「帰山で十題」其の四「月下美人」おまけ
月下異聞
ネムさま
2015/09/09(Wed) 22:25 No.21
月明かりの中、白い花弁がゆるやかに開き始める。
玻璃を通して差し込む月の光は小さな虹を含み、灯りを点さぬ部屋を、夢と現の狭間の如く、浮かび上がらせる。
「あぁ、本当に美しいですね」
陽子が溜息混じりに呟くと、周囲も同意の息を吐いた。
「奏か漣の南でしか咲かぬ花でな。北の雁では持たぬかもしれぬと懸念していた折、丁度慶の玻璃宮のことを思い出したのだ。やはり、ここの方が相性は良さそうだ」
そう言いつつ、延王・尚隆はまた杯を重ねた。
尚隆が大きな鉢植えを抱え、金波宮を訪うたのはこの日の昼前。夜にしか咲かない花を肴に宴を行うと言い、さっさと勝手知ったる玻璃宮へ入り、昼寝を決め込んでしまった。
隣国の王(および台輔)の急な来訪に慣れてしまった金波宮の王と官吏達は、呆れつつも、夜にしか咲かないという花を一目見ようと、宴の準備を始めたのだった。
期待に違わぬ花の美しさに皆が見惚れる中、再度溜息を吐いて陽子が言う。
「まさに月下に佇む美女、と言った風情です」
「陽子も詩人だな」
笑いながら尚隆は、ふと言った。
「美女と言えば … 以前聞いた話だが、千年ほど昔、どこかの国に胎果の女王がおり、それが絶世の美女だったそうだ。
蓬莱でもやはり美しかったそうで、女王を迎えに赴いた麒麟と使令は、それを帰すまいとする女王の求婚者達と戦になりかけ、何とかそれを巻いて、呉剛の門を抜けて戻って来たそうだ」
「それはすごいですね」
「常世に帰った女王は、蓬莱での己の屋形に似せた、種々の竹を植えた優美な宮を作り、故郷を偲んだそうだ」
「はぁ」
「陽子もいつか、数多の求婚者達を袖にして月に帰った美女として、蓬莱で語り継がれるかも知れんな」
「は?」
訝しげな陽子に、尚隆は悪戯めいた表情で顎をしゃくった。
「お前も、あそこを通り抜けてきたのだろう」
そして笑みを浮かべたまま、別の卓を冷やかしに席を立った。
暫し呆然としていた陽子は、不意に小さく声をあげた。
「まさか…」
そして尚隆が示した先へ目を移す。そこには、甘やかな芳香を放つ白い花と陽子を静かに照らす、まるい月が夜空に浮かんでいた。
― かかる程に、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり晝のあかさにも過ぎて光りたり。望月のあかさを十合せたるばかりにて、ある人の毛の孔さへ見ゆるほどなり。大空より人雲に乗りており来て、地より五尺ばかりあがりたるほどに立ち連ねたり … 屋の上に飛ぶ車をよせて「いざ、かぐや姫、穢き所にいかでか久しくおはせむ」といふ … 車に乗りて百人ばかり天人具して昇りぬ ― 『竹取物語』 より