TRcatさま「5000打記念リクエスト」
対 決 (上)
* * * 序 章 * * *
慶東国首都堯天。国主景王が住まう金波宮に傷だらけの訪問者が現れた。
「どうか、戴国をお救いください……!」
戴極国将軍李斎は景王陽子にそう訴え、そのまま倒れて床に就いた。満身創痍の女将軍の命をかけての嘆願。景王陽子は心打たれた。なんとかしてやりたい──その気持ちのもと、陽子は戴国救済に乗り出そうと奔走する。
そんな景王陽子に情報提供を求められた延王尚隆は、延麒六太とともに自ら慶を訪れた。何があっても王師を戴に向かわせてはならぬ、延王は強い口調で陽子を諭す。戴を救おうと王師を派遣することは覿面の罪にあたる。延王と延麒はそれを景王に伝えるために直接出向いたのだ。
覿面の罪──理由の如何を問わず軍兵を他国に向かわせること。王、宰輔ともに数日のうちに命を落とし、国氏が変わるほどの大罪である。
早まるな、という延王の説得にも、景王陽子は、見捨てることはできない、と食い下がる。延王と延麒の心配をよそに、景王陽子は冢宰浩瀚及び太師遠甫に命じた。天の摂理に触れないように戴国を救済するためにはどうすればよいか奏上せよ、と。そして会議が開かれた。
* * * 1 * * *
積翠台は妙な緊迫感に満ちていた。慶東国国主景王である主は憔悴した様子を漂わせ、雁州国国主延王はむっつりと押し黙っている。雁州国宰輔延麒は二人を見比べて小さく肩を竦め、慶東国宰輔景麒に苦笑を見せた。景麒は延麒に気遣わしげな視線を返したが、何も言わない。
──何かあったのだろうか。
慶東国冢宰浩瀚は心の中で呟いた。しかし、浩瀚にもそれ以上考える余裕はなかった、前日より関係官吏を集め、夜を徹しての有司議をもった。が、これといってよい解決案をみつけられなかった。その中での奏上である。
浩瀚は提案する。まずは泰王の所在を確認することが肝要であると。泰王はまだ戴にいるのでは、という浩瀚の言葉に延王尚隆は同意した。近隣で最も大国である雁に連絡を取っていないのであれば、他国には行っていないだろう。
浩瀚は続けて述べた。泰王を保護するには戴に乗りこんで泰王を捜す必要がある。そしてその行為は天の摂理に抵触する可能性がある、と。
主は考えこんだ。泰王を捜すだけなら軍勢は必要ない。戴を訪問し泰王がいないので捜すのはどうか。主のその問いに、浩瀚は応えを返す。天の目こぼしをもらえるかどうか定かではないので、不可能だ、と。
この応えに、慶国宰輔景麒は溜息を零し、雁国宰輔延麒は声を上げて笑った。主は苦笑する。
不可能だとして他に方法はないか、と問う主に、浩瀚は泰麒捜索を提案した。泰麒が姿を消したとき、鳴蝕があったという。それならば、泰麒は蓬莱あるいは崑崙に流されたと考えられる。ただし。
実際にどう捜すかが問題になる。そう述べた浩瀚に、主は首を傾げる。蓬莱に詳しい延麒が主に説明した。伯以上の仙ならば蓬莱に渡ることはできるが確固たる存在でいることができない、と。主は瞬いた。延麒のその言に、浩瀚も首を傾げる。
延麒は苦笑し、説明を続けた。蓬莱の者がこちらに来ることはできるが、こちらの者があちらに行くことはできない。あちらに行けるものは、形のないもの──卵果だけだ、と。
主はますます首を傾げる。景麒は主を捜しに蓬莱に行ったはずだ。主の疑問に延麒は更に説明を続ける。胎果でない者があちらに行っても人の形を保っていられない、と。
延麒に問われ、景麒が答える。景麒があちらで人の形を安定して取れたのは、主が近くにいたときだけだ、と。主は驚いたようだった。
延麒は主が納得したのを見取って尚も語る。王や麒麟でも人の形が保てないところに手勢を多数送ることはできない。しかも、泰麒は胎果だからあちらでは姿が変わっている。簡単に捜すことはできないのだ、と。
主はまた首を傾げた。浩瀚は自国の太師遠甫と顔を見合わせた。主は考えながら口を開いた。
「確かに私はこちらに来たときに見た目が変わったけれども……それは、もう一度あちらに戻るとどうなるんだ?」
主の言葉に浩瀚は耳をそばだてた。主の姿が変わったとは、浩瀚には初耳だった。
延麒は、戻るな、と素っ気なく言った。そして、こちらの者にはよく分からない胎果の事情を語る。蓬莱の人間は黒い髪と黒い瞳を持つ。主のような赤髪緑眼や、延麒のような金髪はありえないそうだ。だから李斎を連れて行っても泰麒の顔が分からない、と延麒は断言した。
ただ、麒麟には麒麟の気配が分かる。泰麒を最初に蓬莱で見つけたのは自分だ、と延麒は言った。主は延麒に問う。それならば、麒麟ならば泰麒を捜すことができるのか、と。延麒は頷いた。ただし、延麒と景麒、たった二人で捜しても何年かかるか分からない。延麒は難しい顔でそうつけ加えた。
「では、それが十二人なら?」
主は何気なくそう言ったようだった。しかし、場の緊張感が更に増した。主は胎果で、こちらの常識に疎い。しかし、この場でそれを諌めることは、立場上浩瀚にはできなかった。
「陽子、こちらでは他国に干渉をしないのだ」
それまで黙していた延王尚隆が、溜息をついて主を諭した。そう、この場で主に意見できる人物は隣国の王をおいて他にはいない。しかし、延王の説明に、主は首を傾げ、鋭い視線を浴びせた。
「延王は私に手を貸してくれましたよね?」
「それは俺が胎果で、変わり者だからだ」
主の明らかに挑戦的な視線を真っ向から受け止め、延王は再び溜息をつく。主の様子はいつもと違っていた。そして、主を諭す延王の態度も、常とは異なっていた。それは誰もが感じているらしい。緊張感がいや増し、浩瀚は蟀谷に嫌な汗が流れるのを感じた。
「度外れたお節介なんだ」
延麒が半畳を入れながら、緊迫した二人の王の間に割って入った。明らかにほっとした溜息がその場に満ちた。延麒はそのまま延王の言葉を引き取り、主に説明を始めた。しかし、それでも主は納得しなかった。十二も国かありながら団結して何かをやったことがないのか。それともそれすらも禁じられているのか。そう食い下がる主に、雁国主従は、さあ、顔を見合わせた。
確認したこともないのか、と主は呆れ顔だった。戴は自力で自国を救うことができないのだったら他国が手を貸す必要があるだろう。主は当然のようにそう言った。
そして、主は隣国の王に勁い瞳を向ける。そもそも戴に政変があったときにおかしいと思わなかったのか、何が起こったのか確認しようとはしなかったのか、と。
もちろんしたとも、と隣国の王は重々しく答える。しかし、延麒があっさり内情を暴露した。当初は公式非公式ともに調査したが、何の確認も取れなかったため、さっさと静観を決め込んだ、と。横目で己の主を睨みながら、延麒は蹙めっ面で語る。
「──以来、そのまま放置してきたんだ。言っておくが、おれは何度も、戴がどうなっているか調べろ、救済方法を探せ、と進言したぞ」
「なるほどな」
主はそんな延麒に軽く相槌を打つと、微かに笑みを見せた。隣国の王に向けたその笑みは、常の主らしくない皮肉めいた嗤いだった。
「所詮は他国のこと、なるようになれ、というわけだ?」
静かに、しかし強かに主はそう言った。場の空気が一気に凍りつく。大恩ある隣国の王に向けるには、あまりにも不躾な言葉だ。浩瀚は思わず息を呑んだ。遠甫も同様の反応を示した。主上、と諌めるような小声を上げたのは景麒だろうか。
可愛がってきたはずの隣国の若き王に、侮蔑的な言葉をぶつけられた延王尚隆は、不快そうに眉を顰めた。それは当然の反応だろう。が、主の伴侶が主にそんな顔を向けるのを、浩瀚は初めて見たのだった。低く獰猛な声音で延王は返す。
「景王には言葉が過ぎないか」
「けれども事実じゃないのですか? 静観していればそのうち泰果が生って、それで全部が振り出しに戻って雁は安泰でいられる、そういうことなんじゃあ?」
主はそれでも臆することはなかった。二人の王の間に火花が飛び散っていた。
2005.12.20.
TRcatさまによる
「5000打記念リクエスト」でございます。
今回、サイト改装に伴い、ふたつに分けてみました。
原稿用紙22枚分の短編は、1ページにするには長すぎるかな、と思いまして。
ついでに壁紙も替えてみました。
2007.08.07. 速世未生 記