「投稿作品」 「祝13周年相棒祭」

相棒祭、開催おめでとうございます! 篝さま

2018/09/28(Fri) 22:20 No.85
 大変遅くなりましたが、こそりとお邪魔させて頂きます〜。 未生さまからのリクエスト「六太と更夜」です。
 (見ようによってはBLにも見えますので、苦手な方はブラウザバックプリーズ)

いつか描いた未来

篝さま

2018/09/28(Fri) 22:21 No.86
「…いほ、台輔」
 懐かしい声がする。穏やかでどこか深みのある声。

 それと同時に身体を優しく揺さぶられる。壊れ物に触るかのように、悪く言えばおっかなびっくりといったような風に、そっとそっと。それくらいじゃ俺は壊れたりなどしないというのに。
 その手つきに甘えて、揺蕩う意識の中、今しばらくこの心地よさに微睡む。
「ん、んぅ……」
「台輔、そろそろお時間かと。早くしないと日が暮れてしまうし、相手側も困ってしまわれますので」
 柔らかくも端的な物言いをするこの優しい声と手の持ち主をこれ以上困らせてはなるまいと、ばっと上体を起こす。
「ぅ、わ。っと、そんなに勢いよく身体を動かしたりして、筋を痛めたりはしていませんか?」
 身近な官吏などは己の性分を十分過ぎるくらいに知っているからか、必要以上にこちらのことを心配などしたりしない。こんなにも気に掛けてくれる存在がいただろうかと内心首をかしげつつ、ゆるゆると頭を振る。
 そして、それにつられてはらはらと落ちる黄金色。
 それをも隠す必要がないとは、一体どのような状況かと、徐々に覚醒する意識の中周囲を確認する。
 今、己がいるのはどこか野外で、木陰の下で地べたに寝そべっていたのだろう。日差しが随分と心地よい。やわやわと頬を撫でていく風に、いつまでも微睡んでいられそうな、そんな一時。
 しかし、そのままでいてもそれ以上の情報は得られないと考えを巡らせ、思い切って顔を上げれば、

「こ、や…」

 ひゅっと息を呑む音が己自身にも聞こえた。
「な、で…ど、して……」
「台輔?」
 地面にぺたりと足を投げ出した状態で見上げた先には、会いたいと願って、会いたいと希って、会いたいと祈った、その人がいた。 
「こうや、こうや、こうやぁ……ああああぁああ……」
 幼子のようにみっともないくらい泣きじゃくった自覚はあった。しかし、それをも抑えられない程の衝動に駆られたのだ。
「台輔、台輔…。一体どうされたのです?」
 目の前のその細い体躯を掻き毟るかのように抱きつくも、泣いて暴れる己を優しく抱きしめる腕。ぼろぼろと零れ落ちる涙を丁寧に丁寧に拭う指。
「…こうや」
 呆然とその名を呼べば、更夜はどこか離れた場所に向かってすっと手を伸ばす。よくよく見れば、複数の小臣たちに向かってであった。それには抑止の意味があったのだろう、こちらへ来ようと動きかけた彼らが再度体の向きを変えるのが分かった。
「台輔、これを飲んで少し落ち着いてください。私は彼等の所に行ってきますので」
 そう言いながらすっと差し出した水筒を無言で頷いて受け取る。気づかわし気にこちらを見てくるものの、大人しく口をつけたのを見てとったのか、静かにその場を離れるのであった。
 遠ざかる背中をまじまじと見れば、その身なりは夏官のもの。しかも、小臣たちにあのように指示を出せる程度には役職の高い地位にあると考えられた。
 そして、冷静になった頭で考えるのは彼の片割れの存在。よくよく気配を探れば、風に乗って微かに感じる普通の獣とは異なる―妖魔の臭い。
「ろくた」
 知ってか知らずか、彼は風下にいた。きゅいと一声鳴くも、更夜に何か言い含められているのかこちらに近づいてくる様子はない。それでもその顔を見たことで感情、記憶、ありとあらゆるものがどっと込み上げてくるのを感じた。
「はは…何だ、これ」
 俯き、鬣を掻き毟る。かと思えば、頭のどこかでぼんやりと「ああ、また女官に『乱暴に扱ってくれるな』と小言を言われるな」と考える己もいた。
 その時ふと陰り、日差しが遮られる。すぐそばに人が立つ気配がした。このような状況で自分のすぐそばに来る人間なんて彼しか考えられなかった。

 怖い。顔を上げるのが怖い。

 そう思うと同時に、このこみ上げてくる感情は何なのか。
 嬉しいのか、悲しいのか。我ながら訳が分からない。いっそ誰かにこの心の内を暴いてほしい。
 なんて馬鹿なことをと自嘲するも、いつまでもこのままではいられなかった。こんなにすぐそばにいるのにいつまでも俯いていたら不審がられてしまう。かと言って、何も無かったかのように振る舞うことなど到底出来なかった。
「台輔、隣に座ってもよろしいでしょうか?」
「…うん」
 覚悟を決めて、のろのろと顔を上げれば、そこには確かにあの時の彼が、いた。
「報告したいのですが、大丈夫ですか」
「聞く」
 ぶっきらぼうな物言いになってしまっている自覚はあったが、どんなに言葉を重ねても、どんなに取り繕っても、この溢れくる感情の前では無用のものであった。だったら、この現状を受け入れようと流れに任せるのであった。
「まず今日の訪問は取り止めです」
「ほうもん」
「?そう。台輔がこのような状態ですし、無理に事を進めるのもよくないかと思いまして。今彼らに頼んで、今日行く予定だった州城へ連絡して、適当な宿を探してもらっています」
「…その、州城なら雲海から行けばよくないか」
「台輔が仰ったんじゃないですか。『どうせ行くなら下から行きたい。緑が見たい』って」
「……」
「本当にどうされたのです。疲れでも溜まったのでしょうか」
「へへ。そーみたい…」
 もう何が何だか解らない。膝を抱え込んで、膝頭に額を擦りつけてぐりぐりと幼子のような仕草をしていれば、急にぐいと腕を引っ張られ身体を起こされる。何事かと身構えれば、左手で己の額に手を当てながらおもむろに額に右手をこちらに伸ばしてくる。
 その時を止めた体躯に相応しいすらりとした少年らしい指先。しかし、武器を扱っている者特有の節ばった手つきでもあった。
「やっ…」
 最早条件反射であった。何も考えられずに、小さな叫び声と共にその手を振り払う。
「ご、ごめ…更夜……」
「何故台輔が傷ついたような顔をするのです?臣下の身でありながらわきまえず、その上麒麟の性質を忘れていた私が悪いのですから。…いいえ、そうじゃない。意地の悪いことを申し上げました」
「…更夜。俺、俺……」
「どこか体調が悪いのなら仰ってください。上手く言えないと言うのなら、抱きかかえてでも玄英宮に戻ります」
「だから、俺はっ…」
 言葉に詰まり、うろうろと視線をさ迷わせ遠くを見渡せば、その時視界に入ったのはろくたを遠巻きに見ている子ども達。何でこんな所に。いや、今は理由などどうでもよかった。
「更夜!あそこ!」
 切羽詰まった声色になる己とは正反対に、彼の主である更夜が発したものは随分と暢気なものであった。
「ああ、未だに珍しいのでしょう。主上が乗騎家禽の令を出されてから随分と久しいけど、やはりなかなか根付かないのでしょうね」
「え、あ……」
 吹き付ける風に髪の毛を軽く押さえながらそう言う更夜の瞳は優しい。己の主のことを、尚隆のことを、「主上」と呼ぶ声には何の悪意の欠片も感じられなかった。
「ご覧ください。台輔。まるで台輔の御髪のようです」
 そう言いながら指し示すのは、陽の光を受けてきらきらと輝く黄金色の稲穂。
「ああ、あ、あ…」
 すっと指し示しながら更夜は先程より声量をぐんと下げて、小さく囁くように静かに口を開く。
「豊かな緑の海に、たなびく黄金のさざ波。少しは理想に近づけたのかな」
「……」
「よそよそしい態度だからって怒っているのかい?普通に喋るのは二人きりの時だけだよって言ってるじゃないか。いくら彼らと離れていてもいつ聞かれてもおかしくないし」
「え、や」
「ねえ、六太。笑って?」
 気づけばするりと頬にその指が添えられ、優しく撫ぜていく。しかし、何故だかその温もりがひどく遠く感じられた。
「こうや」
「願うだけなら自由だから。俺って思った以上に欲が深かったみたいだ」
「こ、や…」

 六太は寝所で一人、涙で頬に張り付く鬣を煩わしげに払う。
 今日は安闔日。一年のうちで数度金剛山の麓が賑わう日。様々な思惑を抱えて人々が行き交う日。あちらとこちらが交わる日。
 賑やかな雰囲気は決して苦手ではないけれど、どうしたらいいのか勝手が分からず、困ったような、でも乏しい表情の中にもひそりと笑みを湛えて、きっと彼はその様子を静かに眺めているのだろう。

 今日もまたどこか金剛山の麓で扉が開くのであった。
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背景画像「「篝火幻燈」さま
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