「投稿作品集」 「16桜祭」

駆け込み投稿失礼します 篝さま

2016/05/22(Sun) 23:20 No.756
 『黄昏の岸暁の天』で二人が金波宮を出た後の妄想小話。 場所はどこかの山の中だとでも思ってくださいませ(汗)

真夜中を駆け抜ける

篝さま
2016/05/22(Sun) 23:21 No.757
 さくり、とも、じゃり、ともつかない音を立てて歩みを進める二人。正確には二人と一頭。
 彼らにとって、温かで心地の良い場所を出る時にはもう一頭借りてきた騎獣がいたが、相棒が寂しがるといけないからと早々に返した。

 山々の土肌は抉れ、木の根は露わに、砂利すらもまばらにしか見当たらず、足場は大層不安定であったが、彼らは黙々と道なき道を歩く。決して平坦な道ではなく、歩きやすいとはお世辞にも言えない様な有様でも、不思議と彼らはそれを苦痛とはとらえていなかった。
 むしろ自らの足で、大地を踏み締めて歩くという行為に「生きている」と実感さえさせられ、この現状に妙な感謝の念を抱いているのであった。
 先を往くのは隻腕の女性と彼女に寄り添うようにして付き従う天馬。
 その後を付いてゆくは少年と青年の狭間にいるかのような少年。
 彼らの目的や置かれている状況もあり、道中の彼らは言葉少なく沈黙の時間の方が長かったが、それは決して不仲故のものではなく、長い時を経ての再会故に互いにどう歩み寄ろうかと模索しているに他ならなかった。

「少し、休みませんか」
 前回の休憩から然程時間は経っていなかったが、ふと彼が声を上げる。
「私は大丈夫です。それよりも少しでも早く先に…」
 彼女が意気込むようにそう言えば、少年は柔らかな笑みを浮かべてそれを遮る。
「いえ、僕が疲れてしまったんです」
 口ではそう言うものの、肩で息をする彼女と、多少の疲れは見えるものの足取りもしっかりとし、呼吸も安定した彼とでは、どちらにこそ休憩が必要なのか、一目瞭然であったが、彼は更に言葉を続ける。
「ね、飛燕も疲れたろう?」
 彼女の傍らにいる騎獣にそう声をかけると、それに呼応するかのように、くうんと小さな鳴き声が聞こえ、それには彼女も苦笑しながら頷かざるを得ないのであった。

「ねえ李斎」
 なるべく樹々に寄り添うように、森に同化するかのように、里木に添って小さく小さく身を縮こませ小声でやり取りを交わす二人。最初の頃こそ、声を小さくしているつもりが、それが却ってやたらと耳につくような感じがして落ち着かなかったが、それももう慣れたようで、気を紛らわす会話も出来るようになってきた。
「はい」
「こんな事を言うのは酷かもしれないけれど、あまり気を急いてはだめだよ」
「しかし台輔…!」
「しぃ。その呼び方もだめ。蒿里、と呼んでってお願いしたでしょう?」
 まるで幼子を相手にするかのように、泰麒は口元で人差し指を立てて、李斎のその行為を咎める。
「呼べません…あなたをその様に呼んでいいのはあの御方だけです……」
「そんな事はないと思うのだけど」
 泰麒は口ではそうは言いながらも、胸にちくりと何かが刺さるような気がして、そうだ彼女の言う通りだと、肯定する自分がいるのも確かであった。
「…私の気持ちの問題なのです」
 失くした腕を掻き抱くように俯いて声を絞り出す李斎に、泰麒は「ありがとう」と胸の内で呟く。何故そう思ったのかは泰麒は自分でも分からなかったが、これ以上は無理強いすまいと、別の案を提示する。
「じゃあね、こうしよう。あちらでの僕は、姓は高里、名は要で呼ばれていたんだ。どちらか李斎の呼びやすい方で呼んでもらえたら嬉しいな」
「たかさと、かなめ…」
「そう。僕らがあの方とお会いできるまで呼び名が無いのも不便だし、ね?」
「…はい」
 泰麒のその提案には納得がいったようで、李斎は小さく頷くのであった。

 少し休憩をしたら彼らは再度進むつもりであったが、気づけば陽も落ち、辺りはあっという間に夕闇に包まれ、彼らはその場で一夜を過ごすことを余儀なくされた。
 必要最低限の火を熾そうと、李斎が薪になりそうなものを集め、泰麒がそれを火を点けやすいように並べていき火を点ける。
 今にも消えそうな小さな熾火でも彼らには無くてはならないもので、火を絶やさないように、でも何かあればすぐに消せるように神経を張り巡らしていた。
 火を弄りながら、泰麒はぽつりぽつりと口を開く。再会までの長い時間を、溝を少しでも埋めるように、自分の思ったこと、感じたことを伝えようと懸命であった。
「李斎はさ」
「はい」
「あの方にお会い出来たら、まず最初に何て言いたい?」
「開口一番の言葉、ですか?」
「うん」
「やはり、ご無事をお喜び申し上げる言葉でしょうか…」
「ふふ、李斎らしいや」
「では、たか、いやあの、かな、ああもう…!」
 まだ呼び方を決めかねるのか、呼び方一つで戸惑う李斎の可愛らしい一面に泰麒は苦笑しながら宥める。
「ああ、そんなに悩まないで。…といっても僕のせいなのだけど」
「いいえ、私が優柔不断なだけなのです。いっそのこと全く関係の無い偽名ならばまだ呼びやすいのですが」
「そうだね、それも検討しようか」
「…お願いします」
「あとその態度も直さないとね。もっと僕に対して横柄になってもらわないと」
「これ以上難易度を上げないでくださいませ…」
「でも、ねえ。明らかに年上の李斎が年下の僕を敬っているなんて『何かあります』と言っているようなものだし」
「…善処します」
 ああ、話題が逸れてしまったと泰麒はふと我に返り、先程の李斎の問いを予測して、そしてそれは恐らく間違っていないだろうという確信のもとに答える。
「僕があの方にお会い出来たらね、『馬鹿』って、『何でもっといろいろお話してくださらなかったんですか』って詰ってしまいそうです」
「台輔」
 先程まで散々呼び方一つに悩んで右往左往していたのに、さらりとその呼び方が出てしまうほどには、李斎も泰麒の口にした内容に驚いているようであった。
「あの方があの方なりに、僕に対していろいろ心を砕いてくださっていたことは知っているんです。それでもやはり僕達の間には会話が絶対的に不足していたんです」
「……」
 泰麒のその答えに、李斎は否定も肯定も出来ず沈黙を守る。
 そんな李斎をよそに、泰麒は誰かに聞かせると言うより、己に言い聞かせるように、両手で顔を覆いながらつらつらと言葉を紡いでいく。
「今ね、不思議なんです。具体的に、何処へ行かなくてはいけなとか、何をしなくてはならないとか、何一つ明確になっていない状況にもかかわらず、『大丈夫だ』って思えるんです」
 思わず「何て楽天的な」と李斎の口からついて出てしまいそうであったが、泰麒の次の言葉に息をのむ。
「願いは祈りとなり、祈りは力となる。最上の在り方を模索して真実に、ひいてはあの方に近づけたらいいとそう願います」
 泰麒のその言葉に李斎はその場に平伏しかけ体勢を崩す。「申し訳ありません」と言いながら慌てて体勢を直そうとする李斎に、泰麒がそれを支えようと、彼女に触れれば、その身体は随分と冷え込んでいるようであった。
「…ちょっと喋りすぎてしまいましたね。今日はもう休みましょう、李斎」
「え、ええ」
 おのおの身体を休めやすい場所を確保して、恒例になった習慣を実行する。まず泰麒が休み、李斎が見張りで、それを交代に行うということを。
 泰麒は身体を横たえ少しでも休息を得ようと試み、李斎は見張りの態勢をとるが、その日はなかなか寝付けず、泰麒はもぞもぞと動きながら口を開く。
「李斎、あのね」
「…はい」
「明けない夜はないんです、終わらない冬はないんです。今はまだちょっと夜明け前を駆け巡っているだけなんだと思います」
「……」
「だから僕と李斎だけでも祈り続けましょう。この願いを成就させましょう」
「はいっ…」
 嗚咽を飲み込むように返事をする李斎に、泰麒はいいことを思いついたというように軽やかな声をあげる。
「ああ、そうだ」
「どうされました?」
「僕、梅の花は見たことあるのだけど、戴に桜の花って咲くのでしょうか」
「桜、でございますか…。申し訳ございません。植物の事にはあまり精通しておりませんで。ですが、戴は寒冷の地なれば難しいやもしれません」
「じゃあもしあの方に無事お会い出来て皆で元の場所に戻れたら、一つおねだりをしてみようかと思います」
 この場の雰囲気にそぐわない「おねだり」という言葉に李斎は首を傾げつつも、泰麒の次の言葉を大人しく待つ。
「僕のいたあちら、蓬莱では、何か願い事が叶ったことを『桜咲く』と言うことがあるんです。だからあの懐かしい場所に無事戻れたら、あの大きな庭に桜の樹を植えてもらおうかな、なんて。もし桜が無ければ、あの方にお願いして頂いて天から授かることも出来るんじゃないかなって」
「…さくら、さく」
「はい。桜咲かせましょうね、李斎」
「はい、はいっ…」
「じゃあ僕はちょっと寝ますね」
 そう言いながら、李斎に背を向けるようにして泰麒は眠りに落ちていくのであった。
 彼の背中を見つめる李斎の瞳に、迷いはもう、無い。
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