「投稿作品」 「祝12周年十二祭」

投げ込み! ネムさま

2017/10/09(Mon) 22:44 No.272
 もう遅いから止めようかと思いましたが、 このお祭りのお題でしか書けなかったものなので、ギリギリ投げ込みます。 慌ただしくて、ごめんなさい!

御題其の二「小さくなった半身」

お外で遊ぼう!

ネムさま

2017/10/09(Mon) 22:47 No.274
 風の噂で、王や麒麟が若返るという奇病があると、聞いたことはある。
 しかし、まさか本当のことだとは、目の前で跳び跳ねる十歳くらいの少女を見るまで、青喜は信じていなかった。
「見て、青喜!こんなに跳んでも平気なの。
 仙籍に入ってから、肩凝りや腰痛から解放されたけど、こんなに体が軽いなんて、やっぱり若いって好いわねぇ」
 これが常に柔らかな笑みを浮かべた上品な老婦人―采王・黄姑とは。体中が動きたがっているような元気いっぱいの少女は、呆然としている青喜から、やはり固まったままの己の片割れ・采麟の手を引いた。
「ねえ、揺籃。この姿でいられるのは、いつまでなのかしら」
「はあ…噂によると、二、三日で元に戻られるとか」
 その話を思い出し、青喜はようやく息を付いた。五日後には慶から使節団が来訪する予定なので、それまでには何とか間に合う…。
 と思う間もなく、甲高い少女の声が室内に響き渡った。
「大変!それなら、すぐに出掛けましょう!」
「え?どこへですか」「な、何故?」
 采麟と青喜がほぼ同時に尋ねると、黄姑は当然という風に宣言した。
「街に下りるの。子供は外で遊ばなくっちゃ!」


 才の首都・揖寧も、整然とした中心街を外れ、下町の市場に入ると、狭い軒並みの間を人が行き交い、店主と客の掛け合いや、合間を走る子供の笑い声で賑わっている。
「台…いえ、揺籃様。大丈夫ですか?」
 青喜は小さな茶店の外の席にいる采麟に、そっと声を掛けた。
「ええ。あまりに人が多くて驚いただけ。
 それより主上は?さっき、青物屋の前で怒られていたようだけど」
「今年はこんなに葱の値段が高いはずないって、声に出して言ったものだから、店主が怒ったんですよ。私が謝っておきましたが、確かにあの店は少し吹っ掛け気味ですね」
 そう言いながら、くすくす笑っている青喜を見て、采麟は首を傾げた。
「青喜は、何だか嬉しそうね」
「いえ、思い出したんですよ。
 今でこそ黄姑様はもの静かでおられるが、私が引き取られたばかりの頃は、兄上も砥尚様もまだ十代の生意気盛りで、お二人とも、よく母上―黄姑様に怒られていました。馴行様も、父上の大昌様より叔母上に怒られた方が怖かったって、おっしゃられていましたっけ」
「まぁ」
 青喜は掌に茶碗を包み、懐かしげに続ける。
「考えてみれば、扶王の御代が傾きかけて騒然としてきた中、腕白盛りの三人の男の子達を育てなくちゃいけなかったんですからね、強くもなりますよ。
 でも、明るくて闊達で、毅然とした母上は、いつも私達の誇りでした」
 “私達”と言った瞬間の、青喜の寂しげな声に、采麟も目を伏せた。しかし大人(?)二人の憂いなど吹き飛ばすかのような勢いで、黄姑少女が駆けてきた。
「ねっ、向こうの広場で石蹴りをやるんですって。青喜も行きましょ」
「い、石蹴りですかぁ?」
「昔やりたいって言ったじゃない。揺籃も来て。縄跳びもあるわよ」
 

 斯くして― 西の空が茜色に染まり、呼びに来た親達に連れられて子供達が帰った後の広場には、すっかりくたびれ果てた青喜が座り込んでいた。
「青喜。あなた栄祝や砥尚と武術の稽古もしてたじゃない。それなのに、どうしてそんなに疲れてしまうの」
「そんなの大昔じゃないですか。今の私は書類に埋もれた生活なんですよ」
 そう言いながら、青喜は腰に手を当てる。
「揺籃はすっかり上手になったわね」
「はい。縄跳びなんて初めてでしたけれど、小さな女の子達と遊べて、とても楽しゅうございました」
 こちらは逆に頬を薄紅色に染めて、采麟は嬉しそうに言う。
「けれども、主上は足がお速いので驚きました」
 采麟に褒められ、黄姑は得意げに笑う。男の子達に混じって、裾を絡げて走る黄姑に皆は感嘆の声を上げた。大将格の男の子に
「お前、すごいな」
 と言われ、黄姑は澄まして
「昔取った杵柄よ」
 と答えたものだ。
「子供の頃はお転婆で、よく両親に怒られたわ。
 大人になって、遊びから帰って来ない栄祝や砥尚、馴行を呼びに行って、いつの間にか4人で石蹴りに夢中になって、兄上に大目玉を頂いたこともあったのよ」
 思わず声を立てて笑い出した采麟に、やはり笑いながら黄姑はその胸に頭を乗せる。
「青喜が家に来たばかりの頃、その話をしたら羨ましがって、自分もやりたいと言ったの。でも、もうその頃は妖魔が出始めて、無理だと言ったら泣いてしまった」
 自分の名前が出て驚き、青喜は黄姑を見た。少女は采麟の胸に顔を埋めて、表情が見えない。
「それを見て、砥尚が“自分達が安全な世の中を必ず作るから、そうしたら夜になるまで遊ぼう”と言ってくれたの。栄祝も馴行も、そして私も約束したわ。
 … 私は、息子たちとの約束を、少しでも果たせたかしら。子供達が日が暮れるまで、外で思い切り遊べる国に出来たのかしら」
 青喜は辺りを見回した。
 彼自身は幼い頃兄達がしてくれた約束を覚えていない。けれども僅かな紅を残すだけの空の下、家々の影の中には暖かな灯が浮かんでいる。先程帰った子供達は、親兄弟に囲まれて、今日出会った元気な少女の話を、ささやかな夕餉の席に供していることだろう。
「主上」
 采麟の細い柔らかな声がした。
「主上が私に字を下さった時、才の民を育む揺り籠のようになってほしいと、おっしゃいましたね。
 私自身は分かりません…けれども、主上は確かに才を守ってこられました」
 少女は小さく頷いた。やがて、本当に揺り籠の中にいるような、安らかな寝息が聞こえてきた。


 五日後、慶から訪れた使節団の中には、景王の計らいにより、鈴も入っていた。
「久しぶりね、鈴。元気そうで何よりだわ」
 黄姑の変わらぬ温かな声に、鈴の顔もほころぶ。
「ありがとう存じます。采王も采台輔もお変わりなく。
 いえ、黄姑様はますますお元気そうで。失礼ですが、お若くなられたような…」
 傍らに侍っていた青喜と采麟の顔が、思わず引き攣る。しかし黄姑は軽やかに笑った。
「ええ。機会があれば、若返りたいものね。また」
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背景画像「素材屋 flower&clover」さま
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