いつか描いた未来
篝さま
2018/09/28(Fri) 22:21 No.86
「…いほ、台輔」
懐かしい声がする。穏やかでどこか深みのある声。
それと同時に身体を優しく揺さぶられる。壊れ物に触るかのように、悪く言えばおっかなびっくりといったような風に、そっとそっと。それくらいじゃ俺は壊れたりなどしないというのに。
その手つきに甘えて、揺蕩う意識の中、今しばらくこの心地よさに微睡む。
「ん、んぅ……」
「台輔、そろそろお時間かと。早くしないと日が暮れてしまうし、相手側も困ってしまわれますので」
柔らかくも端的な物言いをするこの優しい声と手の持ち主をこれ以上困らせてはなるまいと、ばっと上体を起こす。
「ぅ、わ。っと、そんなに勢いよく身体を動かしたりして、筋を痛めたりはしていませんか?」
身近な官吏などは己の性分を十分過ぎるくらいに知っているからか、必要以上にこちらのことを心配などしたりしない。こんなにも気に掛けてくれる存在がいただろうかと内心首をかしげつつ、ゆるゆると頭を振る。
そして、それにつられてはらはらと落ちる黄金色。
それをも隠す必要がないとは、一体どのような状況かと、徐々に覚醒する意識の中周囲を確認する。
今、己がいるのはどこか野外で、木陰の下で地べたに寝そべっていたのだろう。日差しが随分と心地よい。やわやわと頬を撫でていく風に、いつまでも微睡んでいられそうな、そんな一時。
しかし、そのままでいてもそれ以上の情報は得られないと考えを巡らせ、思い切って顔を上げれば、
「こ、や…」
ひゅっと息を呑む音が己自身にも聞こえた。
「な、で…ど、して……」
「台輔?」
地面にぺたりと足を投げ出した状態で見上げた先には、会いたいと願って、会いたいと希って、会いたいと祈った、その人がいた。
「こうや、こうや、こうやぁ……ああああぁああ……」
幼子のようにみっともないくらい泣きじゃくった自覚はあった。しかし、それをも抑えられない程の衝動に駆られたのだ。
「台輔、台輔…。一体どうされたのです?」
目の前のその細い体躯を掻き毟るかのように抱きつくも、泣いて暴れる己を優しく抱きしめる腕。ぼろぼろと零れ落ちる涙を丁寧に丁寧に拭う指。
「…こうや」
呆然とその名を呼べば、更夜はどこか離れた場所に向かってすっと手を伸ばす。よくよく見れば、複数の小臣たちに向かってであった。それには抑止の意味があったのだろう、こちらへ来ようと動きかけた彼らが再度体の向きを変えるのが分かった。
「台輔、これを飲んで少し落ち着いてください。私は彼等の所に行ってきますので」
そう言いながらすっと差し出した水筒を無言で頷いて受け取る。気づかわし気にこちらを見てくるものの、大人しく口をつけたのを見てとったのか、静かにその場を離れるのであった。