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御題其の十四

乙女の胸の内

「あまり、余計なことばかり考えていると、眉間の皺が増えるぞ」
 尚隆はそう揶揄して陽子を抱き寄せた。陽子は緊張を隠せない。ずっと会いたかった。でも、いざ二人きりになると……。
 くすりという笑い声とともに、唇が落ちてきた。抱きしめる手が緩く結ばれた髪を解く。その広い背におずおずと腕を回す。
 ゆっくりと、確かめるように、陽子の身体をなぞる指と唇。その温かく柔らかな感触に、少し震えが走った。腕に、掌に、指に口づける唇。陽子は小さく溜息をついた。分かりきっている事実なのに、と自嘲する。
「──女らしくないよね、私の身体」
「そうか? この指も、手も、腕も、働き者のよい女のものだと思うぞ」
「──働き者のよい女って、剣を振るうの?」
「少なくとも、俺の伴侶はそうだが。何か不満か?」
 尚隆は悪戯っぽく笑う。陽子は軽く吹き出した。このひとは、こうやっていつも全てを受けとめてくれる。陽子はそんな己の想いを、今、伝えてみたくなった。
 優しい眼差しをじっと見つめると、胸が熱くなった。そっと尚隆の首に腕を絡め、微かに囁いた。

「──いつも、あなたの言葉を、思い出していた」

 尚隆は優しく微笑した。陽子は瞳に滲む涙を感じながら続けた。

「あなたの言葉が、私の支えだった。──ありがとう」

 尚隆は目を細めて頷いた。瞬きをすると涙が零れた。その逞しい肩に顔を埋めた。もっと小さな声で、そっと告げた。

「離れていても、いつも胸にあなたがいた……」

 ずっと、このまま、この温もりを感じていたい、そう思った。髪を撫でる尚隆が、そっと呟いた。

「お前が無事で、よかった……」

 陽子は顔を上げて笑みを送る。心配かけてごめんなさい、と。尚隆は何も言わず、じっと見つめるばかり。陽子は少し戸惑った。
「──尚隆(なおたか)?」
 零れた涙を拭う唇の感触。いきなり身体が宙に浮いた。さっさと臥室に向かう尚隆に、陽子は慌てて抗議した。まだ、夕食が終わったばかりなのだ。それに──まだ、抱きあって余韻を感じたかったのに。その言葉は熱く甘い口づけに呑みこまれた。

「──陽子、夜は短いのだぞ」

 人の悪い笑みを見せて断じる尚隆に、陽子は羞じらい頬を染めた。

 このひとは、明日には帰国してしまう──。

 牀に横たえられた陽子は、万感の想いを込めて伴侶に身を委ねた。

2006.05.09.
 乙女と男の思惑の違い……。 自分で書いていて、またもや悶絶してしまいました。 私って、実はかなり邪なのですね……!  なんだか、こんな自分が嫌になってきた。お題にしては長いし……。 でも、手を止められない〜! え〜ん(泣)

 ──ごめんなさい、つい書き流しましたが、かなり錯乱してますね!  はい、これは 「黎明」第24回71章の裏話です。 本編が邪なのだと思います……。(別窓開きます) 陽子主上、なんで抵抗するの!? という私の疑問から生まれた小品です。

2006.05.09.  速世未生 記
(御題其の十四)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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