「投稿作品」 「祝12周年十二祭」

パックン ネムさま

2017/10/04(Wed) 23:15 No.182
 またもやパクリです。
 瑠璃さんのお宅の離れに「地熱で雪の最中も花が咲いている温泉」が 湯気を立てていたのを見て「これ下さい!」と頂いて来ました。 似ても似つかない造作になってしまったけど、瑠璃さん、ありがとうございます!
 温泉の情景は昔、冬の屈斜路湖のほとりで実際見たものです。

御題其の十「庭園」

常春の苑 六花の泉

ネムさま

2017/10/04(Wed) 23:17 No.183
 扉を開けると、湿り気のある暖かい空気が一気に押し寄せてきた。
思わず閉じた目を再び開くと、滴る緑と明るい色の花々が、視界一面に広がっている。泰麒は歓声を上げ、そして後ろを振り向くと、上着を脱ぎながら驍宗が、笑って顎をしゃくる。それを合図に、泰麒は緑の中へ走り出した。
 明るい緑の間を通る道は、ほんのり暖かい。赤や黄色の花の上を蝶々が飛び、微かに蜂の羽音が聞こえる。上を見上げると、大きな玻璃の天井が煌めき、道の先には白く舞い立つ水飛沫が見える。しかし泰麒が近づくにつれ、水飛沫から更なる熱気が伝わってくる。道の途中に張られた紐からそっと覗きこむと、そこには巨大な“湯”の川が岩の斜面を走り、滝となって下へと流れ落ちていた。

 瑞州師中軍将軍に着任した李斎へお祝いの花束を渡した泰麒は、その後正頼に尋ねてみた。
「李斎がこんな季節に街では花は買えないって言ったけど、それならあのお花はどこに咲いていたの?」
 すると、そこに居合わせていた驍宗が
「ちょうど良い機会だ。蒿里に“熱水”の離宮を見せてやろう」
と言い、気付くと泰麒は驍宗と計都に乗って空を飛んでいた。
 承州近くの高岫山が始まる辺り、急峻な峰が連なる中、白い靄がいくつも沸き上がる山が目に付いた。近づくと、それは靄でなく、頂上近くから落下する巨大な瀑布が、山の途中の岩々に当り起こす水飛沫と判ってきた。靄が沸く辺りには池か湖があり、その周辺には小さな森と建物がこじんまり固まっているのが見える。
 泰麒が目を見張っている間に、計都は山頂近くの瀟洒な宮に着いた。しかし優美な外見とは裏腹に、内部には装飾等一切なく、倉庫のようになっている。戸惑う泰麒に構わず、驍宗は薄暗い歩廊を大股で歩いて行き、ある扉の前で、泰麒に上着を脱ぐよう言ったのだった。そして…

「もしかすると、この温室は温泉を使って、温めているんですか?」
 驍宗に尋ねながら、泰麒は知らずに口の周りに付いた果汁を舐めていた。手に持った緑の皮の中の黄色い果肉は南国を思わせる味だ。果実をたわわに実らせた樹木の下には陶器の蓋をした溝が縦横に巡らされ、蓋の隙間からは微かに湯気が漏れている。
「それと地熱だな。この山では、熱い水が湧き出てきて、その流れの 周辺は地面も熱を持っている。以前は王の離宮のみに使用していたが、前王の代に、中腹は軍の、麓には一般の療養施設を建てて、民も利用できるようにした」
 そして各施設にも、このような温室庭園を造り、寒冷地では滅多に手に入らない、滋養のある作物、果実を栽培して、施設の患者達に提供している。
「ここは離宮専用の庭園で、本来王と来客用の珍しい果実や観賞用の花しか作っていなかったのだが、琅燦に任せたら、何やら煩雑になってきたな」
 苦笑する驍宗に、泰麒も首を竦めた。
 山の斜面を利用して造られた温室は、広大な段々畑の構造になっている。初めに泰麒が入った花畑のある面から階段を下りると、現在いる果樹園に、そしてこの下には水田らしきものが見えている。さすがに上段は散歩コースらしい風情をまだ残しているが、それでも半分は薬草園と化し、中段、下段となると、役人か農夫か判断し兼ねる姿の人々が、豊かに茂る草木や、足元を横切る鶏や鴨の世話に余念がない。
 下段で水田の中の田螺や水黽(アメンボ)を眺めてから、上着を着込んで温室から出た。途端に冷たい空気に体が震え上がる。それでも温室の周囲は濃い緑の木々に覆われている。室内を貫いて流れ落ちていた湯の滝も、熱い川となって流れ、その周辺の地面は枯れてはいるが、草が雪に埋もれず薄茶の姿を広げていた。川はまた、その先の断崖から滝となり、川の姿が切れた辺りから目線を上げれば、抜けるような青空を背景に、遠く雪を被った峰々が見渡せた。
「他にも、こんなお湯がたくさん出ている山はあるんですか?」
 白い山々を見つめたまま、泰麒は驍宗に尋ねた。
「馬州と垂州に一つずつある。だが湯量はここ程ではないな」
「こういう温室は?」
「小規模のものなら幾つかあるが、ここは特別だ。四代前の王が延の工匠を招いて造らせたが、当時はまだ玉が豊富に採れたからこそ可能だったのだろう」
 確かにこれ程の規模の温室は蓬莱でも滅多に無いはずだ。
「山ごとにこんな温室があれば、冬になってもみんな食べ物に困らないかもしれませんね」
 溜息のように、泰麒は呟いた。すると、やはり溜息のような低い声で驍宗が尋ねた。
「蒿里は戴が嫌いか」
 泰麒は驚いて首を振る。
「違います… ただ、もっと暖かければ、この庭や温室みたいだったら…って」
「…そうだな」
 しばらくの間、戴の主従は黙って熱い川と滝を見つめていた。やがて驍宗が軽く泰麒の肩を叩いた。
「少し下りてみよう」


 崖の端にある石段を下りると、大きめの路亭のような所に出た。呪の掛かった段だったのか、一気に中腹辺りまで来たらしく、周囲はすっかり雪景色だ。しかし目の前の泉からは湯煙が立っている。
「ここは元々王専用の野外の浴場だ。今は放ってあるが、春先になれば周囲の花が一足早く咲くので、花見湯が楽しめる」
 そう言いながら驍宗は路亭から雪の庭院へと降りた。泰麒も急いで後に続き、泉に近づいた。

― 花びらが舞っている ―
 泰麒は思わず周囲を見回した。泉の上に張り出した木の枝も、この庭院の木々も、みな葉を落とし雪に覆われている。それなのに、泉には間断なく白い花びらが舞い落ちる。
「雪?」
 泉から沸き立つ湯気に、張り出した枝に積もった雪が溶け、再び雪のように、花のように、細やかに水面へと降り注ぐのだった。けれどもその雪の花は、熱に耐えられず、殆どが水面に届くことなく、白い湯気の中で消えていく。
 冬の凛とした空気と陽射しの中、紗のような湯気と幻の六花が柔らかに浮かび上がり、その向こうに見える白い裸木と抜けるような青空の対比が鮮やかだ。目に見える音楽を見ているような気分で、泰麒は見惚れていた。
 ふと横を見上げると、やはり同じ風景を驍宗が見つめていた。白銀の髪が雪と同じように光を帯び、常に鋭い紅い瞳が今は無心に澄んでいる。その姿は、今ここの風景と同じように“美しい”と泰麒は感じ、知らずと問い掛けていた。
「驍宗様は、戴がお好きなんですね」
 己の麒麟の突然の言葉に、驍宗は瞠目した。そして、時折泰麒にだけ見せる笑みを浮かべた。
「…かつて蓬山で、私は国を出ると、蒿里に言ったことがあったな。あの時は本気だった。だが、それでも心の片隅で、きっとどれ程豊かで美しい国に行っても、自分は戴の夢を見るだろうと感じていた。
 だから…今、蒿里には感謝している」
 泰麒も思い切り頷く。
「僕はまだ小さくて何も分からないけれど、一生懸命考えますね。戴がこのままで、でも皆が暖かくてお腹いっぱい食べられるように。驍宗様に負けないくらい、戴を好きになりますね」
 驍宗は声を立てて笑い、泰麒の頬を両手で包んで、大きく掻き混ぜた。
「期待している」
 今までにない乱暴な扱いだったが、泰麒はとても嬉しかった。


 驍宗と手を繋いで温室まで戻ると、泰麒はふと思いついて言った。
「李斎をここへ連れて来て好いですか?とっても喜ぶと思うんです。
 だって、この前お花をあげた時、李斎もお花みたいに笑ってくれたんです」
 しかし、いつもは即決の主からの返答は無い。泰麒が見上げると、目が合った驍宗が何気に視線を外して、ぼそりと言った。
「いや…すこし蒿里が羨ましくなった」
 何やらいつもと違う主の様子を見て、泰麒は眉根を寄せる。
― あれ… あれあれぇ~ ―
 泰麒もつられて、もじもじしてきた。だからはっきり尋ねられないまま、そっと心で問い掛けた。
― 驍宗様 …がお好きなんですか? ―
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背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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