慶 賀
* * * 起 ── 怒号 * * *
「小松尚隆っ! いい加減にしろ! 貴様は当分、金波宮出入り禁止だ!」
慶東国王都堯天。国主景王が住まう金波宮の禁門にて、怒声が響き渡った。その鮮やかな紅の髪と同色に頬を染め、官服を纏った女王は禁門から男を蹴り出した。
「こいつを放り出し、二度と門を通すな」
景王陽子は門卒に怒鳴り声でそう命じた。何事かと駆けつけた門卒たちは、主の怒気に思わず平伏した。それを見て景王陽子はますます声を荒げる。
「慶では伏礼はとっくに廃止されたはずだが。お前たちは勅命を聞けないか!」
門卒たちは、武断の女王の凄まじい怒気に竦みあがった。一人がこわごわと声を上げる。
「恐れながら、主上……」
「なんだ」
「そのお方は、延王とお見受けいたしますが……」
主は叩頭礼を嫌っているが、他国の王に対しては礼を取らなければならない。遠慮がちに問うた門卒の言葉に、景王陽子は鼻で笑った。侮蔑的な目で自ら蹴り出した男を見やる。
「ふん。この男はただの風来坊だ。偉大なる延王ともあろう方が、こんな恰好で不躾に現れるものか」
蹴り出された男は、女王の嘲弄にも鷹揚に笑っただけだった。慶国の高官よりも簡素な長袍を纏ったその男は、ゆっくりと立ち上がった。そして片眉を上げて女王に言い返す。
「こんな恰好とはお言葉だな。お前の恰好とてそう変わらないと思うがな」
「御託を抜かさず、とっとと帰れ! ちゃんと出迎えてほしければ、公式に訪問してみろ」
何を言っても懲りる様子のない男の揶揄に、美貌の女王はますます顔を蹙める。男を睨めつけた女王は、更に怒声を上げた。
ほう、と蹴りだされた男は面白そうに笑った。眦を吊り上げる麗しき女王に人の悪い笑みを向け、男はおもむろに確認した。
「公式訪問でなら、そんな恰好ではなく、正式に大袞で出迎えてくれるのだな?」
「勿論だ。公式に訪問していただければ、私も大袞で正装してお迎えいたそう。ただし──」
景王陽子は凄惨な笑みを男に向けた。夜叉のようなその笑みもまた美しいものだ。男は暢気にそう思ったが、さすがに口に出すことはなかった。
「くだらん用事で正式訪問などしてみろ、そのときは、永久に出入り禁止だからな」
そう言い捨てると、景王陽子は豊かな緋色の髪を靡かせて踵を返した。足を踏み鳴らして王宮に帰るその姿を、男は苦笑を浮かべて見送る。
固唾を呑んで二人のやり取りを見守っていた門卒たちは顔を見合わせた。主はああ言ったが、蹴り出された男が隣国の国主延王であることは、一目瞭然であった。
二人は無言で頷きあい、一人は延王の騎獣を連れ出しに走っていった。延王とともにその場に残された門卒は、平伏したままそれを見送った。門卒の身分では延王に直接声をかけることは許されない。
「やれやれ。ずいぶん怒らせてしまったな。まさか、蹴り出されるとは」
延王尚隆はそうひとりごち、溜息をついた。しかし、その言葉とは裏腹に、延王の口調は楽しげだった。身の縮むような武断の女王の怒声も、隣国の王にとってはたいしたことではないらしい。さすが五百数十年の治世を誇る大国の王だ、と門卒は密かに感嘆した。
「近いうちに、また来る。なに、お前たちに迷惑はかけまいよ」
延王尚隆はそう言って太い笑みを見せた。門卒は叩頭したまま、はい、と返答した。それから隣国の王は、軽々と騎獣に跨り、去っていった。
2006.01.27.
「11111打」ありがとうございます!
今回は御礼企画といたしまして、小品連作など用意してみました。
「起承転結」と、4話連作でまいりたいと存じます。
今回の「起──怒号」は、去年の2月頃に書いたものです。
陽子を怒らせてみようかな、と軽い気持ちで書き始めました。
でも、何で怒っているか解らず、そのうち埃をかぶってしまいました。
今回、多少改稿して持ってきてみました。
さてさて、陽子さん、なんでそんなに怒ってるんでしょうね……?
2006.01.28. 速世未生 記