蒼の彼方に
篝さま
2018/10/13(Sat) 00:01 No.120
女官を全て下がらせ、後はもう眠りに就くだけというその時、肌身離さず、それこそ寝所の中にまで携えているそれ――水禺刀の鞘から光がぽうっと漏れ出でるのが分かった。
刀身から放たれる淡い仄かな光。その光景を見るのも久しく無かったものだから、何故だか妙に嬉しく感じられた。
さて、己の心を掻き乱すような事案など何かあったろうかと陽子は思案を巡らすも、思い当たるようなものも特に無く、「また気紛れを…」と誰ともなく悪態をつくように独り言ちる。
「最近全然構っていなかったから拗ねたのか?ん?」
片膝立てながら寝台の上に座り込み、横たえた水禺刀に向かって人さし指で軽く弾く。
「ここのところ政務でばたばたしていたからな。鍛錬も全然出来ていなかったし…。本当に持ち歩くだけだったもんなあ」
そう言いながら、仮初めの鞘から抜き再度そっと寝台の上に置く。それでもなお光を放ち続ける水禺刀。
「ほんと、悪かったって。手入れもちゃんとやる。…まあ手入れなんてしなくても十分に綺麗なんだけどな」
付け足すように最後にそうぼそりと言えば、明滅する速度が増した。
「…や、だって、どんなに汚れても一振りすれば汚れなんてたちまち落ちるじゃないか」
言い訳をするかのようにそう零せば、心なしか光度も増したのは気のせいか。
「分かった分かった。明日、官に頼んで一番上等な道具を用意してもらうから。ちゃんと手入れするから。だから少し大人しくしてくれ。こうも暴れられたら眩しくってかなわない。これじゃあ眠れないじゃないか」
苦虫を噛み潰したように陽子が顔を顰めれば、言質を取ったと言わんばかりに、途端に辺りが暗闇に沈んだ。
「もう…」
そうぼやくも、その呟きには確かに慈しみのようなものが込められていたことに、我ながら驚く。
「思えば、お前との付き合いも長くなったよなあ…」
しみじみと言いながら、光を放つのを止めた水禺刀を鞘に納め、抱きしめながら寝台にごろんと横になる。
「…最初の頃なんてかなり酷い扱いをしたよな、ごめん。投げたり、頑なに拒んだり。でもあれは景麒もちょっと悪いんだからな。ふんだ。……ふぁ、あ。いい加減、寝る、か…」
いつもの癖で枕元に水禺刀を置こうとして、止めた。
幼子のように身を縮こませ、先程のように水禺刀を胸に搔き抱いて床に就く。
「いつもありがとう…。これからもよろしく頼む、な」
そう囁きながら、あの蒼い不思議な存在を目にすることはもうないんだよなとぼんやりと考えながら、陽子の意識はすうっと深いところへと沈んでいくのであった。