「目次」
「玄関」
御題其の二百三十八
酒席の肴
「最初の出会いを憶えてる?」
空の杯に酒を注ぎながら、利広は久しぶりに顔を合わせた腐れ縁の風来坊に問うてみた。風漢はにやりと笑って注がれた酒を呷る。
「ずいぶん昔のことを訊くのだな」
簡単に答えをくれるような男ではないと知りながら、利広は溜息を禁じ得なかった。利広の杯に酒を満たした風漢は、楽しげに肩を揺らす。利広は苦笑を浮かべて話を続けた。
「よく憶えてないんだよね。二度目の印象が強くて」
言って利広は大きく嘆息した。ほう、と風漢は片眉を上げる。
「二度目は憶えているのか」
「そりゃあね」
それが、いつ、どこの街だったのかは忘れてしまった。が、陣取っていた飯堂で、入ってきた男に目が引かれた。既視感を覚えたのだ。どこかで会ったことがある。しかし、詳細を思い出せなくて、何度もその男に眼を遣った。
「――あんた何者、とでも言いたげだったな」
聞いた風漢は薄く笑い、軽く返す。利広は眼を瞠り、苦笑した。
「憶えてるんだ」
風漢はくつくつと笑い、杯を乾かした。空の器を差し出す風漢を睨めつけながらも利広は酒を注ぐ。風漢は楽しげに語り出した。
「お前が姿を消してから思い出した」
稀なる騎獣を連れた若者に興を覚えて話しかけた。これは借り物だ、と答えながらも、?虞を持つに相応しい身なりをした若者だった。歳の割に旅慣れたその若者と一期一会の酒を酌み交わし、別れたはずだった。
「六十年は経っているだろうに、姿が変わっていないのだからな」
すぐに思い出せるわけがなかろう、と結び、風漢は呵々大笑した。なるほど、と返し、利広も唱和する。
「――同類ならば、また忘れた頃に出会うだろう。そう思っていたぞ」
「確かにね」
風漢の言葉通り、何度も邂逅を繰り返し、いつしか互いの素性も薄々気づき、今や出会う度に酒杯と情報を交わす仲だ。
軋みかけた国の首都。気の重い任務を帯びて訪う場所で、ひとときその重荷を分かちあう。そう思いつつも、利広がそれを風漢に告げることはないのだった。
2017.06.05.
6月5日は利広の日、ということで帰山コンビを書いてみました。 お楽しみいただけると嬉しゅうございます。
まあその、遅刻はデフォルトですね(苦笑)。
因みに、最初の出会いは「帰山で十題」其の九
「放浪」
、二度目の出会いは小品
「放浪邂逅」
で書いております。 捏造満載ですが、大丈夫な方はご覧くださいませ〜。
2017.06.06. 速世未生 記
(御題其の二百三十八)
背景画像「幻想素材館 Dream Fantasy」さま
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