもより早いのですね。お祭りがその分早くなってしまうのは寂しい限りです。。
 二作目は、桜はこれから、という地域の方には申し訳ない感じですが、 桜が散り終わった後のお話でございます(笑)よろしくお願いいたします。

ふわり、ひらり

ミツガラスさま
2016/04/26(Tue) 07:20 No.416
その時期は本当に忙しかった。
朝から晩まで目まぐるしく働いて働いて夜は疲れて泥のように眠りまた朝になり働く。その時はそうしなくてはならない理由があり、またそうすべき時だった。それで山を乗り越えた時には清々しさも誇らしさもあり、王として一つ成長した感もあった。
だが問題の解決と同時に春は駆け足で去って行ったのか、とっくに桜の花は散り、青々と茂る葉から溢れる日差しには初夏の訪れを感じる日まである。
金波宮の回廊を歩く陽子の目に映る、眩い光をうけて煌めく青葉は瑞々しく美しい。それはそれとて、とうとう花見一つする事が出来なかったな、と去り行く春を偲ぶ気持ちになった陽子の顔は、知らず何とも言えない表情をしていたのだろう。それを恨めしそうな顔、と判じたのか景麒は「主上の心がけ次第で春は何百年とまた来ます」といつもの能面顏でピシャリと言い放ち、立ち止まる陽子をさっさと歩くように促した。
妙なところで陽子の心内を見透かし、励ましなんだか嫌味なんだかわからない発言をする景麒に少なからず苛立ちを覚える。相当頑張ったんだから労いの言葉一つ言えないのか、と憤りが瞬時に上った。が、景麒に褒めてもらいたくて政務をしている訳ではない、と何とか冷静さを取り戻すべく努力する。忍耐もまた王としての責務に違いないのだろう。澄まし顔の麒麟を睨み付けてから大股で前へと進んだ。
以前の忙しさが一旦落ち着いてしまうと、朝議の議題も取り立てて難題がある訳でもなく定刻通り終わり陽子は積翠台へと戻った。鏡の様に磨かれた黒檀の巨大な卓子の上はいつものようにきっちりと整頓されている。未裁可の書状は右側へ。山と積まれていたひと頃に比べればささやかな量ではあったが、それでも午後いっぱいは卓子に向かう必要があるだろう。椅子へ腰掛けようとして、陽子は卓子の上に見慣れない物が置かれてあるのに気が付いた。

「なんだこれ」

置かれていたのは人差し指程の細長い白い円柱。
見慣れぬものには触れてはなりません、と常日頃注意を受けてはいる。だが陽子はそんな忠言などすっかり忘れて、それを目の前に持ち上げてまじまじと見つめた。白色かと思った色味にわずかながら柔らかな桃色が感じられる。軽くて持ちやすい形のそれは学校の黒板にあった白墨にそっくりだと陽子は思った。こちらにも白墨なんかあったのか、と単純に感心したが、それが何故ここにあるのだろう?と首をかしげる。
陽子は取り敢えずこれを何処かに仕舞っておこうか、それとも邪魔にならない卓子の端にでも置けば良いかと、白墨を手にしたまま身体をふい、と動かした。
途端──手にしていた白墨が左から右へと動かした手の動きの軌跡を宙に描いた。白墨と同じ色をしたほんのり桃色の柔らかでまっすぐな線。飛行機雲が空に留まるかのように線は陽子の目の前にふわりと浮かんでいる。
思いもよらぬ効果に目を白黒させていたが、見ているうちに線はモヤモヤと空気に滲むように崩れていく。そのまま消えてしまうのかと眺めていると、ひらりと、薄桃色が散った。
思わず手を差し伸べて受け止めた桃色は、桜の花びらだった。線は、消える前にすべて花びらとなってはらはらと舞っている。

「面白いじゃないか」

誰が何の為にこれをここに置いたのか、そんな事に頭を使う前に陽子はもう一度大きく腕を振った。虹のように大きな弧が宙に浮かぶと、しばらくして大量の花びらがふわりふわりと生み出され陽子の元へと舞い降りてくる。

「まるで花咲じいさんだな」

くすくすと笑いながら陽子は何度も白墨を振り回し堂室の中を駆け回り部屋いっぱいを線で滅茶苦茶に埋めた。乱雑な線の流れは少しずつほぐれるように広がって、はらりはらりと花びらとなり部屋中が花びらで飾られていった。
ふふふふ、と思わず声が出る。床に落ちた軽やかな薄桃色の塊達を蹴り飛ばし、腕を広げてくるりくるりと身体を回す。踊るような動きに合わせて白墨もまたくるりくるりと輪を描いた。

「主上、騒がしいがどうなされた──」

ドタバタと動き回る音を訝しんだ景麒が伺候の口上もなく堂室の扉を開けた。そして目に飛び込んできたのは白い靄に囲まれる陽子の姿──

「主上!?」

何事かと駆け寄る景麒に陽子はげっ、と小さく声に出した後に班渠を呼んだ。すぐに足下より現れた班渠にまたがると、そのまま逃げるように窓から飛び去った。まとわりつく桜の花びらを後ろに撒き散らしながら。

この玩具を手離すのはまだ惜しかった。あのままいれば景麒に取り上げられて代わりに長々とお説教をもらうだろう。こういう時は逃げるに限る、と金波宮上空を飛びながらやれやれと肩を大仰にすくめる。それからにやりと笑った。先ほどよりキャンバスが広くなった分思う存分描きがいがあるというものだ。子供っぽい、とは思ったが大きく空に向かってまず景麒のバカタレ、と書いてやった。ついでに似顔絵も。

「……主上──」

あんまりだと思ったのか班渠が控えめに声を出した。

「分かってる分かってる。もうちょい目立たないところに行くから、な?」

ぽんぽんと班渠の身体を軽く叩き、すこぶる上機嫌な陽子へはそれ以上班渠も口を出せず、大人しく言われるがまま移動することに決めた。陽子は金波宮上空からぐるりと広大な燕朝を見下ろす。端に位置する森林の隙間にぽっかり広がる芝を見つけるとそこへと降りた。
そして踊るように跳ねるように陽子は思いつくまま身体を動かして落書きを次々生み出した。時折腹の立つ官吏への文句も書き連ねてやる。このところ身体を動かす時間もなかったので気ままに身体を動かすことが楽しい。その空間は四方八方陽子の思いのたけをぶちまける間となった。

さんざん腕を振り回し暴れて疲れた陽子は花びらで埋まった芝にごろりと横になり空を見上げた。落書き達は広がる青空からゆっくりと形を花びらに変えて優しく陽子に降り注ぐ。両手を上げて空に手をかざした。指先でつまんでいる白墨はすっかりちびて小さな欠片になっている。もうひと書きもすれば無くなってしまうだろう。
陽子は少し考えてからなんとなく思いついてハートマークをゆっくり描いた。それを最後に指の中の白墨は粉々に砕けてパラパラと指の隙間から零れ落ちて消えた。
最後に生み出されたほわほわと揺れるハートを見つめていると、そのちょうど真ん中に人影が入った。浩瀚──木々の間から現れてゆったりとした足取りでこちらへと向かってくる。その怜悧ながらも柔和な姿に陽子の目線から偶然ハートマークが被さって、無性に動揺してがばりと起き上がった。
ハートの線は陽子が触れたこともあって形を崩して陽子の胸元にぱっさりと落ちた。

「驚かせてしまいましたか?」

「──いや、そういう訳では──」

政務をさぼっている後ろめたさも相まって思わずしどろもどろに返答したが、浩瀚があの記号を知る由もなし──と思い直すと咳払いをした。

「あのさ、ありがとう。あの桜の白墨くれたの浩瀚だろう?」

「何故、そう思われたかお尋ねしても?」

「簡単だよ。書状の置き方が浩瀚だったからね」

陽子の自信ありげな様子に浩瀚は片眉を軽く動かした。陽子は腰に手を当ててどうだと言わんばかりに踏ん反りかえる。

「書状をね、祥瓊だともう少しだけ上寄りに置くんだ。多分墨からなるべく離しておきたいんだろうな。景麒は早く読めと言わんばかりにど真ん中に置いてくる。浩瀚の置き方は丁度取りやすく署名しやすい絶妙な位置にあるからね。その時不審な物があればお前は絶対に取り除いておくだろうから、きっとお前が用意したと──…」

話しているうちにまたなんだか照れ臭くなって陽子の声は尻つぼみになっていった。浩瀚は「左様でございましたか、ご慧眼にございます」と穏やかな顔付きを崩さずにいる。

「まあ、その、本当にありがとう──とても楽しめた」

「礼ならば作ってくださった太師と、桜の花を沢山集めて来た蘭桂と鈴と夕暉に是非。他の者も手が空いた時は桜の花弁をかき集めておりました。これらは全て皆が集めて来てくれた花弁なのです。私はお願いしただけですから」

「そうなんだ──」

陽子が多忙の時は浩瀚はそれ以上に忙しく、それこそ寝る間もなく働いていたことだろう。それでも毎年花見を待ち望む陽子のささやかな楽しみを奪わぬ様にと考えていてくれた。政務に直接関わらない太師へなんとか桜を楽しめる様にとお願いしておいたのだろう。そして陽子の為にそれを快く行ってくれた皆にじんと心が震えた。この大量の花びらを集めるのはどんなに大変だっただろう。もう居ても立っても居られなかった。

「…お礼、言ってくる!」

すぐさま踵を返して去り行こうとする陽子を浩瀚はそっと押し留めた。

「皆、間もなくこちらへ来ます。少し遅くなりましたがお花見をこちらで」

「花見…」

ぐるり見まわした新緑眩しい樹々に桜は一つとしてありはしないが、この芝一面に広がるのは桜の花の絨毯──その趣向に思わず顔がほころぶ。が、一拍したのちに今日の仕事を放り出して何一つこなしていない事を思い出す。

「…でも今日の政務は──」

「特段急ぎのものはございません。書状をご用意した拙が申すのですからご安心を」

そう言って、ふわりと浩瀚は微笑んだ。
その優しい浩瀚の顔に桜の白墨が描いたハートマークがまた見えた様な気がして、陽子の頬はほんのりと桜色に染まっていった。
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