* * * 由都里さまのコメント * * *
※ 未生さんの「月影」は尚隆が大人で陽子が子供だったからこと成立したことを
裏付けたパロディSSです。
勝手にいじって申し訳ありませんでした。
長編「月影」第2回第4章より
影 月
作 ・ 由都里さま
「楽俊!!」
しんと静まった夜の玄英宮で、楽俊にあてがわれた自室の扉が勢いよく開いた。次いで、半ば金切り声で叫びながら飛び込んできたのは、楽俊より一つ年上で初めての友、中嶋陽子。今、景王になる決断を迫られているうら若き乙女である。……普通、乙女は深夜に異性の部屋に踏み込んできたりはしないのだが。
「楽俊!きいて!人生最大の屈辱だ!!」
陽子はネズミ姿の楽俊に抱き着いて、えぐえぐと泣きだした。
「陽子ぉ…だからおいらは正丁だって……」
「あの糞餓鬼に夜這いかけられた!セクハラだ!!いくら王だからって許せない!!」
「はあ!?」
その蓬莱語はどういう意味なんだ、などということはこの際些細な問題だった。相変わらず陽子は楽俊の腰に腕を回しているが、今の状況がどうでもよくなった。
「陽子…さん……?その、……糞餓鬼っていうのは……その……」
「延王とかほざいてる自称五百歳の餓鬼だ!!」
「……」
楽俊は賢かったので、この話は聞かない方が良いと悟った。しかし現実は非情である。陽子は怒りに任せて語りだした。
「最初は心配して見に来てくれたのかなあと思ったんだ。でもあのバカ、何て言ったと思う!?その歳でまだ嫁に行っていないならどうせ未通女だろうって……うるっせえ!!なんで私が処女だって知ってるんだあの変態!ていうか二十三で独身なんて普通だわ!五百年前と今とじゃ違うんだ、この糞爺!!」
楽俊は遠い目をしながら、餓鬼だったり爺だったり大変だな、と思った。とりあえず自分のちょっと大きな耳をふさぎたかった。初めて聞く陽子の罵詈雑言も、本能的に聞いてはいけない内容も、全て遮断したかった。
「あー、陽子。あのな……」
「俺が相手してやってもいい、って……馬鹿にしやがってえええ!!彼氏いない歴が年齢になってるのはお父さんのせいだもん!短大時代は門限厳しかったし、仕事が忙しくてそれどころじゃなかったの!!だから私がモテないわけじゃない……たぶん!お前に頼まれたって願い下げだわ!!どうせなら初体験は楽俊がいいわ!!」
「ばっ!?」
楽俊はむせた。せき込むついでに泣きたくなった。もはや延王の放埓ぶりにやるせなさを感じているのか、陽子の爆弾発言に度肝を抜かれたのか分からなかった。
「うええええええん!!!あいつなんか、だいっきらいぃぃぃ」
楽俊の毛を掴みながらぎゃんぎゃん泣く姿は、残念ながら昨日まで露台で一人涙していた娘と同じ人物だとは思えない。楽俊の髭がしおしおと垂れた。
「……でも陽子、やっぱりすごいな……稀代の名君に向かってそこまで言えるやつは陽子ぐらいなもんだぞ……」
まごうことなき王の器である。対して陽子は一通り泣いてすっきりしたのか、すっくと立ちあがった。
「本っ当にデリカシーのない男!私が景王になったら後悔させてやる……」
「え、王になるって決めたのか!?」
楽俊は目を丸くした。陽子は小首を傾げた。
「だって、蓬莱に帰ったら私がモテないわけじゃないってこと、尚隆はわからないじゃない。王になってイケメンを連れて歩いているところ、あいつに見せつけてやらなきゃ!!」
「あっはい」
彼女がその気になったのだから、動機はこの際問わないことにする。しかし。
「――ん?ナオタカ?」
「え?」
「いや、今、延王のこと……」
「あの男が自分でそう呼べって言ったんだ!尊称なんかつけてたまるか、呼び捨てで十分だ!」
「……」
楽俊は大きくため息を吐きながら宙を仰いだ。
実は楽俊は、前日の晩にたまたま六太から聞いていたのだ。延王は自ら本名を名乗るくせに、誰にも真名を呼ばせないという。それこそ、宰輔である六太ですら、ここ数百年ショウリュウとしか呼んでいないのだと。それを、変なやつだろ、と六太は苦笑していたのだが。――それを、陽子に許したのなら。
――これは分かりにくいですよ……延王……。
これを機に、楽俊の気苦労は今後続くことになる。
* * * * * *
月光が射しこむ広い牀の片隅、寝ている陽子の傍らに腰を下ろした尚隆は、内心すこぶる緊張していた。何度か咳払いをして声を整え、今からの流れを脳内で反芻し、陽子の方を向き直ったら、すでに気配を感じて起き上がっていた陽子が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。その瞬間、用意していた台詞は綺麗に頭から消え去った。
「……まだ、おはよう、の時間ではないと思いますが、今宵は何用ですか?」
「なんだ、つまらん。今夜はそんなに不細工ではないようだな」
「は?」
むっとして睨んでくる陽子を鼻で笑った。
「てっきりお前が今夜も泣いていると思って、慰めにきてやったのに。これでは俺の気配り損だ」
「……余計なお世話です。そんなの、延王が勝手にやったことでしょ」
「俺は王の称号で呼ばれるのが好きではない。お前なら胎果の誼で、名前で呼んでも構わない」
「はあ……ショウリュウさん」
「なおたか、でいい」
「……」
陽子は眉をひそめ、ただじっと見つめてくるだけだった。月の光を受け、翠が鮮やかだった。
「ところでお前、その年でまだ嫁いでいなかったのか?」
「は……?」
「二十三ともなれば、立派な嫁き遅れだろう。親は何をしていたのだ」
「――あの、そういう言い方やめてもらえます?あなたの頃はそうだったかもしれないけど、今はこれで普通なんです」
「だがいずれにしろ、お前の様子じゃ、まだ男を知らない未通女だろう」
陽子の顔がカッと朱に染まるのが分かった。頭の奥で「やめろ」と叫ぶ声を聴きながら、それでも尚隆は止まらなかった。
「処女のまま王になったら笑いものだろう。その前に俺が相手をしてやっても――」
その時、牀に一発、乾いた音が響いた。
陽子が尚隆の頬に張り手を食らわせたのである。
「……」
尚隆は肩で息をしている陽子を呆然と眺めた。陽子の顔は怒りで真っ赤になり、涙も浮かんでいる。
「――稀代の名君だか何だか知らないけど、大っ嫌いだ!!」
「よ……」
「触るな!それに、人のこと勝手に処女だなんて決めつけないで!!」
そのまま陽子は堂室を飛び出していった。
* * * * * *
「尚隆、お前──」
自室に戻ると、六太が待ちかまえていた。六太は卓の上に片胡坐をかき、頬杖をつきながらニヤニヤしている。
「やっちまったなあ!」
そう叫ぶと、我慢できないというように、腹を抱えて笑い転げた。
どうせ使令を張り付かせていたのだろう。六太は確実に今の出来事を知っている。
「それにしても陽子は粋なねーちゃんだな!あの尚隆をここまでけちょんけちょんにするなんて!」
尚隆はむすっとしながら六太をねめつける。
「生まれてこの方の大敗じゃないのか?いやあ、久しぶりにさっぱりしたなあ。陽子は良い王になるぜ、きっと」
「知るものか。あの娘、まだ蓬莱に帰るとめそめそしているのではないか」
六太はそんな尚隆をさらに笑った。
「お前な、主の俺をバカにしすぎだろう!」
「だって俺馬鹿だもーん」
「……」
「昔の自分を恨むんだな」
ついに尚隆は我慢できなくなり、六太の頭に拳骨を入れた。
「いってーな!お前、そうやって手が早いから陽子に嫌われたんじゃねーの?」
「黙れ」
尚隆は少し赤くなっている片頬をさすった。
「……俺は悪くない。事実を言ったまでだ。陽子が勝手に逆上したのだ」
「まーた、そんなこと言って」
「……怒らせるつもりはなかったんだがな……」
尚隆は上着を羽織り、庭に続く扉を押した。
「夜風にあたってくる。もう夜も遅い。お前も寝ておけよ」
「は……?」
六太は面食らった。初めてといってよかった。その尚隆の放つ空気はそこらの十六の少年と全く変わらない。尚隆が、年相応の顔をしていたのである。
――分かり易すぎなんだよ……尚隆……。
本気なのかよ、と六太はため息をついて主を見送った。
おわり(ごめんなさい)
由都里さんのお誕生日に御題其の二百四十
「夢幻の姿」を捧げたところ、
お返しをいただきました。
由都里さんが描かれた「十六歳尚隆と大人陽子主上」版
拙作長編
「月影」第2回第4章でございます。
ぶはっ! お腹捩れました(笑)。
「夢幻の姿」で陽子主上が「それでもあなたを好きになったと思う」とのたまいましたが、
この分じゃかの方は遠大な苦労をしそうでございますね(自業自得/笑)。
由都里さん、楽しいお話をありがとうございました!
(無断転載厳禁。勝手にお持ち帰らないでくださいね!)
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2017.11.04. 速世未生 記