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夢 現ゆめうつつ

* * *  第四夜── 登祚とうそ   * * *

 大袞で正装した新王が厳かに姿を現すと、人々は熱狂してそれを迎えた。天に祈り、地を治める、新たな神の降臨──。この国の人々は一日千秋の思いで今日この時を待ち続けていたのだから。
 麒麟に選ばれし新たな王を、慶東国国主景王陽子は、複雑な想いを胸に隠して見つめる。無論、めでたく喜ばしいことであった。これで巧国の天災は収まり、妖魔も姿を消すだろう。慶や雁に流れこんでいた荒民も、故国に戻ることができる。
 天は、新しき贄を選ばれた。天意を聞く巧州国の麒麟が選んだ国主塙王の名は、張清。かつて、景王陽子を助け、雁国に連れて行ってくれた者。

 楽俊──。

 おめでとう、と言わなければならないのだろう。この常世に、十二しかない尊い椅子に座ることとなった親友に。けれど、楽俊を前にし、ぎこちない笑みを浮かべた陽子の唇は、巧く動かなかった。

 楽俊まで、この頚木に、繋がれてしまうのか──。

 己と、伴侶と、そして、親友まで、玉座という、尊くも忌まわしい頚木に。そう思うと素直に祝福できなかった。そして、そんなふうに思ってしまう己に気づき、軽い目眩を感じた。
 涙が滲む。祝宴の席で、涙を流すなど、あってはならない。人前で泣いたことなど、ないはず。それなのに。零れる涙を恥じて、目を閉じた。

* * *    * * *

 ──目を開けると、見つめる瞳と視線が合った。深い色を湛えた双眸は、親友のものではなかった。
尚隆なおたか……」
「目が覚めたな」
 起こそうかどうしようかと思っていた、と笑う伴侶に、却って涙が零れた。もう一度瞼を閉じると、涙を拭う温かな唇が頬に触れる。伴侶の広い背に腕を回し、小さく呟いた。
「──夢を見た」
「哀しい夢か?」
「──ううん、楽俊が、巧の王になった夢」
「……ほう」
 嬉し泣きではなさそうだな、と尚隆は悪戯っぽい笑みを見せた。素直に頷くと、また涙が零れた。もっと小さな声で、呟いた。

「楽俊に……おめでとう、と言えなかった──」

 抱き寄せて頭を撫でる伴侶が、くすりと笑う。夢なのだろう、と揶揄する伴侶は、それでも限りなく優しい笑みを見せた。
「──その思いは、俺も同じかもしれぬ」
 王だからこそ、言えぬ言葉もある。延王尚隆の呟きに、景王陽子は声なく頷いた。そして、溜息をつく。
「楽俊が、どんな表情かおしていたか、憶えてない……」
「夢だからな。それでよい」
 穏やかに笑う伴侶に身を預け、夢でよかった、と呟いた。夢で終わればよいな、と伴侶は返し、優しい口づけをくれた。

 このひとの腕の中で、いつも切ない夢を見るのは何故だろう。この腕も、この眼も、こんなに優しいのに。

 目を上げると、微笑むひとがいる。──それを確かめるためなのかもしれない。瞬きとともに零れ落ちる涙を拭う温かな唇の感触を感じながら、陽子はそう思った。

2006.07.31.
 久しぶりの「夢現」でございます。 なかなか纏まらず、難産しました。しかも、題名で七転八倒……。
 このお話は、「もしも楽俊がいつか王に選ばれたら、陽子はどう思うのか?」 という私の疑問から生まれました。 ──陽子は、喜べないのですね。楽俊は、どうなのでしょう……?
 尚隆視点の小品、御題其の三十三 「見守る瞳」もよろしければどうぞ。

2006.07.31. 速世未生 記
背景素材「篝火幻燈」さま
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