「投稿作品」 「祝12周年十二祭」

改めまして 篝さま

2017/09/18(Mon) 23:51 No.67
 此度もお祭りを開催してくださり、誠にありがとうございます。

 あまりお題に添えていないのですが(汗)、一作提出させて頂きます〜。

御題其の七「御伽噺」

編み、継ぎ、紡ぐ。

篝さま

2017/09/18(Mon) 23:56 No.68
 庭の片隅で藁を編んでいる老人の元へと幼い子が駆け寄り声をかける。
「じいちゃーん!」
「…またお前か」
 ぶっきらぼうな物言いと不機嫌そうな声に、最初のうち子どもは怯えていたが、子どもが声をかければ必ず作業の手を止めて、しっかりとこちらの方に向いて話をしてくれる老人のことを子どもはすっかり気に入っていた。
 そして、彼の話してくれる昔話を大層気に入っており、最近では三日と置かず彼の元へと通い続けているのであった。

「ねえねえ。いつもの話してよ!」
 いつもの、で通じるくらい子どもは同じ話を老人にねだっており、今ではそれはすっかり日常の一部と化していた。
「…家の手伝いはしてきたんだろうな」
 じろりと睨みつけるように老人がそう言えば、子どもはもう慣れたもので怯むことなくけろりと返事する。
「勿論」
「ならいい。…それにしてもまったく、こうもしょっちゅう邪魔をされたんじゃ堪らん。金をとるぞ」
 口ではそう言うものの老人が子どもに何かを要求したことは一度もない。
「そうだ。これ」
 そう言いながら子どもが背負っていた荷物から取り出したのは幾ばくかの野菜。
「母ちゃんがこれ持ってけって。いつも迷惑かけてるからって」
「…迷惑なのは否定せんが、これは要らん」
「貰ってくれよー。持って帰ったら、俺、母ちゃんに怒られちまう」
「ったく。そこに置いておけ」
 詫びとして野菜を持たせるものの、かと言って母親も強くは止めはしない。子どもは言われた通りにし、いそいそと聞きの姿勢に入るのであった。

 子どもには、自分が何故ここまでこの老人に関わろうとするのか己自身にも理由がよく分からなかった。最初は怖いもの見たさだったと思う。この狭い村の片隅で生まれ育ち、周りには生まれた時から見知った顔ばかり。
 そこに急に入ってきた知らない人。
 特にこれといった特徴は無いものの、村人たちの醸し出す雰囲気とは何かが違って見えた。それにあの年の人にしては珍しく指環なんてしているから気になったのかもしれない。
「それで?今日はどんなのが聞きたいんだ」
 両手を手巾で拭いながら、老人の方からわざわざ話を振ってくれる。
「いつもみたいに王様が悪い奴らをばっさばっさ倒してくのがいいな!」
「餓鬼でも男だな。やはりその手の話を好むか」
 こちらを見透かしたような物言いにこそばゆくなるが、早く老人の話を聞きたいという欲の方が勝っていた。
「どうせ餓鬼ですよー」
「その物言いが餓鬼が餓鬼たる所以よ。…それにしても同じ話ばかりでよく飽きないな」
「だって面白いもん」
「…そうか?こう何度も聞いているんだ。話の内容も覚えたろう」
「うん、まあ。だいたい覚えたかも」
「だったらなんで」
「だってさあ、じいちゃんが話してくれるのを聞く方がずっとずっと面白いもん」
 軽く鼻の下をかきながら子どもがそう言えば、老人は不意を突かれたような表情をし、一瞬後には顔を顰めるものの、子どもは不意を突かれた瞬間の顔が老人の素顔なのだとぼんやりと幼心に感じ取る。
「…まあ、いい」
 そして老人は軽く咳ばらいをし、指先を軽く撫でてから少年に請われるがままに口を開くのであった。

 飛び交う怒声。何かが壊れる音。
 乾いた空気に様々な音が乗せられ運ばれてくる。否が応でも周囲の緊張感が増していったその時、張りつめた糸のような均衡が一瞬にして崩れた。
 もう何が何だか分からなかった。ただ闇雲に手にした得物を振り回す。
 自分に出来ることなんてたかが知れている。きっと何も出来ないに等しい。それでも何かしたかった。しなければと思ったのだ。だからこの徒党に入った。
 
 でも、そうか。何も出来なかったか。
 
 男は目の前に襲い来る兵士の動きを瞬きせずに見つめる。どこか動きが止まっているかのように見えた。
 ああ、こんな自分でもここに居て何かの役に立てると思ったのが間違いだったんだな。
 抵抗する気もとうに失せ、あまつさえ手にしていた武器を手放しかけていた。
 その時、目の前を紅の閃光が走った――。
「生にしがみつけ!諦めるな!」
 それは一瞬で片付いた。
 突如割って入ってきた人物はついこの間新たに迎え入れた仲間の一人だった。相手を絶命させることなく、しかし致命傷になるような手傷を負わせたのだろう。気が付けば相手は地べたに沈んでいた。
「す、すまない…」
「こういう場合はありがとうの方が嬉しいかな。っと、こんな事を話している場合じゃないな」
 そう言いながら、半ば腰の抜けかけた男の腕を掴んで立ち上がらせ、そしてその掌に落ちた武器をしっかりと持たせる。
「一生懸命、抗って足掻いた結果なら、それもまた一つの結果なのかもしれない。けれど、どうかお願いだから自分から命を手放すような真似はしてほしくない。…私の自己満足なんだろうけど」
 言葉もろくに交わしたことがないような人間に向けるにしては、いささか真面目過ぎる程の言い分だ。しかし、何故だかその新緑の瞳にひたりと見据えられたら茶化すことも否定することも憚られた。
「…出来る限りのことは、する」
「そうか。では私は行く」
 そう言いながら少女は駆け出す。その背には深紅の髪を翻して。

 そして後に男は知る。怒涛の展開と驚愕の真実を。

 何度も諦めそうになったけれど、いっそ楽になりたいとも何度も思ったけれど、その度に少女の言葉を胸に抱きしめて、ひた走った。
 それから後のことはよくは知らない。暫くしてから身辺が賑やかになり、虎嘯をはじめこの地を去る者もいた。
 しかし男は変わらず前と同じ暮らしを続けた。いや、同じと言っては語弊があった。
 あの紅を身に纏った少女王のおかげで、徐々にではあるが暮らしぶりも向上していったのだ。
 無意味な税を取られることもなく、妖魔も出ず、天候も安定して田畑の実りを享受出来る。当たり前の日常。しかしこれ以上の幸福はなかった。
 あの時、あの場所で、あの言葉を貰えたから自分はここに居られる。生きていられる。
 何か返したかった。少女、いや王のために自分に出来ることをしたかった。

 だから己は、こうやって語り継いでいくことを決めた。

 暫くはあの土地で詳細を知らない人々に、事実とそれに至る経緯を伝えた。信じる者、信じない者、反応は様々であったが、それでも男は根気よく続けた。
 話をいくらでも華美に飾り立てることは出来たが、誇張することもなく、ただただ真実を伝えようと必死だった。
 あの土地から、一人また一人と顔見知りがいなくなった頃、男はあの地を離れた。その時男は既に初老に差し掛かっていた。それでも尚、まだ伝えられる人がいるのではないかと各地を流転し、そしてこの村に辿り着いたのであった。


「…いちゃん、じいちゃんてば!」
 子ども特有の甲高い声に意識を揺さぶられる。
「なんだ金切り声を上げよって」
「だって…!急に黙りこくったと思ったら、ぴくりともしなくなっちゃったんだもん…」
「男が泣くな」
「…さっきは餓鬼って言ったくせに」
「減らず口ばかりききよる」
 涙の跡の残る子どもの頬を強引に己の指で拭う。
 ―その指には今でも鈍色の指環が嵌められていた。所々くすんでもう元の色も分からない。若い頃に比べると指の肉も随分と削げ落ち、指と指環の間にも隙間が生じていた。
 それでも外さない、外せない。これは己が生きた証。
「今日はもう休む?」
 心配げに己の顔を覗き込んでくる子どもの頭をやや強引に撫でて、その肩を借りる。
「そうさせてもらうか」
 勢いをつけないと立ち上がるのにも一苦労する。
 その時、気を付けてはいたものの指からするりと指環が抜け落ち、地面へと転がり落ちた。
「あっ!待ってて。俺拾うよ」
 己の体力の低下は自覚していたので子どもの言うことを大人しく聞く。そしてふと思い浮かんだ考えを口にする。
「…坊主。それをやる。それで少しでも金に換えるといい」
 先程は外せないと思っていたのに、一体どういう風の吹き回しか。己にも自分が解らなかった。
「なんで。大事なもんなんだろ?」 
「…何故そう思う」
「だって。じいちゃん、俺に話聞かせてくれる時、いっつもその指環撫でてから話し始めるじゃんか。だから大事なのかなって」
「そうか、そうか…。っはは、ははは」
 無意識のうちにやっていた事をこんな幼子に指摘され無性に笑いが込みあげてきた。
「じ、じいちゃん?」
「まあ、いい。一度口にしたことだ。嘘は言わん。坊主、くれてやる」
 そう言いながら、子どもに手渡された指環を再度突き出す。
「でも…」
「じゃあ条件付きだ。俺がお前にさんざ話して聞かせてやった話。あれをいろんな人に教えてやれ。ただし、くれぐれも俺が話してやったことをそのままに、だ。出来るか?」
 条件を付けてやれば子どもも納得がいったのだろう。先程までの沈んだ顔とはうって変わった晴れやかな笑みを浮かべる。
「うん!出来るよ!」
「…そうか。じゃあ肩を貸してくれ。今日は何だか妙に疲れる」
「分かった。足元気を付けて」
 以前に比べるとかなり時間をかけるようになった歩行にもどかしさを覚えつつも、子どもの手を借りて家の中へと腰を落ち着ける。
「じゃあね、じいちゃん。外は俺が片付けておくから」
「…頼む」
 そう言い置いて戸外へ出て行く子どもの背中を見送る。
 外でがさがさと物音がしたかと思ったら、そのうちぱたぱたと軽い足取りが聞こえ遠ざかっていき、子どもが家路につくのを知るのであった。
「少し横になるか。…頼むぞ、坊主」


 雲がたなびく夕暮れ時の空を背に少年は家の中へと飛び込んでいく。
「かあちゃーん!」
「なんだい。帰ってくるなり」
「何かさ、首から下げられるような鎖みたいなのある?」
「探せばあるかもしれないけど」
「ほんと!?やったあ」
「それをどうするってのさ」
「宝物貰ったから、失くさないようにしないと」
「宝物、ねえ…。後で探しといてやるから、今は夕飯の準備の手伝いだよ」
「はーい!」
 そう元気よく返事をすると、少年は老人から貰った指環を棚の上にそっと置くのであった。
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背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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