御題其の七「御伽噺」
編み、継ぎ、紡ぐ。
篝さま
2017/09/18(Mon) 23:56 No.68
庭の片隅で藁を編んでいる老人の元へと幼い子が駆け寄り声をかける。
「じいちゃーん!」
「…またお前か」
ぶっきらぼうな物言いと不機嫌そうな声に、最初のうち子どもは怯えていたが、子どもが声をかければ必ず作業の手を止めて、しっかりとこちらの方に向いて話をしてくれる老人のことを子どもはすっかり気に入っていた。
そして、彼の話してくれる昔話を大層気に入っており、最近では三日と置かず彼の元へと通い続けているのであった。
「ねえねえ。いつもの話してよ!」
いつもの、で通じるくらい子どもは同じ話を老人にねだっており、今ではそれはすっかり日常の一部と化していた。
「…家の手伝いはしてきたんだろうな」
じろりと睨みつけるように老人がそう言えば、子どもはもう慣れたもので怯むことなくけろりと返事する。
「勿論」
「ならいい。…それにしてもまったく、こうもしょっちゅう邪魔をされたんじゃ堪らん。金をとるぞ」
口ではそう言うものの老人が子どもに何かを要求したことは一度もない。
「そうだ。これ」
そう言いながら子どもが背負っていた荷物から取り出したのは幾ばくかの野菜。
「母ちゃんがこれ持ってけって。いつも迷惑かけてるからって」
「…迷惑なのは否定せんが、これは要らん」
「貰ってくれよー。持って帰ったら、俺、母ちゃんに怒られちまう」
「ったく。そこに置いておけ」
詫びとして野菜を持たせるものの、かと言って母親も強くは止めはしない。子どもは言われた通りにし、いそいそと聞きの姿勢に入るのであった。
子どもには、自分が何故ここまでこの老人に関わろうとするのか己自身にも理由がよく分からなかった。最初は怖いもの見たさだったと思う。この狭い村の片隅で生まれ育ち、周りには生まれた時から見知った顔ばかり。
そこに急に入ってきた知らない人。
特にこれといった特徴は無いものの、村人たちの醸し出す雰囲気とは何かが違って見えた。それにあの年の人にしては珍しく指環なんてしているから気になったのかもしれない。
「それで?今日はどんなのが聞きたいんだ」
両手を手巾で拭いながら、老人の方からわざわざ話を振ってくれる。
「いつもみたいに王様が悪い奴らをばっさばっさ倒してくのがいいな!」
「餓鬼でも男だな。やはりその手の話を好むか」
こちらを見透かしたような物言いにこそばゆくなるが、早く老人の話を聞きたいという欲の方が勝っていた。
「どうせ餓鬼ですよー」
「その物言いが餓鬼が餓鬼たる所以よ。…それにしても同じ話ばかりでよく飽きないな」
「だって面白いもん」
「…そうか?こう何度も聞いているんだ。話の内容も覚えたろう」
「うん、まあ。だいたい覚えたかも」
「だったらなんで」
「だってさあ、じいちゃんが話してくれるのを聞く方がずっとずっと面白いもん」
軽く鼻の下をかきながら子どもがそう言えば、老人は不意を突かれたような表情をし、一瞬後には顔を顰めるものの、子どもは不意を突かれた瞬間の顔が老人の素顔なのだとぼんやりと幼心に感じ取る。
「…まあ、いい」
そして老人は軽く咳ばらいをし、指先を軽く撫でてから少年に請われるがままに口を開くのであった。