「投稿作品集」 「16桜祭」

初めまして、ふみと申します ふみさま

2016/05/18(Wed) 00:51 No.641
 初めてお祭りに参加させていただきます、ふみと申します。
 普段桜を愛でる習慣がないせいかすっかり遅い参加になってしまいました。 レスも緊張してできずじまい…。だって皆さん素敵すぎて!
 やっと話を思いつきましたので、 大好きな珠晶を主人公にした短編を投稿させていただきます。

桜の散ったあと

ふみさま
2016/05/18(Wed) 00:52 No.642
「桜なんて嫌いよ」
 内宮の奥、露台の手すりにもたれて園林(ていえん)を眺めながら、珠晶は呟いた。もう花の盛りは過ぎて、ほとんどの花が散ってしまっている。それでもそよ風が吹くと、まだひらりひらりといくつか花びらが舞った。
「『散る様が美しい』とか言うけれど、それって死に様が美しいってことじゃない。そんなのちっとも嬉しくないわ。だって死んじゃったらそれで終わりなんだもの」
 苛立たしげに投げるように言葉を吐く珠晶のその瞳は対照的に、悲しみとも切なさとも表しがたい色に揺れていた。
「死んじゃったら終わりなのに……。頑丘の、ばか……」
 珠晶は手すりに突っ伏す。毎春、春分の時期に届いていた頑丘からの便り――それは花だったり動物の毛皮だったり、時には騎獣だったりした――が、届かなくなって、もう何年になるだろう。頑丘の正確な年齢を聞いたことはついになかったが、それでも、彼の終わりが近づいているであろうことは明らかだ。
 何か理由があって贈り物ができないのかもしれないという希望と、もう頑丘は死んでしまっているのではないかという絶望の狭間で、珠晶は胸が苦しくなる思いにさいなまれているのだった。
「主上」
 背後から下官に声をかけられて、珠晶は頭を一つ振ってしゃんとした表情で振り返る。
「なあに?」
「国府に、主上に直接騎獣を献上したいと申す朱氏が訪れたと知らせがございました。字は桂英 (けいえい) 。それ以上のことは分かりませんが、これを主上にお見せすれば話が通るはずだと」
 下官がうやうやしく差し出したものを見て、珠晶は息をのんだ。
 柄の部分に複雑な紋様の刻まれた、冬器の短刀。珠晶が頑丘のために旅の安全を願う呪を刻ませた、世界に一つしかない短刀だ。
「――連れてきて」
 珠晶の有無を言わさぬ口調に何かを察したのか、下官は急ぎ足でさがっていった。

 場所は変わり、外殿。珠晶は玉座からその朱氏を見下ろした。丈の短い袍に身を包んで長い髪を頭の後ろで雑に束ねた女性。その姿からは、頑丘と旅をした昔を思い起こさせられる。
「桂英といったわね」
「はい」
 額を床につけたまま、朱氏――桂英は凛とした声で答える。彼女が叩頭礼をとっている事に違和感を覚えるのは、頑として礼をとらなかった頑丘のせいだろうか。
「あたくしに騎獣を献上したいというのは、どういうこと?」
「そのままの意味にございます」
「朱氏は黄海の民。どこの国にも王にも属さないのではなかったかしら」
 桂英がふと、顔を上げる。珠晶を真っ直ぐに見つめた。
「詳しくは厩舎にて、騎獣をお見せしながらお話ししたいと存じます」
 珠晶はどきりとする。二人きりで話がしたいと、暗に言われた気がした。

 厩舎に二人は移動し、珠晶は渋る下官たちを追い払う。完全に二人きりになったところで、珠晶は覚悟を決めた。
「あれを持っていたということは、あなたは頑丘と関わりがある人よね」
「はい」
「頑丘は、もう、死んでしまったの?」
 桂英は微かに笑んで、珠晶を手で促す。厩舎の一番端に、桂英の連れてきた騎獣が繋いであった。――見覚えのある、駮。
「こうや……」
「はい、その通りです。頑丘宰領(おやかた)の一番愛した騎獣」
「宰領……。ではあなたは頑丘の徒弟(でし)ということね」
「左様です」
 答えてから、桂英はふと苦笑いを浮かべる。
「どうにも、この話し方は慣れなくていけません。宰領から供主上は多少の無礼は大目に見てくださると聞いているのですが」
 珠晶もつられて苦笑する。
「まあ頑丘の徒弟なら知り合いみたいなものよね。人払いもしたし話しやすいように話して構わないわよ」
「ありがとうございます」
 今度は晴れ晴れと笑った桂英に、子供のように表情が変わるのだな、と珠晶は思う。
 それでは、と咳払いをひとつして、桂英は真面目な顔になって口を開いた。
「頑丘宰領はまだ死んではいない。これは嘘じゃないけど、元気だと言うのは嘘になる」
 珠晶の背を氷塊がつたう。
「……大怪我をしているとか?」
「いいや、老いが進んでもう何年も体が思うように動かなくなっているんだ。頭ははっきりしているからおれの一人立ちは見送ってくれた」
 珠晶が沈痛な面持ちでいると、桂英は言葉を続ける。
「朱氏で体が動かなくなるくらいまで生きられる奴は珍しい、俺は幸運だ。宰領はそう言っていた」
「そう、なのかもしれないわね……」
「ああ。それで、おれの一人立ちの時に、言われたんだ。『この短刀を持って駮を連れて恭へ行け。そして王に渡して、最後の贈り物だと伝えてくれ』」
 珠晶は息を呑んだ。桂英は思い返すように空を見上げる。
「宰領はもう長くないことを分かってるんだと思う。おれは最後の徒弟なんだけど、他の徒弟より早く一人立ちさせられた。あとは一人でひっそり死ぬつもりなんだろう」
「そんな……じゃあ、これは形見だとでも言うの?」
「たぶん、ね。宰領はいつもあなたを気にかけてたから、最期に大事なものを託そうとしたんだとおれは思う」
 珠晶は駮に手を伸ばす。温もりを探すように駮の首を抱き寄せた。――形見だなんて、思いたくない。
「でも、さ。最後って悲しいよね」
 ふと、桂英が呟く。珠晶は顔を上げた。
「もしあなたがいいと言ってくれるなら、提案があるんだけど」
「……なに?」
「この駮、ずっと宰領と一緒だったから、おれの兄さんみたいなもんなんだ。だから、たまにここに会いに来たい」
 意図が読めずに珠晶は首を傾げる。桂英はにっと笑ってみせた。
「もちろん手ぶらじゃなくて、花、毛皮、うまく手に入れば騎獣を土産に持ってくる。季節はそう、春分の後だ。門から出てまっすぐここに来る」
「……まるで、頑丘の便りみたいに?」
「そう。それで、二人で頑丘宰領の話をするんだ。どうかな」
 桂英は珠晶に無邪気に手を差し出す。珠晶は恐る恐るその手を取った。
「よし、決まりだ」
「え、ええ」

 早速話がしたいと言う桂英を連れて、珠晶は一番近くの園林の四阿(あずまや)に彼女を案内する。そわそわと椅子に腰掛けた桂英は、目を輝かせて話しだした。
「出会って早々暗い話になったけど、おれはあなたに会えてすごく嬉しいんだ」
「あら、どうして?」
「宰領が、おれが小さい時いつも言ってたんだ、『お前を見てると危なっかしくて珠晶を思い出す』って」
「危なっかしい、って……失礼ね、頑丘ってば」
「宰領からよく話を聞いたよ。お転婆で頭が回りすぎて口も達者で正論一直線、それがいい時もあるけど敵を作りやすいから目が離せなかったって」
「ひどい言われようだわ」
「はは、でもそれだけ宰領はずっとあなたのことを考えてたってことだよ」
「…………」
 黙りこんだ珠晶をしばし見つめて、桂英は囁くように声を落とした。
「宰領だけがおれを呼ぶ別字があるんだ。……『珠英(しゅえい)』って」
 珠晶は目を見開く。桂英は照れたように頭をかいた。
「珠英っていうのは桂の別名だ、なんて宰領は言ってたけど、きっとあなたの字からとったんだろうと思うんだ。もし気を悪くしないなら、珠英って、呼んでくれないかな。もう誰も、呼んでくれなくなるからさ」
 珠晶は桂英――珠英を見つめる。そして、ふ、と笑って頷いた。
「いいわよ。その代わり、あなたもあたしを珠晶って呼んでちょうだい」
「え、いいのかな」
「朱氏が王を敬う義理はないでしょう。それに、あたしのことを珠晶って呼んでくれる人も、いなくなっちゃうんだもの」
「……わかった、珠晶」
「ありがとう、珠英」
 二人はどちらからともなく微笑みあう。そして珠晶は、園林に生えている桜の木を見上げた。
「桜を見ると憂鬱になっていたの」
「ふうん?」
「散り様が、死に様がいくら美しくたって、散ってしまえば、死んでしまえばそこで終わり、そう思っていたから」
 珠英は首を傾げる。珠晶は木の枝を指差した。
「でも桜は散っても終わりじゃない。あの芽、葉を息吹かせる準備をしているんだわ。そうやって続いていくの。珠英、あなたがあたしに会いに来てくれたみたいに」
「…………」
 神妙な面持ちで珠英は黙りこむ。しばらくして、困ったように口を開いた。
「なんだか難しいや。さすが王様にもなると風流なことを考えてるんだなあ」
 珠晶は思わず吹き出す。そのままくすくすと笑い出すと珠英もつられて笑い出し、四阿は珠を転がすような笑い声に包まれたのだった。

あとがき ふみさま

2016/05/18(Wed) 00:59 No.643
 拙作をお読みくださり、ありがとうございました。
 頑丘か珠晶と一文字被った名前のオリキャラを出したいといって フォロワーの漢字マスターさんに相談したりしてなかなか私にしては頑張りました。(苦笑)
 しかしなんだか会話と地の文のバランスが気になりますね…うう、精進不足。
 まあ枯れ木も山の賑わいと言いますので((
 少しでもお楽しみいただけていたら幸いです。
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